2月12日。国連が定めた「テロリズムに通じる暴力的過激主義防止のための国際デー」です。
しかし、「過激主義」と「テクノロジー」の関係は、防止策のスローガンよりはるかに複雑です。SignalとTelegram。二つの名前が、とある元過激派の証言に繰り返し現れます。
2023年から2024年にかけて、政治的過激派として活動していた人物がいます。暴力行為にも加担し、最終的に離脱しました。その人物が使っていたのは、「暗号化メッセンジャー」と呼ばれるツールでした。
技術の詳細は分かりませんでした。ただ、「暗号化されているから安全」と聞きました。それだけで十分でした。
暗号化技術は、何を守り、何を守れなかったのでしょうか?
2013年、自由のための技術
Edward Snowden。2013年6月6日、このNSA元職員の内部告発が世界を揺るがしました。
米国政府による大規模監視プログラム「PRISM」の存在。Microsoft、Google、Yahoo、Facebook、Apple、Skype——主要IT企業を経由した、前例のない規模の情報収集。電子メール、文書、写真、通話記録。政府は、見ていました。
人々は、プライバシーを取り戻そうとしました。
SignalとTelegramは、その象徴でした。エンドツーエンド暗号化(E2E)——送信者と受信者以外は誰も読めません。政府も、企業も、開発者さえも。
Snowden自身が推奨したSignalは、完全なE2E暗号化をデフォルトで提供しました。Telegramは大規模グループ(最大20万人)とボット機能を武器に、組織化のプラットフォームとして急速に普及しました。通常チャットは暗号化されませんが、「シークレットチャット」ならE2E暗号化が使えます。
2010年代半ば、暗号化メッセンジャーは「自由のツール」として世界中に広がりました。香港の民主化運動、イランの女性たち、ロシアの反体制派。抑圧からの逃避。プライバシーの奪還。
しかし、同じ技術が、別の場所でも使われ始めました。
「暗号化されているから安全」——神話の力
元過激派は言います。「技術的なことは詳しくなかった。ただ、『暗号化されているから安全』と聞いた」
SignalとTelegramの使い分けは特になかったといいます。両方使っていました。重要なのは、技術の詳細ではなく、「警察が追えない」という安心感でした。
この「神話」は、強力でした。
2023年から2024年にかけて、世界的な政治的分断は激化しました。ウクライナ戦争、各国での二極化、SNSアルゴリズムによるエコーチェンバーの深刻化。
暗号化メッセンジャーは、過激派の主要なコミュニケーション手段になりました。2022年頃から、Telegramは犯罪の拠点として急速に利用が拡大していました。ランサムウェアグループ、過激派組織。Telegramの最大20万人のグループ機能は、組織化に適していました。
外部からの監視がありません。反対意見もありません。エコーチェンバーの完成です。
暗号が守れなかったもの
閉じられた空間での議論は、急速に過激化しました。
理想の純粋性を競い合う。わずかな意見の違いが、大きな対立に。内ゲバへの発展。
元過激派は、内ゲバで重傷を負いました。
SignalもTelegramも、外部の「敵」からは守ってくれました。政府の監視から逃れることはできました。しかし、内部の暴力は防げませんでした。
離脱後の気づき:「『自由』は『安全』を意味しない」
技術が約束したこと、約束できなかったこと。暗号化メッセンジャーは、プライバシーを守りました。しかし、人間の暴力性、集団の狂気は、暗号化では防げません。
技術は中立かもしれません。しかし、無力でもありました。
2024年8月、フランスの空港で
2024年8月24日午後8時。パリ近郊、ル・ブルジェ空港。
Telegram創業者Pavel Durovが、プライベートジェットから降りたところを逮捕されました。容疑:児童ポルノ、麻薬取引、詐欺、資金洗浄などの犯罪への加担。
Telegramが不適切に管理され、犯罪の温床となっているという疑い。8月28日、Durovは起訴されました。保釈金500万ユーロ(約8億円)。フランス出国禁止。週2回の警察署への出頭義務。
Telegramは声明で反論しました。「プラットフォームの悪用に責任があるのは不条理だ」
しかし、Durovの逮捕は氷山の一角に過ぎません。
2020年10月、日本を含む7カ国が共同声明を発表していました。米国、英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド(Five Eyes)、そして日本とインド。
要求:IT企業は、暗号化メッセンジャーに法執行機関がアクセスできる「バックドア」を設けるべきだ。
理由:児童虐待、テロ、重大犯罪の捜査のため。
しかし、セキュリティ専門家は反論します。「バックドアは、全員を脆弱にする」
鍵は一つ作れば、誰かが盗みます。「善人」だけがアクセスできる保証はありません。暗号化に穴を開けることは、ハッカー、外国政府、抑圧的政権にも道を開きます。
各国政府 vs 技術者。いたちごっこは続いています。
「使い方の問題」か?
元過激派は今、別の形で社会に参加しています。その人物はこう語りました。「技術は中立だ。使い方の問題だ」
同じSignal、同じTelegramが、香港の民主化運動やイランの女性たちにも使われています。彼らにとって、暗号化は命綱です。
技術を規制すれば、抑圧的政権に利用されます。しかし放置すれば、犯罪に悪用されます。
では、技術は本当に「中立」なのでしょうか?
技術哲学者や研究者は問いかけます。Telegramの大規模グループ機能(最大20万人)は、組織化を容易にする設計です。ボット機能は、プロパガンダ拡散を自動化します。Signalの匿名性は、説明責任を免除します。
完全に中立ではありませんが、決定論的でもありません。
答えは、簡単ではありません。
2025年、攻防は続く
暗号化技術は進化し続けます。Tor、分散型メッセンジャー、量子暗号。政府の監視技術も進化します。顔認識AI、通信傍受、ビッグデータ分析。
この攻防に、終わりは見えません。
2025年2月12日。国際デーが問いかけるのは、過激主義の防止方法だけではありません。私たちは、「自由」と「安全」の間で何を選ぶのでしょうか?
どちらも絶対的には手に入りません。暗号の向こう側で学んだ教訓は、そのことです。
元過激派は言います。「技術が悪いわけではない。しかし、技術だけでは何も解決しない」
暗号化メッセンジャーは、これからも使われ続けます。抑圧からの自由のために。そして時に、暴力のために。
私たちは、何を守りたいのでしょうか?
Information
【参考リンク】
暗号化メッセンジャーについて:
Pavel Durov逮捕事件:
暗号化規制をめぐる議論:
【用語解説】
エンドツーエンド暗号化(E2EE): 送信者の端末で暗号化され、受信者の端末でのみ復号される暗号化方式。通信経路上の誰も(サービス提供者を含む)内容を読むことができない。
PRISM: 米国NSAが2007年から運用していた大規模監視プログラム。主要IT企業を経由してインターネット上の情報を収集していた。2013年、Edward Snowdenの内部告発で存在が明らかになった。
Signal: 完全なE2E暗号化をデフォルトで提供するメッセンジャーアプリ。オープンソースで、セキュリティ専門家から高く評価されている。Edward Snowdenも推奨。
Telegram: ロシア発のメッセンジャーアプリ。最大20万人のグループ機能とボット機能を持つ。通常チャットはE2E暗号化されないが、「シークレットチャット」はE2E暗号化される。
バックドア: 暗号化システムに意図的に設けられた「裏口」。法執行機関などが暗号化されたデータにアクセスできるようにするための仕組み。セキュリティ専門家は、バックドアが悪意ある第三者にも利用される危険性を指摘している。
Five Eyes: 米国、英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドの5カ国による諜報同盟。UKUSA協定に基づき、信号情報(SIGINT)を共有している。







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