2026年2月10日、Harvard Business Reviewで発表された進行中の研究において、UC Berkeleyのチームが200人規模のテック企業に8ヶ月間入り込み、40件以上のインタビューを実施した。調査の結果、AIを最も活用する労働者ほど長時間労働とバーンアウトを報告する傾向が明らかになった。
AIによる生産性向上は労働時間の短縮ではなく、仕事の範囲拡大につながっていた。GitHubはCopilotにより開発者がタスクをより速く完了したと報告し、StanfordとMITの大規模コールセンター分析では生成AI支援追加後に14%の生産性向上が見られた。
MITの研究では知識労働者が執筆タスクを速く終えた。しかし、これらの試験は総労働時間の短縮を示唆していなかった。MicrosoftのWork Trend Indexは、従業員がコミュニケーションと管理負荷に圧倒されていると繰り返し指摘している。
From:
Study Finds Burnout Rising Among AI Power Users
【編集部解説】
この研究が浮き彫りにしたのは、テクノロジー導入における根本的なパラドックスです。AIは確かに個別タスクを加速させますが、その「余剰時間」が本当に労働者に還元されるのか、それとも単に新たな仕事の受け皿となるのか—この問いに対する答えは、私たちが想像していたよりもはるかに厳しいものでした。
UC Berkeleyの研究チームが着目したのは、トップダウンの指示がない環境です。つまり、従業員が自発的にAIツールを採用した場合に何が起こるかという、最も理想的とされるシナリオを観察したのです。結果は皮肉にも、最も熱心な採用者ほど長時間労働とバーンアウトに直面するという事実でした。
この現象を理解するために、まず数字を整理しましょう。2023年に発表されたStanfordとMITの共同研究では、5,179人のカスタマーサポートエージェントを対象に、生成AI支援ツールの導入効果を測定しました。平均で14%の生産性向上が確認され、特に新人や低スキル労働者では34%もの向上が見られました。一方、GitHub Copilotに関する研究では、開発者がタスクを55.8%速く完了したと報告されています。
しかし、これらの数字には重大な見落としがあります。生産性向上は「設定されたタスク」の完了時間を測定したものであり、総労働時間の短縮を意味するものではありませんでした。実際、UC Berkeley研究が明らかにしたのは、AIによって解放された時間が新たなタスクに充てられ、結果として仕事の総量が増加するという「期待の忍び寄り」効果です。
さらに興味深いのは、2025年7月に発表されたMETR(Model Evaluation & Threat Research)の研究結果です。平均5年の経験を持つ16人の開発者を対象とした実験では、AIツールを使用した場合、タスク完了に19%長い時間がかかりました。ところが、開発者自身は24%速くなると予測し、実際の作業後も20%速くなったと感じていたのです。この認識と現実のギャップは、AI導入における最も危険な落とし穴を示しています。
階層別に見ると、バーンアウトの分布にも明確な偏りがあります。アソシエイトレベルで62%、エントリーレベルで61%がバーンアウトを報告する一方、C-suiteレベルでは38%に留まっています。この格差は、AI導入の恩恵と負担が組織内で不均等に分配されていることを示唆しています。
MicrosoftのWork Trend Indexも同様の懸念を指摘しています。従業員の68%が業務量と速度に圧倒されていると感じ、46%がバーンアウトを経験しています。さらに、従業員は2分ごとに中断され、1日に153件のTeamsメッセージと117件のメールを受信しているという現実があります。AIがコミュニケーションを加速させた結果、逆にコミュニケーション負荷が増大するという逆説が生じているのです。
この問題の核心にあるのは、「検証税」と呼ばれる隠れたコストです。AIが生成した出力には、ハルシネーション(幻覚)、微妙なバイアス、脆弱性が含まれる可能性があり、人間による確認作業が不可欠です。クイックドラフトをプロダクション品質に高めるための時間、エッジケースの調査、複数のステークホルダーによるレビューサイクルの増加——これらはすべて、スプリント計画には反映されにくい隠れた作業負荷です。
ポジティブな側面としては、AIツールが認知的負荷を軽減し、単純作業からの解放を可能にする点が挙げられます。METR研究の参加者の69%が実験終了後もAIツールを使い続けたという事実は、生産性とは別の価値——作業の快適さや楽しさ——をAIが提供していることを示しています。
しかし、長期的な持続可能性という観点では、警鐘を鳴らさざるを得ません。UC Berkeley研究が示すように、短期的には生産性の奇跡に見えるものが、3四半期目には認知疲労、品質低下、離職という形で代償を払うことになります。AI支援によって可能になった作業の拡大は、人間の認知能力の限界を超えたとき、確実に崩壊します。
企業が取るべき対策は明確です。「AIで節約された時間=追加作業」という仮定を捨て、「ノーアップリフト」ポリシーを導入すること。AI生成のマージンの一部を、回復、学習、高品質な集中作業のために確保する必要があります。OKRの自動的なインフレーションからAI導入を切り離し、バリエーション数をスケールする前にスループットキャップと品質ゲートを設定すべきです。
この研究が私たちに突きつける本質的な問いは、「AIは誰のための技術なのか」ということです。現状では、AIは企業の生産性向上という名目のもと、労働者の負荷を増大させる道具として機能しています。真の意味でのAI活用とは、人間の能力を拡張するだけでなく、人間の尊厳と健康を守りながら、持続可能な働き方を設計することにあります。
2026年という時点で、私たちはAI導入の第一段階——熱狂と実験の時代——を終えつつあります。次の段階は、意図的なガードレールと測定可能なウェルビーイング指標を備えた、成熟したAI統合の時代でなければなりません。
【用語解説】
バーンアウト
過度の業務負荷やストレスにより、心身ともに疲弊し、仕事への意欲や関心を失った状態。慢性的な疲労、感情の枯渇、達成感の低下などが特徴的な症状として現れる。
生成AI
テキスト、画像、コード、音声などのコンテンツを自動生成する人工知能技術の総称。大規模言語モデル(LLM)を活用し、ユーザーの指示に基づいて新しいコンテンツを作成する。
OKR(Objectives and Key Results)
目標管理フレームワークの一つ。達成すべき目標(Objectives)と、その達成度を測る主要な結果(Key Results)を設定し、組織やチームの目標達成を管理する手法。
ハルシネーション(幻覚)
AIが事実に基づかない情報や、存在しないデータを生成してしまう現象。AIが自信を持って誤った情報を出力するため、人間による検証作業が不可欠となる。
C-suite
最高経営責任者(CEO)、最高財務責任者(CFO)など、企業の最高幹部層を指す用語。Cは「Chief(最高)」の頭文字から来ている。
スプリント計画
アジャイル開発手法において、短期間(通常1〜4週間)の開発サイクルであるスプリントの作業内容を計画するプロセス。タスクの優先順位付けと工数見積もりを行う。
エッジケース
通常の使用範囲から外れた、例外的または極端な状況や条件。ソフトウェア開発では、これらのケースへの対応が品質保証において重要となる。
【参考リンク】
Harvard Business Review(外部)
ハーバード・ビジネス・スクール発行の経営専門誌。最新の経営理論と研究成果を発信している。
UC Berkeley Haas School of Business(外部)
カリフォルニア大学バークレー校の経営大学院。組織論やイノベーション研究をリードする。
GitHub(外部)
世界最大のソフトウェア開発プラットフォーム。AI搭載のCopilotを提供している。
Microsoft Work Trend Index(外部)
Microsoftが発表する働き方調査レポート。世界の労働環境トレンドを分析している。
Stanford HAI (Human-Centered AI)(外部)
スタンフォード大学の人間中心AI研究所。AI技術の社会実装を研究している。
MIT Sloan School of Management(外部)
マサチューセッツ工科大学の経営大学院。テクノロジーと経営の融合分野を研究している。
METR (Model Evaluation & Threat Research)(外部)
AIシステムの能力評価とリスク研究を専門とする非営利研究機関。
【参考記事】
AI Doesn’t Reduce Work—It Intensifies It(外部)
UC Berkeley研究の原論文。AI導入が労働時間短縮ではなく仕事範囲拡大につながることを報告。
Generative AI at Work (NBER Working Paper)(外部)
StanfordとMITの研究。5,179人対象に14%の生産性向上を確認したが総労働時間短縮は示唆せず。
The Impact of AI on Developer Productivity: Evidence from GitHub Copilot(外部)
95人のプログラマー実験でCopilot使用時55.8%の速度向上を報告。設定タスクの完了時間を測定。
Measuring the Impact of Early-2025 AI on Experienced Open-Source Developer Productivity(外部)
METR研究。開発者が20%速いと感じたが実際は19%遅延という認識ギャップを明確化。
The first signs of burnout are coming from the people who embrace AI the most | TechCrunch(外部)
UC Berkeley研究の報道。AIツールで加速した結果、昼休みや夜まで仕事が浸透する現象を解説。
In the workforce, AI is having the opposite effect it was supposed to, UC Berkeley researchers warn | Fortune(外部)
Fortune誌の詳細報道。階層別バーンアウトデータと暗黙のプレッシャー問題を指摘。
Work Trend Index | Will AI Fix Work?(外部)
MicrosoftのWork Trend Index。従業員68%が業務量に圧倒され、46%がバーンアウトと報告。
【編集部後記】
AIツールを使っていて「なぜか忙しくなった」と感じたことはありませんか?この研究が示す「速くなったと感じるのに、実際は遅くなっている」というギャップは、私たち自身の働き方を見つめ直す重要な示唆を含んでいます。AIが節約してくれた時間を、本当に自分のために使えているでしょうか。それとも、気づかぬうちに新しいタスクで埋めてしまっているでしょうか。
ぜひ一度、ご自身の1週間を振り返ってみてください。そして可能であれば、周囲の方々とこのテーマについて対話してみてはいかがでしょう。組織全体で向き合うべき課題かもしれません。







がもたらす「アンテザード・ソサエティ」の衝撃-300x200.png)





























