1967年1月14日、午後。サンフランシスコのゴールデン・ゲート・パークに、2万から3万の人々が集まりました。詩人アレン・ギンズバーグがマントラを唱え、ティモシー・リアリーが「Turn on, tune in, drop out」を告げ、グレイトフル・デッドとジェファーソン・エアプレインが演奏しました。ガス発電機を積んだトラックが即席のステージとなり、ヘルズ・エンジェルスが「警備」を担当しました。
これが「ヒューマン・ビーイン(Human Be-In)」——アメリカのカウンターカルチャーの象徴的瞬間です。翌年の「サマー・オブ・ラブ」の前哨戦。しかしその輝きは10ヶ月で消え、コミューンは数年で崩壊しました。
しかし、その日に芽生えた問いは、消えませんでした。
権威を迂回する実験
主催者が掲げたのは、「個人のエンパワメント、エコロジカルな意識、高次の意識」でした。この集会の直接的なきっかけは、カリフォルニア州が1966年10月にLSDを禁止したことです。
会場にプログラムはありませんでした。詩人たちは朗読し、活動家たちは演説し、ミュージシャンたちは演奏しました。誰かが統制するのではなく、参加者全員が作り手となる——既存の制度を迂回する実験でした。
反戦運動の「Sit-In」をもじって「Be-In」と名付けられたこのイベントは、「存在すること(being)」そのものの価値を問いかけました。
Whole Earth Catalogという橋
翌年、1968年。スチュワート・ブランドが『Whole Earth Catalog』を創刊しました。スローガンは「Access to tools」——道具へのアクセス。
ブランドは1960年代半ば、トラックでアメリカ西部のコミューンを訪れていました。そこで彼が見たのは、情報への渇望でした。「どこで風車を買えばいいのか」「コンピュータにどうアクセスするのか」。
カタログは商品を売るのではなく、情報を提供しました。測地ドームの作り方からコンピュータまで。表紙を飾ったのは、宇宙から撮影された地球の写真です。ブランドはこう書いています。「私たちは神のようなものです」「個人的で親密な力の領域が発展しつつある」。
スティーブ・ジョブズは後に、これを「Googleのペーパーバック形式」と呼びます。最終号には「Stay hungry, stay foolish」という言葉が書かれていました。ジョブズはこれを個人的なマントラとしました。
ハッカー倫理との出会い
1984年、ブランドは「ハッカーズ・カンファレンス」を立ち上げ、初期のオンラインコミュニティ「WELL(Whole Earth ‘Lectronic Link)」を創設しました。
WELLは遅いモデム接続で、1時間2ドルの電子会議システムでした。グレイトフル・デッドのファンから起業家まで、多様な人々が集まりました。
ハッカーズ・カンファレンスで、ブランドは「情報は自由になりたがっている」と告げました。同時に「情報は高価でもありたがっている」とも。この緊張関係が、オープンソース運動とビジネスの交点を生みました。
ヒッピーとハッカーの思想的な血縁
1960年代、コンピュータは冷戦の象徴でした。しかし1990年代には、協働的でユートピア的な世界を表すものになっていました。
この変容を媒介したのが、Whole Earthネットワークです。歴史学者フレッド・ターナーは、ブランドたちがサンフランシスコのフラワーパワーとシリコンバレーの間で橋渡しを行ったことを記録しています。
コミューンで生まれた価値観——権威への懐疑、個人のエンパワメント、情報の共有——は、パーソナルコンピュータ、インターネット、オープンソース文化へと引き継がれました。
2025年、同じ問いが戻る
Web3、DAO、分散型SNS。これらは「分散化」「個人の主権」を謳っています。しかし2022年から2025年の研究では、DAOの投票率は10%以下で、少数者に支配されています。
イーサリアムの創設者ヴィタリック・ブテリンは、「d/acc(防御的加速主義)」を提唱しています。技術を無制限に加速させるのではなく、人々をより安全に、より自律的にする技術を加速させるという考えです。
技術は誰のものか。情報は誰が管理するのか。私たちは今も、その問いの延長線上にいます。
Information
【参考リンク】
- Fred Turner, From Counterculture to Cyberculture (2006)
- Whole Earth Catalog Archive
- JSTOR Daily, “The Whole Earth Catalog, Where Counterculture Met Cyberculture”
【用語解説】
ヒューマン・ビーイン: 1967年1月14日、サンフランシスコで開催された大規模集会。公民権運動の「Sit-In」をもじり、存在すること(being)の意義を強調した。
Whole Earth Catalog: スチュワート・ブランドが1968年から発行したカタログ雑誌。自給自足的な生活に役立つ情報を提供。スローガン「Access to tools」。1972年全米図書賞受賞。
WELL: 1984年創設の初期オンラインコミュニティ。電話回線とモデムを使った電子会議システム。後のソーシャルメディアの先駆けとされる。
DAO: 分散型自律組織。ブロックチェーン上のスマートコントラクトによって運営される組織形態。理論上は中央管理者なしで参加者の投票で意思決定。
d/acc: イーサリアム創設者ヴィタリック・ブテリンが提唱した概念。技術の加速を追求しつつ、防御的技術(分散化、プライバシー保護など)を優先する思想。


































