SOMPOホールディングスは2026年1月より、国内グループ会社の社員約3万人を対象にAIエージェントツールを導入する。2025年12月現在、単一の企業グループにおける国内社員への導入数としては最大規模となる。同社は2016年にSOMPO Digital Labを設立して以降DX戦略を推進しており、SOMPOグループ専用の汎用型生成AIを独自に開発・展開してきた。
今回導入する「SOMPO AIエージェント」は、Google Cloudが提供する企業向けAIエージェントプラットフォーム「Gemini Enterprise」をメインツールとして採用する。実証実験では業務プロセスの自動化や高度化がもたらす効果の検証、各事業領域における具体的な活用事例の創出、カスタムAIエージェントの開発・実装の検証などを行う。また、管理職以上を対象に「SOMPO AIエージェントリーダーシップ研修」の受講を必須化する。Microsoft社のCopilot Studioについても一部で検証を予定している。
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国内グループ会社社員約30,000人を対象に AI エージェント導入開始 〜AI 活用によるビジネスモデル変革を強力に推進〜
【編集部解説】
SOMPOホールディングスによる今回の発表は、日本企業におけるAIエージェント導入の歴史的な転換点として記憶されるでしょう。約3万人という導入規模は、単一企業グループとしては国内最大級です。しかし、この発表の本質は数字の大きさではなく、同社がAI活用において長年積み上げてきた戦略的蓄積が、いよいよ次のフェーズへ移行するという点にあります。
SOMPOグループのAI活用の歴史を振り返ると、2016年のSOMPO Digital Lab設立から約9年という時間をかけて、段階的にAIを組織に浸透させてきた経緯が見えてきます。特筆すべきは、2019年にPalantir Technologiesと合弁会社を設立し、データ統合基盤の構築に着手していた点です。現在、同社グループでもプラットフォームを日常的に活用しており、介護施設の運営から保険の引受業務まで、幅広い領域でデータ駆動型の意思決定を実現しています。
今回導入されるGemini Enterpriseは、Googleが2025年10月に発表した企業向けAIエージェントプラットフォーム(従来のAgentspaceの機能を統合)です。Deep Researchによる高度な調査機能、NotebookLMによる知識管理、そして何より重要なのが、ノーコードで業務特化型エージェントを構築できる機能を提供します。SOMPOが既に保有する膨大な社内データや業務システムと連携することで、保険業務に特化したカスタムAIエージェントの開発が可能になります。
興味深いのは、同社が「事業費率30%」という明確な数値目標を掲げている点です。これは単なる効率化ではなく、AI導入によって創出された時間を顧客への付加価値提供や新規事業創造に振り向けるという、ビジネスモデル全体の変革を意味しています。
ボストンコンサルティンググループが2025年7月に発表した調査によれば、日本の業務上のAI活用率は51%で、AIエージェントが業務フローに統合されている企業はわずか7%。これは世界平均の13%を大きく下回ります。経営層による明確な指針が示されていると感じる従業員も11%にとどまり、世界平均の25%の半分以下です。
こうした状況下で、SOMPOの取り組みは日本企業に重要な示唆を与えます。同社は管理職以上に「SOMPO AIエージェントリーダーシップ研修」の受講を必須化し、組織全体でAIリテラシーを向上させる体制を整えています。これは、技術導入だけでなく、人材育成と組織文化の変革を同時に進めるアプローチです。
潜在的なリスクとしては、急速な業務プロセスの変更に伴う現場の混乱、データガバナンスの課題、そしてAIへの過度な依存による人間の判断力低下などが考えられます。しかし、SOMPOが実証実験という形で段階的に導入を進め、MicrosoftのCopilot Studioも並行検証する慎重な姿勢は、これらのリスクを最小化する戦略と言えるでしょう。
今回の発表は、日本の伝統的な大企業がいかにして生成AI時代に適応し、競争力を維持するかという問いへの一つの解答です。技術の導入だけでなく、長期的な戦略、組織文化の変革、そして人材育成を統合したアプローチこそが、真のデジタル変革を実現する鍵となることを示しています。
【用語解説】
AIエージェント
人間の指示を受けて、複数のタスクを自律的に実行できるAIプログラム。単なる対話型AIとは異なり、計画立案、情報収集、分析、実行までを一連の流れで処理できる。業務プロセスの自動化や高度化に活用される。
DX(デジタルトランスフォーメーション)
デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや業務プロセス、企業文化を根本的に変革すること。単なるIT化ではなく、組織全体の変革を伴う取り組みを指す。
事業費率
保険業界において、保険料収入に対する事業費(人件費や物件費などの経費)の割合を示す指標。この数値が低いほど業務効率が高いことを意味する。
ディープリサーチ
AIが複数の情報源から自律的に情報を収集・分析し、包括的な調査レポートを生成する機能。従来は人間が数週間かけて行っていた調査作業を、数時間で完了できる。
ノーコード
プログラミングコードを記述することなく、視覚的なインターフェースを通じてシステムやアプリケーションを構築できる開発手法。専門知識がない現場担当者でもAIエージェントを作成できる。
AIリテラシー
AI技術の基本的な仕組みや活用方法、限界やリスクを理解し、適切に活用できる能力。組織全体でAIを効果的に導入するために必要な素養。
Agentspace
Googleが2024年12月に発表したエンタープライズ向けAIエージェントプラットフォーム。2025年10月にGemini EnterpriseおよびGemini Businessに統合された。
【参考リンク】
SOMPOホールディングス株式会社(外部)
損害保険を中核事業とする日本の大手保険持株会社。国内損保、海外保険、介護・ヘルスケア、デジタル事業を展開。
Google Cloud Gemini Enterprise(外部)
Googleが提供する企業向けAIエージェントプラットフォーム。最新Geminiモデルとノーコードツールを統合。
Palantir Technologies(外部)
データ統合・分析プラットフォーム提供企業。SOMPOと2019年に合弁会社を設立し協業中。
Microsoft Copilot Studio(外部)
Microsoftが提供するAIエージェント開発プラットフォーム。ノーコード・ローコードでの構築が可能。
【参考記事】
Google launches Gemini Enterprise to boost AI agent use at work(外部)
Googleが2025年10月9日にGemini Enterpriseを発表。
日本の業務上のAI活用率は51%、世界に大幅後れ BCG調査(外部)
2025年7月発表のBCG調査。日本のAI活用率51%、AIエージェント業務統合率7%。
Palantir and SOMPO Expand Partnership in Multi-Year Agreement(外部)
2025年8月発表。SOMPOでPalantir活用。2度目の契約拡大。
Gemini Enterprise: Google’s Gateway to Agentic AI at Work(外部)
Gemini Enterpriseの詳細技術解説。6つの主要コンポーネントと導入事例を紹介。
日本企業における生成AIツールの導入率は64.4%、AIエージェントは29.7%(外部)
2025年7月の日経BP調査。生成AI導入64.4%、AIエージェント29.7%。
生成AIに関する実態調査 2025春 5カ国比較(外部)
PwCによる日米英独中比較。日本の「期待を上回る」企業割合は米英の4分の1。
Google Agentspace enables the agent-driven enterprise(外部)
2025年4月のGoogle公式ブログ。Agentspace(後のGemini Enterprise)発表記事。
【編集部後記】
SOMPOの取り組みは、AIエージェントが「実験」から「業務の中核」へと移行する時代の到来を告げています。みなさんの組織では、AIをどのように活用していますか。個人の生産性向上にとどまらず、業務プロセス全体を再設計する視点を持てているでしょうか。
日本企業のAI活用が世界から遅れをとる中、長期的な戦略と組織文化の変革を同時に進めるSOMPOのアプローチから、私たちが学べることは多いはずです。ぜひ、みなさんの現場での経験や課題を、SNSでお寄せください。































