英国政府が実施したAI著作権に関する全国協議で、11,500人の回答者のうち政府提案のオプトアウト方式を支持したのはわずか3%だった。科学・イノベーション・技術省が12月15日に公表した進捗声明で明らかになった。
政府案は、AI開発者がデフォルトで著作物をトレーニングに使用でき、クリエイターが技術的手段などで権利を留保する必要があるというものだ。対照的に、88%がAIシステムによる著作物使用前に全ケースでライセンス取得を義務化することを支持した。
クリエイティブ産業側は政府案に強く反対し、ライセンス制を圧倒的に支持。一方、AI開発者を含むテクノロジーセクターは政府案かさらに広範な例外を支持した。
7%は著作権法の現状維持を支持。知的財産庁は約80人のタスクフォースを編成し、AIを使わず全回答をレビューした。政府はデータ(使用とアクセス)法に基づき、2026年3月18日までに完全報告書と経済影響評価を公表する。
【編集部解説】
英国のAI著作権をめぐる議論が、クリエイターとテック企業の対立という単純な構図を超えて、デジタル時代における知的財産権の根本的な再定義を迫る局面に入っています。
この協議結果が示すのは、圧倒的な民意の表明です。11,500件という膨大な回答数は、この問題への関心の高さを物語っています。特に注目すべきは、政府が「優先オプション」として提示したオプトアウト方式への支持がわずか3%という数字です。これは政策提案としては異例の低支持率と言えるでしょう。
政府提案の本質は、著作権の原則を180度転換させるものでした。従来の「権利者の許可なく使用できない」という大原則を、「権利者が明示的に拒否しない限り使用できる」へと変更しようとしたのです。この発想は、18世紀から続く英国の著作権制度の根幹を揺るがすものでした。
オプトアウト方式の問題点は実務面にも及びます。クリエイターが自身の作品すべてについて、増え続けるAI企業に対して個別にオプトアウトを通知し続けることは、現実的に不可能です。特に中小のクリエイターや個人アーティストにとって、この負担は創作活動そのものを妨げかねません。
一方で88%が支持したライセンス制は、既存の著作権制度との整合性を保ちながら、AI開発にも道を開く現実的な解決策として評価されています。権利者とAI企業の間で適正な対価を伴う契約関係を結ぶことで、双方に利益をもたらす可能性があります。
興味深いのは、知的財産庁が約80人の専門家チームを動員し、AIツールを一切使わずに全回答を人力でレビューした点です。AI政策を決める過程でAIに頼らないという判断は、この問題の繊細さと重要性を物語っています。
現在、4つの専門家ワーキンググループが活動を開始しており、音楽、出版、映画、視覚芸術、ビデオゲームなど多様な分野から50人以上が参加しています。技術基準、透明性、ライセンス制度、クリエイター支援という4つの軸で議論が進められており、実効性のある解決策を模索しています。
この問題は英国だけの話ではありません。EUは既に類似の権利留保制度を導入しており、米国でも複数の訴訟が進行中です。日本を含む各国が、英国の今回の協議結果を注視しています。AIの学習データとして大量の著作物が使用される現状に対し、国際的な規範形成が急務となっているのです。
2026年3月18日に予定されている政府の完全報告書は、単なる協議結果のまとめにとどまらず、英国がAI時代の著作権制度をどう設計するかという青写真になります。「AIの変革的利益」と「クリエイターの権利保護」という二つの目標をいかに両立させるか。その答えは、今後数十年の創造産業とテクノロジー産業の関係性を規定することになるでしょう。
【用語解説】
オプトアウト方式
権利者が明示的に拒否しない限り、デフォルトで利用が許可される仕組み。今回の政府案では、AI企業が著作物を学習データとして使用することを前提とし、クリエイターが技術的手段や公的声明で権利を留保する必要がある。従来の「オプトイン方式」(事前許可が必要)とは正反対の考え方である。
データマイニング例外
大量のデータを自動的に分析・抽出する行為について、一定条件下で著作権侵害とみなさない法的な例外規定。EUは2019年のデジタル単一市場著作権指令で、研究目的などに限定したデータマイニング例外を導入している。
権利留保(Rights Reservation)
著作権者が自身の作品について特定の利用形態を明示的に禁止すること。技術的にはrobots.txtファイルやメタデータ、オンライン登録などの方法で実装される可能性がある。
科学・イノベーション・技術省(DSIT)
Department for Science, Innovation and Technologyの略。英国政府において科学技術政策、イノベーション推進、デジタル政策を担当する省庁。2023年に設立された比較的新しい組織である。
データ(使用とアクセス)法
Data (Use and Access) Act。2025年に制定された英国の法律で、データの利用とアクセスに関する枠組みを規定。AI開発におけるデータ利用についても言及しており、今回の協議はこの法律に基づいて実施された。
【参考リンク】
英国政府の公式進捗声明(外部)
科学・イノベーション・技術省が発表した協議結果の公式文書。データ使用とアクセス法第137条に基づく進捗報告
Copyright and Artificial Intelligence – GOV.UK(外部)
2024年12月から2025年2月まで実施された協議の詳細情報と質問項目、政府提案内容を含む完全協議文書
UK Intellectual Property Office(外部)
英国知的財産庁の公式サイト。著作権、特許、商標など知的財産権を管理する政府機関で今回の協議を主導
【参考記事】
Government’s AI consultation finds just 3% support copyright exception(外部)
出版業界専門メディアの報道。出版協会CEOのコメントと業界がオプトアウト方式に反対する背景を詳述
Copyright and artificial intelligence statement of progress – GOV.UK(外部)
英国政府の公式進捗報告書。11500件の回答の詳細な内訳と専門家ワーキンググループの構成を含む一次情報源
UK government must rule out new AI copyright exception after “overwhelming” consensus(外部)
音楽業界専門メディアの報道。88%がライセンス制を支持した圧倒的なコンセンサスの意味を音楽業界の視点で考察
Copyright and artificial intelligence: Impact on creative industries(外部)
英国上院図書館による詳細な背景分析。2022年の前回協議から今回に至る経緯と主要論点を網羅的に整理
UK consultation on copyright and artificial intelligence: Walking a fine line(外部)
国際法律事務所による法律専門家の分析。EU指令との比較と集団ライセンス制度の可能性など法的論点を詳細に解説
【編集部後記】
AI時代の創造性をめぐる議論は、私たち全員に関わる問題です。クリエイターだけでなく、AI技術の恩恵を受ける生活者の立場からも、この問題を考える必要があります。英国の今回の協議結果は、民主的プロセスを通じて社会の意思を明確に示した貴重な事例といえるでしょう。88%という圧倒的な支持を集めたライセンス制が、果たして実効性のある形で実現できるのか。2026年3月の政府報告書が、どのような未来図を描くのか。この動きは必ず日本にも波及します。innovaTopia編集部では、引き続きこの問題を注視してまいります。皆さんはAIによる学習利用について、どのような制度設計が望ましいとお考えでしょうか。































