Googleは2025年12月19日、テキサス州のスクレイピング会社SerpApiに対して訴訟を提起した。SerpApiがGoogle検索結果に表示される著作権保護されたコンテンツを保護するセキュリティ対策を回避してスクレイピングを行っているとして、デジタルミレニアム著作権法違反で訴えたものである。
訴状によると、SerpApiは1日あたり数億件の自動化された偽の検索リクエストを送信し、過去2年間でそのボリュームは最大25,000%増加した。
Googleが2025年1月に導入したSearchGuardというセキュリティ技術を回避し、ナレッジパネルの画像やGoogle Shopping、Google Mapsのデータなどライセンス取得されたコンテンツを無断で取得し転売している。
Googleは1回の回避行為につき200ドルから2,500ドルの法定損害賠償と差し止め命令を求めている。
SerpApiの年間収入は数百万ドル程度とされるが、潜在的な賠償責任はそれをはるかに上回る規模となる。
From:
Why we’re taking legal action against SerpApi’s unlawful scraping
【編集部解説】
GoogleがSerpApiを提訴したこの事案は、AI時代におけるデータアクセス権をめぐる激しい攻防の最前線を象徴しています。
SearchGuardという新しい防衛線
Googleが2025年1月に導入したSearchGuardは、数万時間の人的労働と数百万ドルの投資を経て開発されたセキュリティ技術です。JavaScriptチャレンジを使用して、検索クエリが人間のユーザーではなく自動化システムから来ているかを判別します。正規のユーザーのブラウザはこのチャレンジをシームレスに解決しますが、自動化されたスクレイピングツールは通常アクセスできなくなる仕組みです。
しかし、SerpApiはこの技術を即座に回避する方法を開発しました。訴状によると、同社は偽のブラウザを作成し、デバイス情報やソフトウェア詳細を偽装するなど、複数のIPアドレスを使用してGoogleから見て通常のユーザーとして見えるようにしています。
AI時代のデータ争奪戦
この訴訟の背景には、生成AIモデルのトレーニングに必要な膨大なデータをめぐる争いがあります。SerpApiのようなスクレイピングサービスは、AI企業が必要とする構造化された検索データを提供する重要な役割を担ってきました。月額5,000ドルという高額なサブスクリプション料金がその需要の大きさを物語っています。
興味深いのは、これが孤立した事案ではないという点です。2025年10月には、RedditがSerpApi、Perplexity、Oxylabs、AWMProxyの4社を同様の理由で提訴しています。Redditは「銀行強盗が金庫に入れないと分かると、代わりに現金を運ぶ装甲車を襲う」という比喩を使い、これらの企業がRedditのスクレイピング対策とGoogleのSearchGuardの両方を回避してデータを窃取していると主張しました。
ビジネスモデルの根本的な問題
Googleの訴状では、SerpApiのビジネスモデルを「寄生的」と表現しています。同社は「Google Search API」という名称でサービスを提供していますが、GoogleはそのようなAPIを公式には提供していません。つまり、SerpApiはGoogleの検索エンジンへの「裏口」を販売しているという主張です。
さらに深刻な問題は、SerpApiが取得しているのがGoogleが第三者からライセンスを受けた著作権保護されたコンテンツだという点です。ナレッジパネルの高解像度画像、Google Shoppingの商品情報、Google Mapsのレビューなど、これらはすべてGoogleが費用を支払ってライセンスを取得したコンテンツです。SerpApiはこれらを無断で取得し転売することで、元のコンテンツ提供者やGoogleのライセンス契約を脅かしています。
法的戦略の転換点
今回の訴訟でGoogleが注目すべき法的戦略を取っているのは、契約違反ではなくデジタルミレニアム著作権法(DMCA)第1201条違反を主要な根拠としている点です。この条項は、著作権で保護された作品へのアクセスを制御する技術的保護手段を回避することを禁止しています。
SearchGuardを「技術的保護手段」と位置づけることで、Googleは検索結果という動的に生成されるコンテンツに対してDMCA保護を適用するという前例のない法的アプローチを取っています。これが認められれば、プラットフォームのセキュリティ対策に対する法的保護の新たな基準となる可能性があります。
損害賠償の現実性
訴状には興味深い記述があります。Googleは「SerpApiは法定損害賠償を支払うことができない」と明記しています。SerpApiの年間収入は数百万ドル程度ですが、1回の回避行為につき200ドルから2,500ドルの法定損害賠償が認められる可能性があり、1日数億件の違反行為があることを考えると、賠償額は天文学的な数字になります。
つまり、この訴訟の主な目的は金銭的補償ではなく、SerpApiの事業そのものを停止させることにあると言えます。差し止め命令によって、同社の回避技術の使用を禁止し、既存の技術やデータセットの破棄を命じることを求めています。
SEO業界への影響
この訴訟はSEO業界に大きな波紋を広げています。多くのSEOツールやマーケティング分析ツールがSerpApiのようなサービスに依存してSERP(検索結果ページ)データを取得しているためです。Googleが勝訴すれば、信頼できるSERPデータの入手がより困難になり、コストも上昇する可能性があります。
一方で、AI時代においてGoogleが検索の透明性をさらに制限しようとしているという批判もあります。AIオーバービューなどの機能によってすでにクリック数が減少している中、企業が検索でどう表示されているかを理解し、成功を測定することがさらに困難になる可能性があります。
より広範な文脈
この訴訟は、データアクセスの生態系における亀裂を浮き彫りにしています。SerpApiのサービスは、Googleが制限しているAPIの空白を埋めることで、無数のアプリケーションを支えてきました。しかし、Googleはこれが自社のクローリングとインデックス作成への投資を損なうと主張しています。
さらに、2025年9月にはPenske Media CorporationがGoogleを反トラスト法違反で提訴しており、出版社にAIシステム用のコンテンツを補償なしで提供するよう強要していると主張しています。これらの訴訟は、AIの台頭によってデータの所有権、アクセス権、収益化をめぐる根本的な問題が表面化していることを示しています。
SerpApiは以前、「公開検索データはアクセス可能であるべき」と主張し、その活動は修正第1条で保護されていると述べています。しかし、Googleの立場は、問題はデータの公開性ではなく、セキュリティ対策を回避して著作権保護されたコンテンツを無断で商業利用することだという点にあります。
この事案の行方は、プラットフォーム、スクレイピングサービス、AI企業、そして最終的にはユーザーにとって、デジタル時代におけるデータアクセスのルールを再定義する可能性を秘めています。
【用語解説】
DMCA(デジタルミレニアム著作権法)
1998年に制定されたアメリカの著作権法。デジタル時代における著作権保護を強化するために作られた。特に第1201条は、著作権で保護された作品へのアクセスを制御する技術的保護手段を回避することを禁止している。
DMCA第1201条
著作権で保護されたコンテンツへのアクセスを制御する技術的保護手段の回避を禁止する条項。回避行為そのものと、回避を可能にする技術の製造・販売の両方を禁じている。違反1件につき200ドルから2,500ドルの法定損害賠償が定められている。
SearchGuard
Googleが2025年1月に導入したセキュリティ技術。JavaScriptチャレンジを使用して、検索クエリが人間のユーザーではなく自動化システムから来ているかを判別する。正規のユーザーのブラウザはシームレスに解決するが、自動化されたスクレイピングツールはアクセスをブロックされる仕組み。
スクレイピング(Web Scraping)
ウェブサイトから自動的にデータを抽出する技術。正当な用途(検索エンジンのクローリング、価格比較など)もあるが、無断での大規模なデータ取得は法的問題を引き起こす可能性がある。
CAPTCHA
コンピュータと人間を区別するための自動テスト。ウェブサイトを自動化されたボットから保護するために使用される。歪んだ文字の入力や画像選択など様々な形式がある。
ナレッジパネル(Knowledge Panel)
Google検索結果の右側に表示される情報ボックス。人物、場所、組織、作品などに関する構造化された情報を表示する。多くの場合、第三者からライセンスを受けた高品質な画像やデータが含まれる。
robots.txt
ウェブサイトのルートディレクトリに置かれるファイルで、検索エンジンのクローラーに対してサイトのどの部分をクロールして良いか、またはクロールすべきでないかを指示する。業界標準のクローリングプロトコルの一部。
【参考リンク】
SerpApi公式サイト(外部)
2017年にJulien Khaleghyが創業したテキサス州オースティンを拠点とするスクレイピングAPI企業。
Google公式ブログ – SerpApi訴訟に関する声明(外部)
GoogleのGeneral CounselによるSerpApi訴訟提起の理由と背景の公式説明。
Google対SerpApi訴状(PDF)(外部)
カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に提出された13ページの訴状全文。
米国著作権局 – DMCA第1201条情報ページ(外部)
デジタルミレニアム著作権法第1201条に関する公式情報と過去の規則制定手続き。
【参考記事】
Google Sued SerpApi Over Scraping Search Results(外部)
訴状の詳細分析。1日数億件の偽検索、過去2年で25,000%増加を報告。
Google sues SerpApi over search scraping in copyright lawsuit(外部)
SearchGuard技術の詳細と法的戦略を解説。法定損害賠償の範囲を報告。
Google sues SerpApi over scraping and reselling Search data(外部)
SEO業界への影響を分析。Googleが勝訴すればSERPデータ入手が困難になる可能性を指摘。
Reddit sues Perplexity, SerpApi over scraping Google Search data(外部)
2025年10月22日のReddit訴訟を報告。SerpApi含む4社を提訴した経緯を説明。
From SEO to AI Search: How SerpApi Became the Developer Bridge to Generative AI(外部)
SerpApiの創業ストーリー。2017年の起業経緯と修正第1条へのコミットメントを紹介。
Anti-Circumvention Provisions in the DMCA(外部)
DMCA第1201条の法的枠組みを詳細に解説。民事・刑事罰の範囲を説明。
【編集部後記】
この訴訟は、私たちがウェブ上のデータをどう扱うべきかという根本的な問いを投げかけています。GoogleとSerpApiの対立は、単なる企業間の法廷闘争ではありません。それは、AIの急速な発展によって加速するデータ争奪戦の象徴であり、オープンなインターネットと知的財産保護のバランスをどう取るべきかという、私たち全員に関わる課題を浮き彫りにしています。
SerpApiが主張する「公開検索データへのアクセス権」と、Googleが守ろうとする「著作権保護されたコンテンツとビジネスモデル」。どちらの言い分にも一理あるように思えます。しかし、この事案の行方は、SEOツールの利用可能性から、AI開発のあり方、さらにはインターネットの未来像まで、広範囲に影響を及ぼす可能性があります。みなさんは、データアクセスの自由と権利保護のバランスについて、どのようにお考えでしょうか。































