ドイツのハンブルクで第39回カオス・コミュニケーション・コングレスが開催され、欧州最大のハッカー団体カオス・コンピュータ・クラブ（CCC）が、米国IT企業への依存を減らすためのデジタル独立記念日を提唱した。
CCCは、欧州の政府や産業がMicrosoftやAmazon、Googleのクラウドサービス、OpenAIの人工知能、外国製半導体に過度に依存している現状をデジタル封建制だと批判している。
対策として欧州委員会に対し、設計段階からの相互運用性の義務化や、公金による開発ソフトウェアのオープンソース化を求める公共の資金、公共のコード法の制定を求めた。
ドイツ政府はデジタル主権に理解を示す一方、既存システムの代替には実務上の課題が多いとしている。
CCCはGaia-Xや地方自治体でのLinux採用を例に挙げ、デジタル自律の政治的必要性を訴えた。
From: 
German Hackers Call For ‘Digital Independence Days’ To Reduce US Tech Grip
【編集部解説】
ハンブルクで開催された第39回カオス・コミュニケーション・コングレス（39C3）において、欧州最大のハッカー団体「カオス・コンピュータ・クラブ（CCC）」が発したメッセージは、単なる技術的な自立の訴えにとどまりません。これは、デジタル空間における「主権」が、21世紀の人類にとっての基本的な自由（Liberty）に直結するという、極めて政治的かつ哲学的な問いを投げかけています。
現在、欧州を含む世界のデジタル基盤は、米国に本拠を置くハイパースケーラー（Microsoft、AWS、Google）によって事実上支配されています。CCCが「デジタル封建制」という言葉を用いたのは、データやインフラを握る者が、かつての領主のようにユーザー（領民）の生殺与奪の権を握っている現状を危慮してのことです。特にAI（OpenAIのGPTやGoogleのGemini）のブラックボックス化は、意思決定の透明性を損ない、民主主義の根幹を揺るがすリスクを孕んでいます。
「デジタル独立記念日」という提案は、この依存状態を脱却するための具体的な「行動」を促すものです。特筆すべきは、彼らが単なる米国企業の排除（孤立主義）を目指しているのではないという点です。彼らが重視しているのは「インターオペラビリティ（相互運用性）」と「オープンソース化」です。特定のベンダーに縛られず、技術を人類共有の資産（Public Code）として再定義することで、レジリエンス（回復力）の高い社会を構築しようとしています。
この動きは、欧州独自のデータ基盤構想「Gaia-X」などの先行プロジェクトとも共鳴しています。Gaia-Xは立ち上がりの遅れが指摘されてきましたが、CCCはこれを自律に向けた成功のステップとして肯定的に捉えています。しかし、現実にはシリコンバレーの圧倒的な資本力と開発スピード、そして利便性の前に、完全な代替手段の構築には依然として高い壁が存在します。
innovaTopiaの視点から言えば、この議論は「Tech for Human Evolution」の根幹に関わります。技術が一部の巨大資本に独占され、その進化の方向性が一部の企業の利益にのみ最適化されるとき、人類全体の進化は歪められる恐れがあります。デジタル主権の確保は、多様な進化の選択肢を確保するための、いわば「種の保存」に近い重要なプロセスであると捉えるべきでしょう。
【用語解説】
デジタル封建制
データやインフラを支配する少数の巨大テック企業が、中世の領主のようにユーザーを支配している状況を指す比喩。
ベンダーロックイン
特定の企業の製品やサービスに過度に依存し、他社製品への乗り換えが技術的・経済的に困難になること。
公共の資金、公共のコード（Public Money, Public Code）
公金を使って開発されたソフトウェアは、市民が自由に利用・監査できるようオープンソースで公開すべきであるという運動。
【参考リンク】
欧州最大のハッカー団体。情報公開やプライバシー保護、デジタル主権の確立を求め、長年にわたり活動している。
Gaia-X（外部）
欧州のデータ主権を確保するために設立された、セキュアで連合型のデータ基盤構築プロジェクトの公式サイト。
欧州自由ソフトウェア基金（FSFE）が推進する、公金開発ソフトのオープンソース化を求めるキャンペーンサイト。
【参考記事】
European Digital Autonomy: The Struggle Against US Cloud Giants（外部）
欧州政府機関が直面する米系クラウドへの依存構造と、その脱却に向けた技術的課題を鋭く分析した記事。
Can Gaia-X and Open Source Save Europe’s Tech Future?（外部）
欧州のデータ主権構想Gaia-Xの最新進捗と、今回のハッカーたちの提言が産業界に与える影響を解説している。
【編集部後記】
皆さんは、日々使っているスマートフォンやクラウドサービスが、もし明日突然停止したり、利用規約が一方的に変更されたりしたら、どのような影響を受けるか想像したことはありますか？
今回のドイツからのニュースは、私たちが当たり前のように享受している「便利さ」の裏側にある、「依存」というリスクを突きつけています。特定の企業のサービスを使い続けることは効率的ですが、それは同時に、私たちの思考やデータの行方を他者に委ねていることでもあります。
「デジタル独立」という言葉を聞いて、皆さんはどのように感じましたか？ 「不便になっても自律すべきだ」と思うでしょうか、それとも「利便性こそが正義だ」と考えるでしょうか。
私たちが技術を使ってどのように進化していきたいのか。このニュースをきっかけに、身近なツールの「裏側」に少しだけ思いを馳せてみていただければ幸いです。
