第6回世界将棋AI電竜戦、12月6-7日開催|GPU深層学習vsCPU推論の技術対決

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将棋AIの世界で、2つの技術思想が火花を散らしている。人間の直感に近い大局観を持つGPU深層学習方式と、1秒間に8000万手を読む圧倒的な探索力を誇るCPU推論方式。

2025年12月6日から7日に開催される第6回世界将棋AI電竜戦は、この技術的対立が最も鮮明に現れる舞台だ。文部科学大臣杯を懸けた30チームの戦いが、AI開発の未来を照らし出す。


特定非営利活動法人AI電竜戦プロジェクト(理事長:松本浩志)は、第6回世界将棋AI電竜戦本戦を2025年12月6日から7日に開催する。優勝者には文部科学大臣杯及び文部科学大臣賞が授与される。

大会には30チームが参加し、YouTubeで無料ライブ配信される。配信スケジュールは12月6日13時から戸辺誠七段の解説、12月7日13時30分から遠山雄亮六段の解説で行われる。

技術的な見どころとして、GPU深層学習方式とCPU推論方式の将棋AIの対決が注目される。後援は文部科学省、情報処理学会、コンピュータ将棋協会、電気通信大学エンターテイメントと認知科学研究ステーションが務める。

From: 文献リンク最新将棋AIがしのぎを削る、第6回世界将棋AI電竜戦本戦を開催(2025年12月6-7日)

【編集部解説】

将棋AIの世界では今、技術思想の異なる2つの系譜が競い合っています。第6回世界将棋AI電竜戦は、この技術的対立が最も鮮明に現れる舞台です。

電竜戦は2020年、コロナ禍で中止された世界コンピュータ将棋選手権の代替オンライン大会として始まりました。2020年に第1回本戦が開催され、2024年の第5回からは文部科学省が後援に加わり「文部科学大臣杯」の名称がつきました。NPO法人として運営され、寄付によって支えられているこの大会は、将棋AIの発展と情報技術の進歩を社会に伝える重要な役割を担っています。

今回の見どころは、プレスリリースでも触れられている「GPU深層学習方式」と「CPU推論方式」の対決です。この2つのアプローチは、単なる技術的選択の違いではなく、AIの設計思想そのものの違いを反映しています。

GPU深層学習方式の代表格はdlshogiです。GPUの膨大な並列処理能力を活用し、深層ニューラルネットワークで盤面を評価します。この方式の特徴は序中盤の大局観に優れていることです。人間の直感に近い形で局面全体を捉え、複雑な位置関係を理解できます。藤井聡太竜王も2020年以降dlshogiを研究に導入し、その影響と思われる手を実戦で指すようになったと指摘されています。

一方、CPU推論方式の代表がNNUE(Efficiently Updatable Neural Network)系の将棋AIです。水匠、氷彗などがこの系譜に属します。NNUEは那須悠氏が考案した評価関数で、深層学習ではなく浅い層のニューラルネットワークをCPU上で高速に動作させます。差分計算とSIMD命令を活用することで、1秒間に8000万手以上という驚異的な探索速度を実現します。終盤の深い読みが必要な局面では、この探索速度が威力を発揮します。

興味深いのは、両陣営の技術交流です。NNUE系の学習にはかつてCPUが使われていましたが、現在はGPUで学習し、推論時にCPUで動かすハイブリッド方式が主流になっています。また、チェスAIのStockfishがNNUEを採用し、その改良が将棋AIに還流されるという、ボーダーレスな技術発展が起きています。

ハードウェアの進化速度も勝敗を左右します。GPUは2年ごとに性能が約2倍になるペースで進化していますが、CPUのクロック周波数は頭打ちです。コア数は増えていますが、将棋AIの探索に使われるαβ法は並列化効率が√N程度のため、コア数が2倍になっても速度は約1.4倍にしかなりません。この差は、長期的にはGPU方式に有利に働く可能性があります。

しかし、第5回電竜戦では予想を覆す結果が出ました。NNUE系の氷彗が優勝し、GPU方式のdlshogiが準優勝でした。氷彗は評価関数を大幅に改良したソフトで、開発者はHEROZの大森悠平氏。電王トーナメントでnozomiを開発した古参開発者です。探索部の改良を含め、NNUE系にもまだ進化の余地があることを示しました。

この技術競争は、AI開発全般に示唆を与えます。必ずしも最新のGPU深層学習だけが答えではなく、問題の性質に応じて適切なアーキテクチャを選択することの重要性です。将棋は「詰みや必至を見つければ勝ち」というゲーム特性上、探索の深さが決定的に重要な局面が存在します。一方で序中盤では大局観が求められます。この両面性が、異なるアプローチの共存を可能にしています。

今大会には30チームが参加します。水匠、dlshogi、氷彗などの強豪に加え、個性的な名前のチームも多数エントリーしています。プロ棋士の解説付きでYouTube配信されるため、AIに詳しくない将棋ファンも楽しめる内容になっています。

将棋AIの発展は、プロ棋士の研究環境を根本から変えました。藤井竜王や渡辺名人といったトップ棋士が数百万円のPCを購入し、複数の将棋AIを併用して研究しています。HEROZの「棋神アナリティクス」のように、ブラウザで手軽にトップクラスのAI解析ができるサービスも登場しています。

第6回電竜戦は、この技術競争の最前線を見られる貴重な機会です。GPU方式が巻き返すのか、CPU方式がさらに進化を見せるのか、あるいは全く新しいアプローチが登場するのか。AI技術の多様性と可能性を体感できるイベントといえるでしょう。

【用語解説】

GPU(Graphics Processing Unit)
グラフィック処理装置。元々は3D描画などの画像処理用に開発されたプロセッサだが、単純な計算を大量並列で処理できるため、深層学習の分野で広く活用されるようになった。将棋AIではdlshogiなどが採用している。

NNUE(Efficiently Updatable Neural Network)
効率的に更新可能なニューラルネットワーク。那須悠氏が考案した評価関数で、GPUを必要とせずCPU上で高速に動作する。差分計算とSIMD命令を活用し、浅い層のニューラルネットワークで高速な局面評価を実現する。

αβ法(アルファベータ法)
ゲーム木探索の基本的なアルゴリズム。ミニマックス法を改良したもので、明らかに不要な枝を刈り込むことで探索効率を向上させる。1950年代に考案され、現在でも多くの将棋AIで使用されている。

深層学習(ディープラーニング)
多層のニューラルネットワークを用いて、大量のデータから特徴を自動的に学習する機械学習手法。AlphaGoの成功以降、ボードゲームAIの分野で急速に普及した。

【参考リンク】

AI電竜戦プロジェクト 公式サイト(外部)
特定非営利活動法人が運営する将棋AIの世界大会。大会情報、過去の棋譜を掲載

電竜戦公式YouTubeチャンネル(外部)
大会のライブ配信や過去の対局動画を視聴できる公式チャンネル

HEROZ株式会社(外部)
将棋AI研究から生まれた技術を各産業に展開するAI企業。将棋ウォーズを提供

棋神アナリティクス(外部)
ブラウザで利用できる将棋AI解析サービス。dlshogiと水匠による解析が可能

やねうら王 公式サイト(外部)
将棋AIやねうら王の開発者による技術ブログ。将棋AI開発の最新動向を掲載

【参考記事】

電竜戦 – Wikipedia(外部)
電竜戦の概要、歴史、大会形式などを解説した百科事典記事

第5回世界将棋AI電竜戦にて、HEROZ AIエンジニア大森が開発する「氷彗」が優勝(外部)
第5回電竜戦の結果。氷彗が優勝、dlshogiが準優勝したことを報告

WCSC34、技術的まとめ – やねうら王公式サイト(外部)
GPU方式とCPU方式の技術的違い、ハードウェア進化速度の差を詳細解説

第5回将棋AI電竜戦本戦で優勝した氷彗とは何者なのか?(外部)
氷彗の開発者が大森悠平氏であることの判明とNNUE系の技術革新について

dlshogi – Wikipedia(外部)
dlshogiの概要、開発思想、藤井竜王による利用状況などを解説

NNUE – Wikipedia(外部)
NNUEの技術的詳細、那須悠氏による考案、Stockfishへの採用経緯

第4回世界将棋AI電竜戦本戦 優勝記(外部)
水匠の優勝記。NNUE型とDeep Learning型の戦い、探索部改良の詳細

【編集部後記】

将棋AIの世界では、異なる技術思想が競い合いながら共存しています。GPU深層学習の大局観か、CPU高速探索の読みの深さか。この問いは、AI開発全般における「万能な解はない」という本質を示唆しているように思えます。12月6日からのライブ配信では、プロ棋士の解説を通じて、それぞれのAIがどのように局面を捉えているのかを垣間見ることができます。技術的バックグラウンドがなくても、AIの個性や思考の違いを感じられる貴重な機会です。みなさんはどちらの方式に魅力を感じるでしょうか。あるいは、第6回では全く新しいアプローチが登場するかもしれません。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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