Last Updated on 2025-06-05 07:32 by admin
『Advances in Atmospheric Sciences』誌に発表された研究により、西南極のスウェイツ氷河とパインアイランド氷河上空で強力な低層ジェット気流(LLJs)が発見された。
研究チームの筆頭著者サイ・プラバラ・スウェサ・チッテラと共著者アンドリュー・オー博士らが、アムンゼン海湾付近で22個のラジオゾンデ観測気球を打ち上げ、下層大気の風速と温度データを収集した。測定の半数でジェット気流を確認し、これらの風は主に海上の沖合に向かって吹いていた。
高解像度気象モデルによるシミュレーションで、これらのLLJsが地域の大部分に広がり、氷河と周辺海域の風速を大幅に増加させることが判明した。この現象は南極内陸高地から流れ下るカタバ風が、通過するサイクロンによって強化されて形成される。
研究者らは、この強風が雪の再分布、海洋循環、海氷の動きに影響を与え、スウェイツ氷河とパインアイランド氷河の融解速度および海面上昇への寄与を変化させる可能性があると述べた。
From: Scientists Uncover a Mysterious Phenomenon Speeding Up Antarctica’s Doomsday Glacier Meltdown!
【編集部解説】
今回の研究は、南極氷河融解のメカニズム解明において画期的な進展を示しています。これまで科学者たちは主に海洋からの熱による氷河底部の融解に注目してきましたが、大気中の風が氷河融解に与える直接的影響は十分に理解されていませんでした。
低層ジェット気流(LLJs)の発見は、氷河融解プロセスの複雑さを改めて浮き彫りにしました。これらの風は単純に雪を吹き飛ばすだけでなく、海氷の移動パターンを変化させ、海洋の混合を促進することで、氷河下部への温かい海水の流入経路を変える可能性があります。
特に重要なのは、サイクロンとカタバ風の相互作用メカニズムです。南極内陸部から流れ下る冷たく密度の高いカタバ風が、海上のサイクロンによって増幅される現象は、気候変動の進行とともにより頻繁に発生する可能性が指摘されています。
この研究の技術的価値は、高解像度気象モデル「Polar WRF」を使用したシミュレーション精度にあります。観測データとモデル予測の整合性が示されたことは、将来の氷河変動予測の信頼性向上に直結する重要な成果といえるでしょう。
しかし、この発見は同時に深刻な懸念も提起しています。スウェイツ氷河は「終末氷河」と呼ばれ、その完全崩壊は世界の海面を大幅に上昇させる可能性があります。さらに西南極氷床全体の不安定化を引き起こせば、沿岸都市や島嶼国家に壊滅的な影響をもたらすでしょう。
現在、複数の研究機関が氷河保護技術の開発を進めており、革新的なエンジニアリング手法による解決策の模索が続いています。ただし、これらの技術的アプローチの実現可能性や効果については、まだ多くの課題が残されているのが現状です。
【用語解説】
低層ジェット気流(LLJs)
高度数百メートルの下層大気で発生する強い風の流れ。通常のジェット気流より低い高度で発生し、局地的な気象現象に大きな影響を与える。
カタバ風
南極内陸部の冷たく密度の高い空気が重力により斜面を流れ下る現象。ギリシャ語の「坂を下る」が語源で、南極特有の強風として知られる。
ラジオゾンデ
気象観測用の気球に搭載される測定器。上空の気温、湿度、気圧、風向・風速を測定し、無線で地上に送信する観測装置。
アムンゼン海湾
西南極にある海域で、スウェイツ氷河とパインアイランド氷河が流れ込む重要な地域。氷河融解研究の中心的な観測地点である。
棚氷
陸上の氷河が海に張り出して形成される厚い氷の板。氷河の流出を抑制する役割を果たすため、棚氷の崩壊は氷河の加速的融解につながる。
Polar WRF
南極地域の気象現象を高解像度でシミュレーションする数値気象モデル。極地特有の気象条件を考慮した予測が可能である。
【参考リンク】
英国南極調査所(BAS)(外部)
英国の南極研究を統括する機関。氷河融解や気候変動の研究で世界をリードしている。
国立極地研究所(NIPR)(外部)
日本の南極・北極研究の中核機関。南極昭和基地での観測や氷床変動研究を実施。
世界気象機関(WMO)(外部)
国連の専門機関として世界の気象観測を統括。南極の気象観測データの標準化を推進。
【参考動画】
【参考記事】
Warm ocean tides are eating away at ‘doomsday glacier’ in Antarctica(外部)
海洋潮汐がスウェイツ氷河を下部から融解させている現象を衛星観測で発見した研究報告。
New research on Thwaites Glacier could reshape sea-level rise projections(外部)
フィンランドのICEYE衛星レーダーデータを用いたスウェイツ氷河の最新研究成果。
【編集部後記】
今回の低層ジェット気流の発見は、南極の気候システムがいかに複雑で予測困難かを示しています。この新たな知見を受けて、皆さんはどのような技術的アプローチが有効だと考えますか?
AI による高精度気象予測、次世代衛星観測技術、あるいは氷河保護のための革新的工学手法など、様々な可能性が考えられます。また、この研究が他の極地研究や気候変動対策にどのような波及効果をもたらすか、ぜひ皆さんのご意見もお聞かせください。