ポンペイ遺跡でAI×ロボット修復システム実用化、数千の断片から古代フレスコ画を再構築

[更新]2025年12月2日

ポンペイ遺跡でAI×ロボット修復システム実用化、数千の断片から古代フレスコ画を再構築 - innovaTopia - (イノベトピア)

古代ポンペイの“失われた絵画”を、AIとロボットがもう一度つなぎ合わせようとしています。
人の手では一生かかっても終わらないかもしれない修復作業に、テクノロジーがどこまで寄り添えるのか――その最前線を一緒にのぞいてみませんか。


欧州連合が資金援助する研究プロジェクトRePAIR(Reconstructing the Past: Artificial Intelligence and Robotics Meet Cultural Heritage)が完了し、2025年11月27日に成果を発表した。

このプロジェクトは人工知能に導かれたロボットインフラを構築し、断片化したポンペイのフレスコ画を再組み立てするアルゴリズムを使用する。研究対象は、西暦79年の噴火と第二次世界大戦中の爆撃で損傷した「貞淑な恋人たちの集合住宅」内「画家たちが働く家」の天井フレスコ画と、2010年に崩壊した「スコラ・アルマトゥラルム」のフレスコ画である。

プロジェクトは2021年9月に開始され、ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学が調整し、イタリア工科大学、ポンペイ考古学公園、ベン・グリオン大学、ライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボンなどが参加した。

ロボットインフラはポンペイ考古学公園内のカシーナ・ルスティカに設置され、ソフトハンドを装備した2本のロボットアームが断片を配置する。

From: 文献リンクPompeii, RePAIR The research project for the reassembly of fragmented frescoes using an “intelligent robot” comes to an end

【編集部解説】

このプロジェクトが注目される理由は、考古学という伝統的な学問領域に最先端のAI技術とロボット工学を導入した点にあります。ポンペイのフレスコ画は、西暦79年のヴェスヴィオ火山噴火に加え、1943年の連合軍による爆撃でも甚大な被害を受けており、数千から数万もの断片が混在した状態で保管されていました。

従来、こうした断片の再組み立ては、熟練した修復士が何年もかけて手作業で行う必要がありました。しかしRePAIRシステムは、高解像度カメラで各断片をデジタル化し、AIアルゴリズムが色彩、模様、形状から適合する破片を特定します。そして「ソフトハンド」と呼ばれる柔軟な把持機構を備えた2本のロボットアームが、破片を慎重に配置していきます。

技術的な革新性として注目すべきは、「完成形が未知のパズル」を解くという点です。通常のジグソーパズルと異なり、箱に描かれた完成図がなく、しかも破片の一部が欠損している状態で復元を進めなければなりません。さらに異なる作品の断片が混在しているケースもあり、AIは膨大な組み合わせの中から正解を導き出す必要があります。

このシステムの実用化により、考古学者は単純作業から解放され、より高度な分析や解釈といった創造的な業務に集中できるようになります。特にイタリア全土で進行中の予防考古学発掘では、建設現場などから日々大量の遺物が出土しており、データ処理の負担が深刻化しています。

一方で、ポンペイ考古学公園のガブリエル・ズフトリーゲル館長が指摘するように、AIの倫理的な使用が重要な課題となります。文化遺産の修復において、どこまでをAIに委ね、どこから人間の判断を介入させるべきか。また、AIが導き出した復元案が必ずしも正解とは限らず、最終的な判断は専門家が行う必要があります。

このプロジェクトはEUのホライズン2020プログラムから資金提供を受けており、今後は陶器、彫像、モザイクなど他の遺物への応用も期待されています。人類共有の文化遺産を次世代に継承するための、テクノロジーと人文学の新しい協働モデルと言えるでしょう。

【用語解説】

RePAIR(Reconstructing the Past: Artificial Intelligence and Robotics Meet Cultural Heritage)
EUのホライズン2020プログラムで資金援助を受けた研究プロジェクト。人工知能とロボット工学を用いて、断片化した文化遺産を再組み立てする技術の開発を目的とする。2021年9月から2025年11月まで実施された。

ホライズン2020
欧州連合が2014年から2020年まで実施した研究・イノベーション支援プログラム。約800億ユーロの予算規模で、科学技術の革新と社会課題の解決を目指す。後継プログラムとしてホライズン・ヨーロッパが2021年から開始されている。

スコラ・アルマトゥラルム
ポンペイ遺跡内にあった剣闘士の訓練施設。2010年11月に建物が崩壊し、内部のフレスコ画が大量の断片となった。この事件はイタリア国内で文化遺産保護の重要性を再認識させる契機となった。

ソフトハンド
柔軟な素材や機構を用いたロボットグリッパー。従来の硬質なロボットアームと異なり、繊細で壊れやすい物体を傷つけずに把持できる。文化遺産や食品加工など、デリケートな作業に適している。

コンピュータービジョン
コンピューターが画像や動画を解析し、物体認識、パターン検出、3次元形状の把握などを行う技術分野。AIと組み合わせることで、人間の視覚認識を模倣・拡張できる。

カシーナ・ルスティカ
ポンペイ考古学公園内にある国有建築物。RePAIRプロジェクトのために修復され、ロボットインフラを収容する実験施設として活用されている。

【参考リンク】

RePAIR Project公式サイト(外部)
プロジェクトの詳細、参加機関、研究成果を掲載する公式ウェブサイト。技術的なアプローチやデモンストレーション動画も公開されている。

ポンペイ考古学公園(外部)
ユネスコ世界遺産ポンペイ遺跡の公式サイト。発掘情報、研究プロジェクト、来園者向け情報を英語とイタリア語で提供している。

ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学(外部)
RePAIRプロジェクトの調整機関を務めたイタリアの名門大学。人文科学と先端技術の融合研究に力を入れている。

イタリア工科大学(IIT)(外部)
ジェノヴァに本部を置くイタリアの研究機関。ロボット工学、AI、ナノテクノロジーなど先端科学技術の研究開発を行う。

【参考動画】

【参考記事】

Putting Pompeii’s pieces together, with the help of a robot(外部)
ロイターによるプロジェクト完了時の現地取材記事。「完成形が未知のパズル」という技術的困難さを強調している。

The RePAIR project: helping archaeologists restore past frescoes using Artificial Intelligence(外部)
ActuIAによるAI技術の観点からの分析記事。機械学習アルゴリズムがどのように断片を分析するかを技術的に解説。

Preserving Cultural Heritage in the Age of Artificial Intelligence(外部)
文化遺産保護におけるAI活用の倫理的側面を論じた記事。技術導入のメリットとリスク、人間の専門知識とのバランスを考察。

【編集部後記】 

AIが古代のフレスコ画を復元する——この光景を想像すると、少し不思議な気持ちになりませんか。私たちが美術館で目にする修復された作品の裏側では、こうした技術革新が静かに進んでいます。でも同時に、人間の手による丁寧な作業の価値も失われてはいけない。その絶妙なバランスをどう取るべきか、みなさんはどうお考えになりますか。

テクノロジーと伝統の共存、文化遺産を次世代へ継承する責任——このニュースは、そんな大切な問いを私たちに投げかけているように感じます。

投稿者アバター
Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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