オレゴン州モロー郡に設置されたAmazonデータセンターが、飲料水の硝酸塩汚染を加速させている可能性があることがRolling Stone誌の報道で明らかになった。同郡では住民が飲料水源とするLower Umatilla Basin帯水層の一部の井戸で硝酸塩濃度が73ppmに達しており、これは州制限値7ppmの10倍、連邦制限値の7倍である。
Amazonのデータセンターは年間数千万ガロンの水を帯水層から汲み上げて冷却に使用し、廃水処理システムを経由して地域の農場に送り込んでいる。データセンターを通過した廃水は蒸発により硝酸塩濃度が平均56ppmまで上昇し、オレゴン州安全基準の8倍となる。この硝酸塩濃度の上昇は稀な癌や流産の増加と関連付けられている。
Amazon広報担当者Lisa Levandowskiは、同社施設の水使用量は全体の水系のごく一部であり水質への影響は小さいと反論している。郡住民の15%が貧困ライン以下で生活しており、ミシガン州フリントの水質危機と比較されている。
From:
Data centers in Oregon might be helping to drive an increase in cancer and miscarriages – The Verge
【編集部解説】
このニュースは、テクノロジーインフラの急速な拡大が地域社会にもたらす深刻な環境・健康リスクを浮き彫りにする重要な事例です。特に注目すべきは、データセンターという「クリーン」とされる産業が、実は既存の環境問題を加速させる触媒となりうるという点です。
モロー郡の問題の核心は、硝酸塩汚染の「悪循環」にあります。もともと大規模農業による化学肥料の使用で地下水の硝酸塩濃度は上昇していましたが、Amazonのデータセンターが年間数千万ガロンの水を帯水層から汲み上げて冷却に使用することで、この汚染サイクルが劇的に加速しました。
データセンターの冷却システムを通過した水は、蒸発により硝酸塩濃度がさらに高まります。元々連邦基準値を超えていた水が、データセンターを通過後には平均56ppm、つまりオレゴン州の安全基準の8倍にまで濃縮されるのです。この超高濃度の廃水が再び農地に散布され、多孔質の砂質土壌を通って帯水層に戻る——このサイクルが住民の飲料水源を急速に汚染していきました。
硝酸塩による健康被害は深刻です。科学的研究によれば、硝酸塩は体内で亜硝酸塩に変換され、N-ニトロソ化合物を形成します。これらの化合物は発がん性と催奇形性を持つことが知られています。特に乳幼児は「ブルーベビー症候群」と呼ばれるメトヘモグロビン血症のリスクが高く、妊婦では流産や早産、低出生体重児、神経管欠損のリスクが上昇することが複数の疫学研究で示されています。モロー郡で報告されている多発性骨髄腫や軟部組織肉腫といった稀な癌の増加は、こうした科学的知見と一致しています。
この問題をさらに複雑にしているのが、地元の政治的腐敗です。Rolling Stone誌の詳細な調査報道によれば、港湾局の元局長Gary Nealら複数の公職者が、Amazonとの交渉を担当しながら、同時にAmazonにサービスを提供する光ファイバー会社Windwaveの取締役を務め、最終的には不当に安い価格でこの会社を買収していたことが明らかになりました。オレゴン州司法長官は、この取引で少なくとも690万ドルの不正利益が発生したとして訴訟を起こしています。
経済格差も重要な側面です。郡住民の15%が貧困ライン以下で生活する一方、上位5%は平均37万4,000ドルの収入を得ています。汚染された井戸水に依存しているのは主に移動住宅に住む低所得の農場労働者や工場作業員であり、裕福な住民は深井戸からの市営水道を利用しています。この構図は、ミシガン州フリントの水質危機との比較を生んでいます——政治的・経済的力を持たない人々が犠牲になるという構造です。
データセンターの水使用量について、より広い文脈で理解する必要があります。中規模のデータセンターは年間約1億1,000万ガロン、大規模施設では1日500万ガロン(年間18億ガロン)を消費します。これは1万〜5万人規模の町の水使用量に相当します。特にAI処理の増加により、GPUの高発熱化でデータセンターの冷却需要は急増しており、2028年までに米国のデータセンターの水消費量は2倍から4倍になると予測されています。
この問題の本質的な課題は、テクノロジーインフラの外部性——つまり企業が負担しない社会的コストを誰が払うのか、という点です。Amazonは15年間で数十億ドル規模の税制優遇措置を受けながら、水質汚染対策の費用は地域社会が負担する構造になっています。
現在、シアトルの集団訴訟専門弁護士Steve Bermanが、港湾局、大手食品加工企業とともにAmazonを被告とする訴訟を準備中です。情報筋によれば、Amazonは1億ドルでの和解を検討しているとされます。仮にこの和解が成立すれば、データセンター事業者の環境責任に関する重要な先例となるでしょう。
長期的には、この事例はデータセンター産業全体の立地戦略と規制のあり方に影響を与える可能性があります。水ストレス地域へのデータセンター建設の制限、閉ループ冷却システムの義務化、再生可能エネルギーへの移行(化石燃料発電所も大量の水を消費するため)などの対策が今後議論されることになるでしょう。
私たちが享受するクラウドサービスやAI技術の背後には、このような環境的・社会的コストが存在することを認識し、真に持続可能なデジタルインフラとは何かを問い直す時期に来ています。
【用語解説】
硝酸塩(Nitrate)
化学肥料や動物の糞尿に含まれる窒素化合物が土壌中で酸化されて生成される物質。地下水に浸透すると飲料水を汚染し、人体に吸収されると亜硝酸塩に変換され、メトヘモグロビン血症や癌のリスクを高める。米国連邦基準では飲料水中の硝酸塩濃度は10ppm(NO3-Nとして)が上限とされている。
帯水層(Aquifer)
地下の透水性の高い地層に蓄えられた地下水の層。モロー郡のLower Umatilla Basin帯水層は約4万5,000人の住民が飲料水源として依存しているが、農業廃水とデータセンターからの廃水により硝酸塩濃度が上昇している。
ppm(Parts Per Million)
百万分率。濃度を示す単位で、1ppmは100万分の1を意味する。モロー郡では一部の井戸で硝酸塩濃度が73ppmに達しており、これは州制限値7ppmの10倍以上である。
メトヘモグロビン血症(Methemoglobinemia)
通称「ブルーベビー症候群」。硝酸塩が体内で亜硝酸塩に変換され、赤血球のヘモグロビンが酸素を運搬できなくなる疾患。特に乳児が高リスクで、皮膚が青紫色になり、重症化すると生命に危険が及ぶ。
データセンター冷却システム
サーバーやネットワーク機器が発する熱を除去するシステム。蒸発冷却方式では大量の水を使用し、熱を吸収した水は蒸発によって失われる。1つの中規模データセンターで年間1億ガロン以上の水を消費することもある。
N-ニトロソ化合物(N-Nitroso Compounds)
硝酸塩が体内で亜硝酸塩に変換され、アミンやアミドと反応して生成される化合物。多くが動物実験で発がん性と催奇形性を示すことが確認されている。
企業ゾーン税制優遇(Enterprise Zone Tax Abatement)
企業誘致のため、地方自治体が一定期間固定資産税を免除または減額する制度。Amazonはモロー郡で各データセンターに対し15年間の税制優遇を受けており、その総額は数十億ドルに上る。
Port of Morrow(モロー港湾局)
コロンビア川沿いに位置する輸送・食品加工拠点。農業廃水処理システムを運営しており、数百万ガロンの硝酸塩を含む廃水を農地に散布している。2011年以降、過剰散布により1,000件以上の違反と300万ドル以上の罰金を科されている。
【参考リンク】
Amazon Web Services (AWS)(外部)
Amazonのクラウドコンピューティング部門。世界中にデータセンターを運営し、2024年には1,070億ドルの売上を記録し市場シェア30%。
Rolling Stone(外部)
本件の詳細な調査報道を行った米国の総合誌。数百通の内部メールや公的記録を分析しモロー郡の水質危機の全容を明らかにした。
Oregon Department of Environmental Quality (DEQ)(外部)
オレゴン州環境品質局。1991年から帯水層の硝酸塩濃度を監視。Port of Morrowに1,000件以上の違反通知と300万ドル以上の罰金を科している。
Environmental Working Group (EWG)(外部)
環境保護団体。硝酸塩汚染に関する研究を実施し、米国の飲料水中の硝酸塩汚染が年間1万2,500件以上の癌を引き起こす可能性を指摘。
Oregon Rural Action(外部)
地域住民の権利擁護を行う非営利団体。モロー郡では無料の水質検査キット配布や州政府への働きかけを実施している。
【参考記事】
‘The Precedent Is Flint’: How Oregon’s Data Center Boom Is Supercharging a Water Crisis(外部)
Rolling Stone誌による詳細な調査報道。元郡委員が70の井戸を検査し68が基準超過、公職者がAmazonとの取引で利益を得ていたWindwave通信会社の買収疑惑を詳細に報じる。
Amazon Data Center Linked to Cluster of Rare Cancers(外部)
モロー郡で多発性骨髄腫や軟部組織肉腫などの稀な癌が増加。地元住民の硝酸塩曝露による関節・筋肉疾患の証言を紹介している。
United States: Investigation links Amazon data centers to worsening nitrate crisis in Oregon(外部)
ビジネスと人権リソースセンターによる報告。蒸発により硝酸塩濃度が上昇し再び帯水層に戻る悪循環を解説している。
Nitrate contamination in drinking water and adverse reproductive and birth outcomes(外部)
Scientific Reports誌のシステマティックレビュー。飲料水中の硝酸塩曝露と早産、神経管欠損などの生殖・出生異常との関連を分析。
Drinking Water Nitrate and Human Health: An Updated Review(外部)
硝酸塩と大腸癌、膀胱癌、乳癌、甲状腺疾患の関連を検証。N-ニトロソ化合物の形成メカニズムと健康影響を詳述している。
Data Centers and Water Consumption(外部)
環境エネルギー研究所の報告。中規模データセンターが年間1億1,000万ガロン、大規模施設では年間18億ガロンを消費すると推定。
Data centers consume massive amounts of water – companies rarely tell the public exactly how much(外部)
2023年に米国のデータセンターが直接冷却で170億ガロン消費。2028年までに2〜4倍に増加する可能性を指摘している。
【編集部後記】
私たちが毎日利用するクラウドサービスやAI技術の背後で、このような深刻な環境・健康問題が起きているという現実を、どう受け止めるべきでしょうか。テクノロジーの恩恵を享受する私たち自身も、この構造の一部であることは否定できません。データセンターの立地選定や冷却方式の選択、そして地域社会への影響評価について、企業にどのような透明性と責任を求めるべきなのか。また、経済成長と環境保護、住民の健康という相反するように見える要素を、どのようにバランスさせていくべきなのか。この問題は決して遠い国の出来事ではなく、日本でもデータセンターの建設が進む中で、私たちが真剣に向き合うべき課題だと考えています。






























