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韓国AI基本法が施行、世界2番目の包括規制も批判多し ディープフェイク危機が背景に

[更新]2026年1月29日

韓国は2026年1月22日、AI基本法を施行した。この法律はAI生成コンテンツへのラベル表示を義務付け、漫画やアートワークには不可視のデジタル透かし、リアルなディープフェイクには可視ラベルを要求する。

医療診断、採用、融資承認などに使用される高影響AIは、リスク評価と意思決定プロセスの文書化が必要となる。違反企業には最大3000万ウォン(約300万円)の罰金が科されるが、少なくとも1年間の猶予期間が設けられている。

韓国科学技術院のアリス・オー教授は法律の進化的性質を強調する一方、スタートアップアライアンスの12月の調査ではAIスタートアップの98%がコンプライアンスに未準備であることが判明した。韓国は世界のディープフェイクポルノ被害者の53%を占めており、2024年8月にはTelegramでのAI生成性的画像配布ネットワークが暴露された。市民社会グループは法律が市民保護に不十分だと批判し、人権委員会は高影響AIの定義が不明確だと指摘している。

From: 文献リンクSouth Korea’s ‘world-first’ AI laws face pushback amid bid to become leading tech power

【編集部解説】

韓国が世界で2番目となる包括的なAI規制法、AI基本法を2026年1月22日に施行しました。この動きは世界のAIガバナンスにおいて重要な転換点となります。

韓国は米国と中国に並ぶ世界三大AI強国になるという野心的な目標を掲げています。しかしこの新法は、その目標達成への道のりが決して平坦ではないことを示しています。

AI基本法は2020年7月に最初の法案が提出されて以来、長い議論を経て成立しました。19の個別法案を統合したこの法律は、医療診断や融資承認などに使用される高影響AIに対してリスク評価と意思決定プロセスの文書化を義務付けています。また、AI生成コンテンツには透かしやラベルの表示が必要となり、違反企業には最大3000万ウォン(約300万円)の罰金が科されます。

この法律が生まれた背景には、韓国が直面する深刻なディープフェイク危機があります。米国のサイバーセキュリティ企業セキュリティヒーローの2023年レポートによると、世界のディープフェイクポルノ被害者の53%を韓国が占めています。2024年8月には、女性や少女のAI生成性的画像を作成・配布する大規模なTelegramチャットルームネットワークが暴露されました。あるチャンネルには22万人ものメンバーがいたとされています。

ディープフェイク関連の性犯罪報告は、ここ数年で急増しており、容疑者の大半が未成年者でした。この事態を受けて韓国政府は2024年8月に、ディープフェイクの所持、購入、閲覧を犯罪化する法案を推進すると発表しました。

興味深いことに、韓国でのこの危機は、その後世界的に問題となったイーロン・マスク氏のGrokチャットボットのスキャンダルを予兆するものでした。2024年末から2025年1月にかけて、Grokが女性や子どもの同意なき性的ディープフェイク画像を生成する問題が発覚し、マレーシア、インドネシア、フィリピンがチャットボットを禁止、EUも正式な調査を開始しています。

しかし、この新法は両側から批判を受けています。地元のテックスタートアップは規制が行き過ぎだと主張し、スタートアップアライアンスの12月の調査では、AIスタートアップの98%がコンプライアンスに準備ができていないことが判明しました。共同代表のリム・ジョンウク氏は「なぜ我々が最初にこれをやらなければならないのか」と不満を表明しています。

一方、市民社会グループは法律が不十分だと批判しています。人権弁護士の集団である民弁を含む4つの組織は、法律にAIリスクから市民を保護する条項がほとんど含まれていないと主張しました。法律が保護する「ユーザー」とは、AIシステムを使用する病院や金融会社、公共機関であり、AIの影響を受ける一般市民ではないというのです。また、禁止されるAIシステムが設定されておらず、「人間の関与」に対する例外が重大な抜け穴を作っているとも指摘されています。

韓国のアプローチは、EUのAI法とは明確に異なります。EUが厳格なリスクベースの規制モデルを採用しているのに対し、韓国はより柔軟な原則ベースのフレームワークを選択しました。政府当局者は、この法律が産業を制限するのではなく、促進することに80〜90%焦点を当てていると主張しています。罰金もEUと比較すると大幅に低く設定されています。

漢陽大学校のメリッサ・ヘソン・ユン教授は、韓国のフレームワークが「信頼ベースの促進と規制」を中心としていると説明し、「世界的なAIガバナンス議論において有用な参考点となるだろう」と述べています。

また、韓国企業は規模に関係なくすべて規制の対象となる一方で、GoogleやOpenAIなど一定の基準を満たす外国企業のみがコンプライアンスを求められるという競争の不均衡も指摘されています。

政府は罰則を課す前に少なくとも1年間の猶予期間を約束しており、その間に詳細なガイドラインが策定される予定です。しかし極めて強力なAIモデルに要求される安全性報告書の基準は非常に高く設定されており、現在世界中にその基準を満たすモデルは存在しないと政府当局者自身が認めています。

この法律は、AI技術の急速な発展と、それに追いつこうとする規制当局の苦闘を象徴しています。イノベーションを促進しながら市民を保護するという、矛盾するように見える目標のバランスをどう取るか。韓国の実験は、世界中の国々が注視する重要な試金石となるでしょう。

【用語解説】

AI基本法(AI Basic Act / Framework Act on the Development of Artificial Intelligence and Establishment of Trust)
韓国が2026年1月22日に施行した包括的なAI規制法。19の個別法案を統合し、高影響AI、生成AI、高性能AIに対する透明性と安全性の義務を定める。世界で2番目の包括的AI規制法である。

高影響AI(High-Impact AI)
医療診断、採用、融資承認、エネルギー供給、公共サービスなど、人間の生活、安全、基本的権利に重大な影響を与える可能性のあるAIシステム。事業者はリスク評価と意思決定プロセスの文書化が義務付けられる。

高性能AI(High-Performance AI)
累計10^26 FLOP(浮動小数点演算)以上の計算能力で訓練されたAIモデル。安全性報告書の提出が必要だが、現在この基準を満たすモデルは世界に存在しない。

ディープフェイク(Deepfake)
AIを使用して作成された、実在の人物が実際には行っていない行動をしているように見せかける偽の画像、動画、音声。韓国では性的コンテンツの作成に悪用され、深刻な社会問題となっている。

KAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology / 韓国科学技術院)
韓国の主要な科学技術大学。AI研究の最前線に立つ教育機関の一つ。

民弁(Minbyun / 民主社会のための弁護士会)
韓国の人権弁護士の集団。AI基本法が市民保護に不十分だと批判している市民社会グループの一つ。

【参考リンク】

韓国科学技術情報通信部(Ministry of Science and ICT)(外部)
AI基本法の執行を担当する韓国政府機関。AI政策の策定と実施を主導している。

AI Basic Act of the Republic of Korea(外部)
Future of Life Instituteが作成した韓国AI基本法の包括的リソース。法律文書や分析を提供。

Center for Security and Emerging Technology (CSET)(外部)
ジョージタウン大学の研究機関。韓国AI基本法の英語翻訳版を提供している。

【参考記事】

South Korea Artificial Intelligence (AI) Basic Act – U.S. Commercial Service(外部)
米国商務省による韓国AI基本法の解説。2024年12月に法案が可決され2026年1月に施行されることを報告。

South Korea’s AI Basic Act: Overview and Key Takeaways – Cooley LLP(外部)
国際法律事務所による詳細な法律分析。高性能AIの基準として10^26 FLOPsが設定されていることを解説。

Analyzing South Korea’s Framework Act on the Development of AI – IAPP(外部)
国際プライバシー専門家協会による分析。韓国がEUに次いで世界で2番目に包括的AI規制法を制定したことを報告。

#MeToo in an AI-generated deepfake sexual violence era in South Korea – ScienceDirect(外部)
韓国におけるAI生成ディープフェイク性暴力に関する学術研究。韓国が世界のディープフェイクポルノの53%を占めることを報告。

In South Korea, rise of explicit deepfakes wrecks women’s lives – PBS News(外部)
韓国のディープフェイク危機に関する詳細なレポート。2024年8月にTelegramでの大規模ネットワークが発覚したことを報告。

EU investigates Musk’s AI chatbot Grok over sexual deepfakes – PBS News(外部)
2026年1月にEUがイーロン・マスク氏のGrokチャットボットに対して正式調査を開始したことを報告。

【編集部後記】

韓国のAI基本法施行は、私たちが直面する重要な問いを投げかけています。技術革新を促進しながら、どうやって人々の権利と尊厳を守るのか。この問いに対する完璧な答えはまだ見つかっていません。

韓国の事例は、ディープフェイク被害の深刻さと、それに対応する規制の難しさを浮き彫りにしています。スタートアップは規制が厳しすぎると感じ、市民社会グループは不十分だと感じる。この緊張関係は、世界中のAI規制が直面する課題を象徴しています。

私たちは、この韓国の事例から何を学べるか、そして日本や他の国々がどのような道を選ぶべきか、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。AIガバナンスは、まさに今、形作られつつあるのです。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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