1953年7月27日午前10時、板門店。国連軍代表ウィリアム・K・ハリソン・Jrと朝鮮人民軍・中国人民志願軍代表南日が、3年に及ぶ戦争の休戦協定に署名しました。署名から12時間後、朝鮮半島に静寂が訪れました。しかし、それは「終戦」ではなく「休戦」でした。
この戦争は、史上初のジェット戦闘機同士による空中戦が展開された戦いでもありました。F-86「セイバー」とMiG-15が朝鮮半島上空で繰り広げた戦闘は、航空戦の歴史を塗り替え、やがて民間航空の発展へとつながっていきます。日本では戦争特需により、戦後の製造業が息を吹き返しました。
戦争が生み出した技術は、いかにして平和な社会を支える基盤となったのか。
ジェット時代の空戦 — 最速機と最遅機の逆説
実質2年半の戦闘期間中、F-86はMiG-15約800機を撃墜し、自らの損失は78機。10分の1以下という圧倒的な戦果でした。ドイツの後退翼技術を取り入れたF-86は、最大時速994キロを記録し、高速飛行時の安定性で優位に立ちました。
ところが、この空戦で興味深い事実があります。北朝鮮機の中で唯一、F-86撃破数においてMiG-15を上回った航空機がありました。それは1920年代の複葉機、ポリカルポフU-2です。
たった100馬力のエンジンで時速100kmほどしか出ないこの旧式機は、その「非力さ」ゆえに、高速ジェット戦闘機では追撃が困難でした。最先端技術が、時代遅れの技術に敗れる。戦争という極限状態は、時に私たちの常識を覆します。
この戦争で急速に発展したレーダー技術は、後に民間航空の安全性向上、気象観測、自動車の衝突回避システムへと転用されていきます。日本でも1942年、戦艦「伊勢」に搭載された対空警戒レーダーが航空機を55km先で探知していましたが、朝鮮戦争期にはより高精度なシステムが実戦投入されました。
軍事から民間へ — 転用された技術たち
GPS衛星24機が、今この瞬間も地球上空2万200kmの軌道を旋回しています。カーナビ、スマートフォン、配送サービス、精密農法。私たちの日常を支えるこの技術の源流は、1970年代のアメリカ海軍と空軍の軍事プロジェクトでした。1991年の湾岸戦争で実用性が証明され、やがて民間に開放されました。
インターネットの前身、ARPANETも米国防総省傘下の研究機関が開発しました。ただし、責任者のテイラー氏は後に「核攻撃や軍の指揮系統とは無関係」と明言しています。軍事資金で支えられながらも、その目的は純粋に新しい通信技術の実用化でした。
1946年2月14日、ペンシルベニア大学で公開されたENIACは、弾道計算のために米陸軍が開発した世界最初の汎用電子式コンピュータでした。この巨大な計算機は、やがて商用化され、個人用コンピュータとなり、今では誰もがスマートフォンを持つ時代へとつながります。
しかし、これらの技術の持ち主は今も軍にあります。GPS衛星の所有者はアメリカ国防省です。平和利用されている技術が、軍事的統制下にあるという複雑さを、私たちは見つめる必要があります。
日本の戦争特需 — 短期的ブーストと長期的課題
1950年から1955年までの間、日本企業は特需として46億ドルの受注を獲得しました。車両修理、航空機の定期修理が、かつて戦闘機や戦車を生産していた三菱重工業やSUBARUに依頼されました。
鉱工業生産は急上昇します。1950年後半から前年比22%増、1951年は35%増。1951年には戦前の水準を回復しました。この急激な成長が、後の自動車産業、電機産業、精密機械産業の競争力の源泉となったことは確かです。
しかし、戦争経済への依存は持続可能ではありません。特需が終わった後の日本の技術発展を支えたのは、平和な環境での研究開発、国際協力、教育投資でした。ソニー、ホンダ、キヤノン、任天堂。世界を変えた日本企業の多くは、戦争とは無関係な創造活動から生まれています。
72年間の休戦 — 続く分断
朝鮮半島には今なお平和条約が結ばれていません。北朝鮮と韓国の間には、いつ戦争状態に戻ってもおかしくない緊張が続いています。
戦死者の数ははっきりしませんが、ロシア史料では北朝鮮・中国の死傷者200万〜400万、韓国40万、アメリカ14万。1000万人以上の離散家族を生んだと言われています。
ジェット航空機、レーダー、コンピューター。これらの技術は確かに現代社会を支えています。しかし、その発展が膨大な犠牲の上に築かれたことを、私たちは記憶に留める必要があります。
現代の戦争は変わりつつあります。サイバー攻撃、ドローン、AI兵器。新たな形態が出現しています。
技術の力を、誰のために、何のために使うのか。アルフレッド・ノーベルが自身のダイナマイトの発明を憂いてノーベル賞を設立したように、私たちもまた、この問いと向き合い続けているのかもしれません。
Information
参考リンク
用語解説
F-86「セイバー」: アメリカ製の第1世代ジェット戦闘機。ドイツの後退翼技術を採用し、最大時速994kmを記録。朝鮮戦争で実戦投入され、MiG-15との空中戦で圧倒的な戦果を挙げた。
MiG-15: ソビエト連邦のミグ設計局が開発したジェット戦闘機。朝鮮戦争で北朝鮮・中国側の主力機として使用された。
ARPANET: 米国防総省高等研究計画局(ARPA)が開発した世界初のパケット通信ネットワーク。インターネットの前身とされる。
ENIAC: 1946年にペンシルベニア大学で完成した世界最初の汎用電子式コンピュータ。弾道計算のために米陸軍が開発を依頼した。
































