Salesforceは2025年12月10日、ISVパートナー向けにAgentforce 360を開放すると発表した。これは18年前のForce.com立ち上げ以来、最も重要なプラットフォーム拡張となる。ISVは初めて、完全なAgentforce 360をエージェント型アプリケーションの基盤として組み込み、独自のAIエージェントとアプリケーションを構築・配布できるようになる。
パートナーはAgentforce 360、Data 360、Agentforce Marketing、Trusted Services、Salesforce Foundations、業界機能にアクセス可能となり、シートベース、使用量ベース、消費量ベースの価格設定を採用できる。パートナーは16万社以上の企業、5,000のISV、7,000のシステムインテグレーター、2,000万人のTrailblazerコミュニティを活用できる。
Agentforce 360、Data 360、Agentforce Financial Services、Agentforce Automotive、Agentforce Foundations、Salesforce Shieldは現在一般提供されている。パートナー向けAgentforce Marketingは2025年12月に、Salesforce Partner Marketplaceアプリは2026年に一般提供される予定だ。
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Salesforce Opens Agentforce 360 to Power a New Generation of AI-Native Partner-Built Companies
【編集部解説】
今回のSalesforceによるAgentforce 360のISVパートナーへの開放は、単なる機能追加ではなく、ソフトウェアビジネスのエコシステム全体を再定義する動きです。2007年のForce.comローンチ以来、18年ぶりの大規模なプラットフォーム拡張となります。
これまでISVパートナーは、Salesforceプラットフォーム上でアプリケーションを構築できましたが、Force.comライセンスをホワイトラベル化する形に制限されていました。つまり、Salesforce自身が使用している高度なAI機能やデータ基盤、業界特化機能へのアクセスは許されていなかったのです。今回の開放により、パートナーはAgentforce 360、Data 360、業界特化型Agentforceなど、Salesforceの中核機能をそのまま自社製品の基盤として組み込めるようになります。
この変化が意味するのは、専門知識を持つ人々が、大規模なエンジニアリングチームやインフラ投資なしに、本格的なAIエージェント製品を市場投入できる時代の到来です。記事で紹介されているHarvestPathは家族経営の農場から食品トレーサビリティプラットフォームへ、Litifyは法律事務所向けのケース管理システムへと進化しました。これらは「専門知識が製品になる」という新しいビジネスモデルの先行事例といえます。
技術的な観点から見ると、従来のプラットフォームビジネスでは、開発リソースの20〜40%がインフラの維持管理に消費されてきました。セキュリティ、スケーラビリティ、コンプライアンスといった基礎部分を各社が個別に構築する非効率が存在していたのです。Agentforce 360は、こうした基盤部分を完全に抽象化し、パートナーが自社の専門領域に集中できる環境を提供します。
また、柔軟な価格設定モデルの導入も注目すべき点です。シートベース、使用量ベース、消費量ベースの課金をFlex Creditsを通じて選択できるため、現代的なSaaSビジネスの収益モデルに対応できます。さらに、AppExchangeでの自動プロビジョニングや請求機能により、パートナーは製品開発に加えて販売チャネルの構築にかかる負担も軽減されます。
一方で、このエコシステムの拡大は、Salesforceへの依存度を高めるという側面も持ちます。16万社以上の企業、5,000のISV、7,000のシステムインテグレーター、2,000万人のTrailblazerコミュニティという巨大なエコシステムは魅力的ですが、プラットフォーム側の方針変更やライセンス条件の変更がビジネスに直接影響を与える可能性があります。
長期的な視点では、この動きは「コードを書く能力」よりも「領域知識と問題解決能力」が価値を持つ時代への移行を加速させます。医療、法律、農業、製造業など、あらゆる業界の専門家がソフトウェアビジネスのプレーヤーになり得る環境が整いつつあるのです。これは、テクノロジーが真の意味で民主化され、人類の知的資産がソフトウェアという形で共有可能になる未来への一歩といえるでしょう。
【用語解説】
ISV(Independent Software Vendor)
独立系ソフトウェアベンダー。プラットフォーム提供企業とは独立した立場で、そのプラットフォーム上で動作するアプリケーションを開発・販売する企業を指す。Salesforceエコシステムにおいては、AppExchange上でアプリを提供する企業が該当する。
エージェント型アプリケーション(Agentic Applications)
自律的に判断し行動するAIエージェントを中核とするアプリケーション。従来のルールベースの自動化とは異なり、文脈を理解し、複数のタスクを計画・実行できる。
ホワイトラベル
既存の製品やサービスを自社ブランドとして再販売すること。元の製品のブランド表示を消し、再販売者のブランドを付けて提供する形態。
AppExchange
Salesforceが運営するビジネスアプリケーションのマーケットプレイス。2005年に開始され、エンタープライズクラウドアプリケーションの最初のマーケットプレイスとなった。
Flex Credits
Salesforceの柔軟な消費型課金システム。シートベース、使用量ベース、消費量ベースなど、複数の価格設定モデルに対応できる仕組み。
Data 360
Salesforceのデータプラットフォーム(旧Data Cloud)。構造化データと非構造化データを統合し、AIエージェントに文脈情報を提供する基盤となる。
Atlas Reasoning Engine
Agentforceの推論エンジン。AIエージェントが状況を分析し、適切なアクションを計画・実行するための中核技術。
Trailblazerコミュニティ
Salesforceのユーザー、開発者、パートナーからなるグローバルコミュニティ。2,000万人のメンバーを擁し、知識共有や相互支援を行う。
SI(System Integrator)
システムインテグレーター。異なるシステムやアプリケーションを統合し、顧客のビジネス要件に合わせたソリューションを構築する企業。
VAR(Value Added Reseller)
付加価値再販業者。製品を単に再販売するだけでなく、カスタマイズやサポートなどの付加価値を提供する販売パートナー。
【参考リンク】
Salesforce公式サイト(外部)
世界No.1のCRMプラットフォーム。クラウドベースの顧客関係管理ソリューションを提供し、AI、データ、CRM、信頼性を統合したプラットフォームを展開している。
Agentforce製品ページ(外部)
Salesforceのエンタープライズ向けAIエージェントプラットフォーム。自律的に行動するデジタル労働力を提供し、顧客サービス、営業、マーケティングなど多様な業務を支援する。
AppExchange(外部)
Salesforceのビジネスアプリケーションマーケットプレイス。パートナー企業が開発したアプリケーション、コンポーネント、コンサルティングサービスを提供している。
Force.com Platform(外部)
Salesforceのアプリケーション開発プラットフォーム。PaaSとして、カスタムアプリケーションの構築、展開、管理を可能にする基盤を提供している。
IDC(International Data Corporation)(外部)
世界的なIT市場調査・分析企業。テクノロジー市場のトレンド、予測、アドバイザリーサービスを提供し、業界標準の市場分析を行っている。
HarvestPath(外部)
Salesforceプラットフォーム上で構築された食品トレーサビリティプラットフォーム。牧場から食卓までのサプライチェーン全体を追跡する機能を提供している。
Certinia(旧FinancialForce)(外部)
プロフェッショナルサービス企業向けのエンタープライズリソースプランニング(ERP)ソリューション。Salesforceプラットフォーム上で動作する。
Litify(外部)
法律事務所向けのケース管理およびクライアントサービスプラットフォーム。Salesforceプラットフォーム上で構築された法律業界特化型ソリューション。
Salesforce Ventures(外部)
Salesforceの投資部門。クラウド、モバイル、ソーシャル、AIなどの分野で革新的なスタートアップ企業に投資を行っている。
【参考記事】
Salesforce Expands Agentforce 360 Capabilities to ISVs(外部)
Channel Insiderによる分析記事。パートナーがAgentforce 360を基盤として組み込み、独自のAIエージェントとアプリケーションを構築・配布できるようになったことを報道。
Salesforce Opens Agentforce 360 to ISVs So Partners Can Build and Distribute AI Agents(外部)
Salesforce Benによる詳細分析。Force.com立ち上げから18年を経て、パートナーがホワイトラベル化に限定されない形でSalesforceのAIネイティブ基盤にアクセスできるようになったことの意義を解説。
The History of Salesforce(外部)
Salesforce公式の企業史ページ。2007年にForce.comがプラットフォームとして立ち上げられた経緯を記載。当時1.5百万人の登録開発者を擁していたことなど、プラットフォーム戦略の歴史的文脈を提供。
【編集部後記】
今回のSalesforceの決断は、テクノロジー業界における「誰がビジネスを作れるのか」という問いを根本から変えようとしています。あなたの専門分野—医療、法律、農業、製造、どんな領域であれ—その知見が、明日のソフトウェアビジネスの核になるかもしれません。
大規模なエンジニアリングチームや莫大な初期投資なしに、専門知識をプロダクト化できる時代が本当に来るのでしょうか。それとも、プラットフォーム依存という新たなリスクが生まれるのでしょうか。みなさんはこの変化をどう捉えますか。この動きが業界にもたらす長期的な影響を、みなさんと一緒に見届けていきたいと思います。































