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5月24日【今日は何の日?】 通信技術の祖『モールス信号』ー世界初の長距離通信実験が行われた日

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Last Updated on 2025-05-24 18:29 by admin

1844年5月24日、ワシントンDCの連邦議会議事堂からボルチモアの鉄道駅まで、38マイル(約61キロメートル)の距離を電気信号が駆け抜けました。送られたメッセージは「What hath God wrought?(神は何をなし給うたのか?)」—この瞬間、人類の通信史は劇的な転換点を迎えました。

画家から発明家へ:サミュエル・モールスの運命的な転身

サミュエル・フィンレイ・ブリース・モールス(1791-1872)は、本来画家として名を馳せていた人物でした。イェール大学で学び、ヨーロッパで修行を積んだ彼は、歴史画の分野で高い評価を受けていました。しかし、1832年、41歳のモールスの人生を変える出来事が起こります。

ヨーロッパからの帰路、船上で乗り合わせた乗客が電磁石の実験を披露していました。科学者のジャクソンがボタンを操作してコイルの先端に衝撃を与える様子を見たモールスは、電気の力で遠くに情報を瞬時に伝達できる可能性に強烈な衝撃を受けました。航海に退屈していた乗客を楽しませる単純な実験が、通信技術革命の起点となったのです。

電気については素人だったモールスは、ニューヨーク大学の化学教授レオナード・ゲールや、機械工のアルフレッド・ベイルと協力してシステムを完成させました。特にベイルの貢献は大きく、当初数字のみだった符号体系を、アルファベットや特殊文字にまで拡張したのは彼の功績でした。

点と線が紡いだ通信革命

モールス信号の革新性は、その圧倒的なシンプルさにありました。短点(・)と長点(ー)という二つの要素だけで、あらゆる文字と数字を表現します。現在のデジタル通信の基礎となる二進法的な発想を、19世紀前半に実現していたのです。

モールス信号の仕組みは、日本古来の狼煙通信と似ています。狼煙では煙の上げ方のパターンで情報を伝えたように、モールス信号では短い信号(トン)と長い信号(ツー)のパターンで文字を表現します。例えば、アルファベットの『A』は『・-』(トン・ツー)で表現され、これは狼煙で言えば『短く一回、長く一回』煙を上げるのと同じ発想です。

システムの効率性も驚異的でした。英語で最も頻繁に使われる文字「E」は最短の符号(・)、次に多い「T」は(ー)というように、使用頻度に応じて符号の長さが設計されていました。これは現代の情報圧縮技術の先駆けとも言える発想でした。

当初の受信システムは、電磁石で動かした針が紙テープに圧力で刻むエンボッシング方式でした。やがて音響による伝達に発展し、熟練したオペレーターは「ドット」「ダッシュ」の音の組み合わせを直接文字に変換できるようになりました。

世界を縮めた電気の糸

モールス信号の普及速度は目覚ましいものでした。1844年の成功からわずか10年で、アメリカ国内に2万マイル以上の電信線が張り巡らされました。1851年にはウェスタン・ユニオン社が設立され、1861年には大陸横断電信線が完成します。

さらに1866年には大西洋横断海底ケーブルが敷設され、アメリカとヨーロッパが電気的に結ばれました。ロンドンからニューヨークへのメッセージが数分で届く時代の到来です。それまで手紙や使者に頼っていた長距離通信が、瞬時に行えるようになったインパクトは計り知れません。

鉄道網の発達とも相乗効果を生み、列車の運行管理や商取引の迅速化に貢献しました。ニュースの伝達速度も劇的に向上し、新聞業界に革命をもたらしました。南北戦争(1861-1865)では、軍事通信として活躍し、リンカーン大統領は頻繁に戦況報告を電信で受け取っていました。

現代技術への系譜

20世紀に入ると、電話や無線通信の普及により、モールス信号による商業電信は次第に衰退していきます。しかし、その技術的DNAは形を変えて現代まで受け継がれています。

無線通信においては、1890年代から1900年代初頭にかけて音声伝送が可能になるまで、モールス信号が主要な通信手段でした。第一次世界大戦では、飛行船や航空機での通信に活用され、航空無線通信の基礎を築きました。

現代のデジタル通信も、モールス信号の二進法的思想を継承しています。コンピューターの0と1による情報処理は、モールス信号の点と線の概念を高度に発展させたものと言えます。インターネットのパケット通信、携帯電話のデジタル信号処理まで、その根底にはモールス信号の革新的発想が流れています。

アマチュア無線家が愛し続ける理由

現在でも、世界中のアマチュア無線家たちがモールス信号(CW:Continuous Wave)を愛用し続けています。デジタル時代の今なぜ、この古典的通信手段が愛され続けるのでしょうか。

まず、その確実性が挙げられます。音声通信では雑音に埋もれて聞き取れない微弱な信号でも、モールス信号なら識別可能です。低電力でも長距離通信が実現でき、非常時の通信手段として信頼性が高いのです。

技術的な魅力も大きいものがあります。熟練したオペレーターは、相手の「拳」(フィスト)と呼ばれる固有の送信リズムで個人を識別できます。これは楽器演奏にも通じる技術的な奥深さがあり、習得には年月を要しますが、だからこそ達成感があります。

さらに、言語の壁を越える普遍性も魅力です。世界共通のモールス符号により、異なる国の無線家同士が円滑に交信できます。デジタル技術が発達した現代だからこそ、このアナログ的な人間味のある通信に惹かれる人が多いのかもしれません。

災害時には、アマチュア無線がその真価を発揮することがあります。2011年の東日本大震災においても、広範囲で電話やインターネットといった既存の通信インフラが途絶する中、アマチュア無線が情報伝達手段の一つとして活動しました。多くのアマチュア無線家が、利用可能な電源を用いて無線局を運用し、モールス信号を含む様々な通信モードを活用して、被災地の状況報告、安否確認、救援要請といった重要な情報の収集・伝達に貢献しました。

時代を超えて光る技術的優秀性

モールス信号が現在でも評価される理由は、その技術的完成度の高さにあります。

シンプルさが生む強靭性:複雑なプロトコルを必要とせず、最小限の機器で確実な通信が可能です。故障リスクが低く、メンテナンスも容易です。

情報効率の最適化:使用頻度に基づく符号設計により、最小限の送信時間で最大限の情報を伝達できます。これは現代の情報圧縮技術の原型とも言える発想でした。

環境適応性:電波状況が悪い環境でも、他の通信方式より確実に情報を伝達できます。宇宙空間での通信でも使用されることがあります。

学習容易性:基本原理がシンプルなため、短期間で習得可能です。緊急時にも迅速に要員を養成できます。

現代インターネット社会への道筋

モールス信号の発明は、現代のグローバルな情報化社会の出発点でした。それまで地理的距離に制約されていた人類のコミュニケーションが、初めて「瞬時性」を獲得した歴史的転換点です。

この技術革新が示した「情報の瞬時伝達」という概念は、その後の電話、ラジオ、テレビ、そしてインターネットへと発展する通信技術すべての基礎となりました。世界がネットワークで結ばれ、リアルタイムでの情報共有が当たり前となった現代社会は、1844年5月24日のワシントン・ボルチモア間の38マイルから始まったのです。

電子商取引、グローバルな金融市場、国際的な報道、遠隔医療、オンライン教育—現代社会の根幹を支えるこれらすべてのサービスは、モールス信号が示した「距離の克服」という革新的発想の延長線上にあります。

人類が初めて電気の力で距離を克服したあの日、私たちは単なる通信技術を手にしただけではありません。時間と空間を圧縮し、世界を一つのネットワークとして捉える現代的思考の原点を獲得したのです。その点と線が刻んだリズムは、今もデジタル信号となって地球を駆け巡り続けています。

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迫地真央
おしゃべり好きなライターです。趣味は知識をためること。
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