岐阜県飛騨市とさくらインターネット株式会社は、行政業務におけるAI活用の有効性検証を目的とした実証実験を2025年12月22日より開始する。
実証実験では、さくらインターネットが国内完結型の生成AI業務支援サービス「さくらのAIソリューション」を飛騨市へ無償提供する。提供される機能は、議事録作成アプリケーション、RAG機能付きチャットアプリケーション「InfiniCloud AI パッケージ」、利用環境一式、クラウド基盤である。
実証実験の目的は、行政業務の効率化および高度化、AI活用の有効性検証、職員のAIリテラシー向上の3点である。期間は2025年12月22日から2026年3月31日まで。さくらのAIソリューションは、日本国内のデータセンターで運用する専有GPU環境を基盤とし、生成AI向けクラウドサービス「高火力」上で提供される。
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岐阜県飛騨市とさくらインターネット、行政業務へのAI活用に向けた実証実験を開始
【編集部解説】
自治体における生成AI導入では、技術面以上に「信頼」の問題が課題として指摘されてきました。行政が扱う住民の個人情報や機密性の高い政策文書は、海外サーバーへのデータ送信を前提とする多くの商用AIサービスとは相容れません。総務省の「地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」でも、画一的な約款や規約等への同意のみで利用可能となる外部サービスでは、原則として機密性2以上の情報を取り扱わないよう示されており、多くの自治体がAI活用に二の足を踏んできた背景があります。
それでも自治体のAI導入意欲は高まっています。総務省の調査(令和5年12月31日時点)によれば、生成AIを導入済みの自治体は都道府県で51.1%、指定都市で40.0%に達しており、実証実験や導入検討中を含めると都道府県では100%が前向きな姿勢を示しています。
さくらインターネットの「さくらのAIソリューション」が飛騨市から評価された最大のポイントは、まさにこの「国内完結」という設計思想です。日本国内のデータセンターで運用され、専有GPU環境を基盤とするこのサービスは、データが海外に流出するリスクを構造的に低減しています。これは単なるセキュリティ対策ではなく、データ主権という概念が重要性を増す現代において、極めて戦略的な選択といえます。
注目すべきは、提供される機能の実用性です。議事録作成アプリケーションは、会議の音声から自動的に文字起こしと整形を行い、職員の事務負担を大幅に削減します。さらに重要なのがRAG(Retrieval Augmented Generation:検索拡張生成)機能を備えたチャットアプリケーションです。
RAGとは、生成AIが過去の条例や議事録といった自治体固有の情報を検索し、それに基づいて回答を生成する技術です。例えば「住宅リフォーム補助金の上限額は」という質問に対し、AIは過去の関連条例を検索して正確な金額を提示できます。これにより、ベテラン職員の暗黙知に依存していた業務が標準化され、若手職員でも質の高い住民対応が可能になります。
実証実験期間は2025年12月22日から2026年3月31日までの約3か月間です。この短期間で、実際の行政業務における効果と課題を総合的に検証します。飛騨市市長のコメントにもあるように、人口減少社会において行政サービスの質を維持するには、AIによる業務効率化が不可欠です。総務省の「自治体戦略2040構想研究会」でも、人口減少により自治体の業務遂行能力への深刻な影響が懸念されており、AIは「あったら便利」ではなく「なくては立ち行かない」存在になりつつあります。
この取り組みが全国の自治体に与える影響は小さくありません。飛騨市での知見が共有されれば、同様の課題を抱える他の自治体にとって、AI導入の道筋が見えてきます。特に小規模自治体では、独自にAIシステムを構築する人的・財政的余裕がないため、こうした実証済みのソリューションの存在は極めて重要です。
一方で、潜在的なリスクにも目を向ける必要があります。AIが生成する回答の正確性検証、職員のAIリテラシー向上、過度なAI依存による判断力低下の懸念などです。しかし、これらは使いながら改善していくべき課題であり、導入を躊躇する理由にはなりません。
さくらインターネットにとっても、この実証実験は国産クラウド基盤の競争力を証明する重要な機会です。海外の巨大テック企業が圧倒的なシェアを持つクラウド市場において、「国内完結」という差別化要因で公共分野での地位を確立できれば、民間企業への展開も期待できます。
飛騨市での取り組みは、技術の実証実験を超えて、日本の地方自治体が直面する構造的課題への挑戦でもあります。その成果が、持続可能な行政運営のモデルケースとなることを期待したいと思います。
【用語解説】
RAG(Retrieval Augmented Generation)
検索拡張生成と呼ばれる技術。生成AIが回答する際に、外部データベースから関連情報を検索し、その情報に基づいて回答を生成する仕組み。
LGWAN(総合行政ネットワーク)
Local Government Wide Area Networkの略。地方公共団体を相互に接続する行政専用の閉域ネットワーク。インターネットから分離された高度なセキュリティが確保されており、機密性の高い行政情報を安全にやり取りできる。
InfiniCloud AI パッケージ
さくらのAIソリューションで提供されるRAG機能付きチャットアプリケーション。自治体の条例や規定などの独自情報を検索・参照することで、業務に特化した回答を生成できる。
【参考リンク】
さくらインターネット株式会社(外部)
1996年創業の国内大手クラウドサービス事業者。国内完結型インフラで公共分野のAI活用を支援。
さくらのAIソリューション(外部)
国内完結型の生成AI業務支援サービス。議事録作成やRAG機能を提供し、企業・自治体を支援。
岐阜県飛騨市(外部)
岐阜県北部の市。デジタル技術の積極導入により行政サービスの効率化を推進している。
総務省 自治体におけるAIの利用に関するワーキンググループ(外部)
自治体のAI活用ガイドラインと課題を整理。セキュリティと個人情報保護の視点で提言。
デジタル庁 行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン(外部)
政府・自治体の生成AI調達と利活用の公式ガイドライン。リスク管理とセキュリティを規定。
【参考記事】
自治体における生成AIガイドライン策定の必要性|日本総研(外部)
都道府県51.1%、指定都市40.0%がAI導入済み。セキュリティ対策とガバナンスの重要性を解説。
自治体・官公庁の生成AI活用事例10選|DX推進の現状と課題を徹底解説(外部)
横須賀市や千代田区の事例を紹介。年間22,700時間の業務効率化など定量的成果を掲載。
セキュアな環境で利用できる生成AI、「全職員の使いやすさ」が活用を促進 | 自治体通信Online(外部)
四日市市の導入事例。国内完結でセキュリティ懸念を払拭し、RAGで議会答弁作成に活用。
自治体向け生成AI基盤、デジタル庁が開発へ 会議要約や住民対応 – 日本経済新聞(外部)
デジタル庁が2025年度中に生成AIシステムを開発・導入し、全国の自治体に展開する計画。
【編集部後記】
飛騨市の取り組みは、地方自治体が抱える構造的な課題に対する一つの実践的な解答です。みなさんがお住まいの自治体では、AI活用はどこまで進んでいるでしょうか。窓口での手続きや問い合わせ対応など、日常的に接する行政サービスの中で「もっと効率化できるのでは」と感じる場面があれば、ぜひ自治体のウェブサイトやSNSで情報を探してみてください。
住民からの声が、自治体のデジタル化を後押しする力になります。また、データ主権の観点から国産AI基盤の可能性について、みなさんはどうお考えでしょうか。ぜひご意見をお聞かせいただけると嬉しいです。































