優れたAIモデルを開発しても、それを動かすデータセンターがなければ意味がない。孫正義氏が40億ドルを投じて獲得しようとしているのは、AI時代の「見えない支配権」だ。
ソフトバンクグループ株式会社は、データセンターや通信インフラへの投資を専門とするオルタナティブアセット運用会社DigitalBridge Group, Inc.(NYSE:DBRG)を企業価値約40億ドルで買収する最終契約を締結した。
DigitalBridgeは通信タワー、データセンター、ファイバーネットワーク、エッジインフラなどのデジタルインフラ投資において30年以上の実績を持ち、1,080億ドルを超える資産を運用している。本社は米国フロリダ州ボカラトンにあり、北米、欧州、中東、アジアに拠点を展開する。取得価格は1株当たり16ドルで、2025年12月26日の終値に対して15%、2025年12月4日を基準とした過去52週間の平均終値に対して50%のプレミアムとなる。
本取引はDigitalBridgeの取締役会で全会一致で承認され、規制当局の承認を含む条件の充足を前提に2026年後半の完了を見込む。買収完了後もDigitalBridgeは独立した運営体制で事業を継続する。
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ソフトバンクグループ、次世代AIインフラの拡大に向けDigitalBridgeを企業価値約40億ドルで買収
【編集部解説】
今回の買収が意味するのは、AI競争における「次の戦場」が何かということです。2023年のChatGPTショック以降、優れた大規模言語モデルの開発競争が激化しましたが、2025年末のこのタイミングで焦点は明らかにシフトしています。いくら優れたAIモデルを開発しても、それを動かすための物理的インフラ―データセンター、電力供給、ネットワーク接続―が確保できなければ、大規模展開は不可能だからです。
孫正義氏が掲げる「ASI(Artificial Super Intelligence)」というビジョンは、人間の知能の10,000倍に達する超知能を指しています。これは単なる技術的な改良ではなく、人類と知能の関係そのものを再定義する可能性を秘めた概念です。孫氏自身が「人間とASIの関係は、人間と金魚の関係に似たものになる」と表現したように、ASIの実現には従来の枠組みを超えたインフラが必要となります。
DigitalBridgeが運用する1,080億ドルという資産規模は、グローバルなデジタルインフラ市場における圧倒的な存在感を示しています。同社は通信タワー、データセンター、ファイバーネットワーク、エッジインフラといった多様なアセットクラスにわたって30年以上の運用実績を持ち、直近では117億ドルの第三ファンドを組成したばかりでした。この買収により、ソフトバンクグループは単なる投資会社から「AIインフラのプラットフォーマー」へと変貌を遂げようとしています。
ポジティブな側面として注目すべきは、この買収がAI開発における民主化を促進する可能性です。現在、AI開発は一部のハイパースケーラー(Google、Microsoft、Amazonなど)に集中していますが、DigitalBridgeのような独立系インフラプロバイダーが強化されることで、中小規模のAI企業もスケーラブルなインフラにアクセスできるようになります。
一方で、潜在的なリスクも存在します。Deloitteの2025年調査によれば、米国では電力網への接続要求に対して7年待ちという状況が発生しており、データセンターの拡大における最大のボトルネックは電力供給能力です。いくら資金力があっても、物理的な電力インフラが追いつかなければ、データセンターは稼働できません。また、AI向けデータセンターへの年間投資額は現在の1,500億~2,000億ドルから、2020年代半ばには4,000億~5,000億ドルへと急増すると予測されています。
ソフトバンクグループは、ARM(半導体設計)、Nvidia株式の売却益、そして今回のDigitalBridge買収を通じて、AIバリューチェーン全体における垂直統合を進めています。これは、AIの「頭脳」だけでなく「身体」も支配しようとする壮大な戦略といえるでしょう。
規制面では、40億ドル規模のこの買収は各国の独占禁止法審査を受けることになりますが、2026年後半の完了予定が示すように、重大な障壁は想定されていないようです。むしろ、各国政府はAIインフラの拡充を国家戦略として推進しており、この買収は政策的な追い風を受ける可能性が高いといえます。
長期的には、この買収が成功するかどうかは、ソフトバンクグループがDigitalBridgeの既存経営陣と運用チームをどれだけ維持できるかにかかっています。Marc Ganzi CEOが声明で強調したように、DigitalBridgeの価値は資産そのものではなく、30年にわたって蓄積された運用ノウハウと業界ネットワークにあります。買収後も独立した運営体制を維持するという方針は、この点を考慮したものでしょう。
【用語解説】
ASI(Artificial Super Intelligence/人工超知能)
人間の知能を大幅に超える知的能力を持つAIのこと。孫正義氏は人間の10,000倍の知能を持つASIの実現を目指すと表明している。現在のAI(AGI:汎用人工知能を含む)よりもさらに高度な段階を指す概念である。
オルタナティブアセット
株式や債券といった伝統的な金融資産以外の投資対象を指す。不動産、インフラ、プライベートエクイティ、ヘッジファンドなどが含まれる。DigitalBridgeはデジタルインフラに特化したオルタナティブアセット運用会社である。
データセンター
サーバーやネットワーク機器を集約し、大規模なデータ処理や保管を行う施設。AI開発においては、モデルの学習と推論に必要な膨大な計算処理を実行する物理的な基盤となる。
コネクティビティ
ネットワークにおける接続性や通信能力を指す。データセンター間の高速データ転送や、エッジデバイスとクラウド間の低遅延通信など、AIサービスの大規模展開には強固なコネクティビティが不可欠である。
エッジインフラ
クラウドの中央サーバーではなく、ユーザーやデバイスに近い場所(エッジ)に配置される計算・通信インフラ。リアルタイム処理が求められるAIアプリケーションにおいて重要性が増している。
ハイパースケーラー
Google、Microsoft、Amazon、Metaなど、超大規模なクラウドインフラを運営する巨大テック企業を指す。世界のデータセンター容量の大部分を占有している。
AUM(Assets Under Management/運用資産残高)
資産運用会社が顧客から預かり運用している資産の総額。DigitalBridgeは1,080億ドル超のAUMを持つ。
【参考リンク】
ソフトバンクグループ株式会社(外部)
孫正義氏が率いる投資持株会社。AI、半導体、通信など幅広い分野に投資し、今回DigitalBridgeを40億ドルで買収。
DigitalBridge Group, Inc.(外部)
デジタルインフラ専門のオルタナティブアセット運用会社。1,080億ドル超の資産を運用し、30年以上の業界実績を持つ。
米国証券取引委員会(SEC)(外部)
米国の証券市場を監督する連邦政府機関。DigitalBridge買収関連の情報開示書類が公開される予定。
ARM Holdings(外部)
ソフトバンクグループが保有する半導体設計企業。AI時代の重要なプレーヤーとして位置づけられている。
【参考記事】
SoftBank Group to Acquire DigitalBridge for $4 Billion to Scale Next-Gen AI Infrastructure(外部)
ソフトバンクグループによる公式プレスリリース英語版。企業価値40億ドル、1株16ドルでの買収条件を明記。
DigitalBridge Q3 2025 Results Spotlight: $108 Billion in Assets(外部)
DigitalBridgeの2025年第3四半期決算。運用資産残高1,080億ドルに達したことを確認できる。
DigitalBridge: $11.7 Billion Closed For Third Digital Infrastructure Fund(外部)
2025年11月に117億ドルの第三ファンド組成完了を報じる。買収直前まで積極的に事業拡大していた。
President Lee, SoftBank’s Masayoshi Son discuss AI cooperation(外部)
孫正義氏が韓国大統領との会談でASI(人間の知能の10,000倍)について語った内容を記録。
Can US infrastructure keep up with the AI economy?(外部)
Deloitte調査。AI投資が年間1,500~2,000億ドルから4,000~5,000億ドルへ急増する見通しを示す。
Infrastructure, investment and the great AI bottleneck of 2025(外部)
2025年のAIインフラボトルネックを分析。電力、冷却、ネットワーク容量などの物理的制約を論じる。
SoftBank Sells $5.8bn Nvidia Stake for AI Future Strategy(外部)
ソフトバンクが2025年11月にNvidia株58億ドル分を売却。今回の買収との戦略的整合性が読み取れる。
【編集部後記】
AI時代の勝者は、優れたアルゴリズムを持つ者ではなく、それを動かすインフラを制する者になるのかもしれません。この買収劇は、私たちが目にしているAIサービスの裏側で、どれほど巨大な物理的基盤が必要とされているかを物語っています。データセンター、電力、ネットワーク―これらの「地味」に見えるインフラこそが、次の10年を決定づける可能性があります。
みなさんは、AI競争の本質がアルゴリズムから物理インフラへシフトしていることをどう捉えますか?テクノロジーの未来を語るとき、私たちはつい華やかなソフトウェアに目を奪われがちですが、その土台にこそ注目すべきかもしれません。































