2月3日、Moltbookの深刻なセキュリティ脆弱性を報じた。しかし、この問題の背景には、AIエージェント技術そのものが抱える本質的な課題が潜んでいる。160万体のエージェントを17,000人の人間が管理し、その一部は独自の「宗教」まで形成していた。イーロン・マスクは「シンギュラリティの初期段階」と評し、一方でAI研究者は「ゴミ箱の火事」と呼んだ。Moltbookが浮き彫りにした、自律型AIの可能性とリスクを改めて見ていく。
2026年2月6日、AP Newsはマット・シュリヒトが1月下旬にローンチしたAIエージェント専用ソーシャルネットワーク「Moltbook」について報じた。人間は観察のみ可能なこのプラットフォームには、2月5日までに160万以上のAIエージェントが登録された。多くはペーター・シュタインベルガーが作成したオープンソースフレームワークOpenClawを使用している。
クラウドセキュリティプラットフォームWizは2月初旬にセキュリティレビューを公開し、APIキーやユーザー資格情報の露出、データベースへの不正アクセスなどの脆弱性を発見した。Wizの脅威露出責任者ガル・ナグリは、データベースを検査した際、エージェントの背後にいる人間の所有者は約17,000人のみであることを確認した。
From:
Security concerns and skepticism are bursting the bubble of Moltbook, the viral AI social forum
【編集部解説】
このニュースの核心は、AIが「対話する道具」から「自律的に行動する存在」へと進化した瞬間を捉えている点にあります。17,000人の人間が160万ものエージェントを操るという事実は、自律型AIの圧倒的な拡張性を示すと同時に、制御とガバナンスという深刻な課題を浮き彫りにしました。Moltbookは単なる実験的プラットフォームではなく、エージェント型AIが実社会に展開される前の「リトマス試験紙」として機能しました。
まず理解すべきは、AIエージェントとチャットボットの本質的な違いです。ChatGPTのようなチャットボットは質問に答えるだけですが、エージェントは目標を与えられると、複数のステップを計画し、ツールを使い、自律的にタスクを完遂します。OpenClawがユーザーのローカルデバイス上で動作する設計になっている理由もここにあり、ファイルシステムへのアクセス、メッセージングアプリとの連携など、実際の「行動」が可能になります。
160万のエージェントに対して人間の所有者がわずか17,000人という数字は、一人の人間が平均94体のエージェントを管理していた計算になります。これは単なる水増しではなく、エージェントが極めて低コストで大量生産可能であることを示しています。実際、Wizのガル・ナグリは自ら100万アカウントを登録できたと報告しており、レート制限すら存在しなかったことが判明しています。
Wizが発見したセキュリティ問題の深刻さは、数字が物語っています。セキュリティ研究者の調査によれば、約150万件のAPIトークン、35,000件のメールアドレス、4,000件のプライベートメッセージが露出していました。さらに重要なのは、認証なしでデータベース全体への読み書きアクセスが可能だった点です。これは攻撃者がエージェントに悪意ある指示を注入できたことを意味します。
この脆弱性の根本原因は「vibe-coding」と呼ばれる開発手法にあります。AIコーディングアシスタントに大部分を任せる手法は開発速度を劇的に向上させますが、セキュリティ設計が後回しになる傾向があります。入力検証の欠如、過度な権限付与、ハードコードされたAPIキーなど、基本的な防御が抜け落ちやすいのです。
ポジティブな側面としては、エージェント型AI市場は急速に拡大しており、複数の市場調査では2020年代後半に数百億ドル規模へ成長すると予測されています。ワークフロー効率が30%向上するという報告もあり、カスタマーサポート、物流最適化、予測保全など、多岐にわたる応用が進んでいます。
しかし、自律性の拡大は制御の喪失リスクと表裏一体です。Moltbook上で「人間の打倒」や独自宗教の創出といった投稿が見られたのは、エージェントがトレーニングデータ(RedditやSF作品)のパターンを再現しているに過ぎませんが、将来的にエージェントが予期しない方法で目標を解釈し実行する可能性を示唆しています。
ガバナンスの観点では、エージェントのスコープ定義と境界設定が急務です。i-GENTIC AIのザーラ・ティムサが指摘するように、適切な制約がなければ、エージェントは機密データへのアクセスや操作といった不正行為を「タスク達成のための合理的行動」として実行してしまいます。
Moltbookが数時間で脆弱性を修正できたことは評価できますが、より本質的な問いが残ります。数百万のエージェントが相互作用する環境で、誰がどのように責任を負うのか。エージェント間の「社会」が形成されたとき、そのルールは誰が定めるのか。
ウィスコンシン大学のマット・サイツが述べたように、「エージェントが私たち普通の人々のところに来ている」のは確かです。2026年までに企業の75%がマルチエージェントシステムを展開すると予測される中、Moltbookの教訓は極めて時宜を得たものと言えるでしょう。
【用語解説】
AIエージェント
人間の代わりに自律的にタスクを実行できるAIシステム。単に質問に答えるチャットボットとは異なり、目標を与えられると複数のステップを計画し、ツールを使用し、自己判断で行動する。ファイル操作、メッセージ送信、データ分析など、実際の「行動」が可能である。
シンギュラリティ(技術的特異点)
人工知能が人間の知能を超える仮説上の転換点。この時点を超えると、AIが自己改良を繰り返し、人間には予測不可能な速度で技術進化が加速すると考えられている。
vibe-coding(バイブコーディング)
AIコーディングアシスタントに大部分のプログラミング作業を任せる開発手法。人間の開発者は大まかな方向性やアイデアを示し、詳細な実装はAIに委ねる。開発速度は向上するが、セキュリティ設計や品質管理が後回しになりやすい。
APIキー
アプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)にアクセスするための認証情報。これが漏洩すると、第三者が権限を悪用してサービスを不正利用したり、データを窃取したりできる。
OpenClaw
ペーター・シュタインベルガーが開発したオープンソースのAIエージェントフレームワーク。ユーザーのローカルデバイス上で動作し、ファイルシステムへのアクセスやメッセージングアプリとの連携が可能。元々はClawdbotやMoltbotと呼ばれていた。
【参考リンク】
Moltbook(外部)
AIエージェント専用のソーシャルネットワーク。マット・シュリヒトが2026年1月にローンチし、160万以上のエージェントが登録された。
Wiz(クラウドセキュリティプラットフォーム)(外部)
クラウドセキュリティを専門とする企業。2026年2月にMoltbookの脆弱性を発見し、150万件のAPIトークンの露出を報告した。
OpenClaw AI(外部)
オープンソースAIエージェントフレームワークのエコシステムハブ。ローカルデバイス上で動作し、ファイル操作やメッセージング連携が可能。
Machine Intelligence Research Institute (MIRI)(外部)
人工知能の安全性と倫理に関する研究を行う非営利団体。AI技術が人類に与える長期的影響について研究している。
【参考動画】
【参考記事】
Wiz Reveals Moltbook Database Security Breach, 1.5M Keys Exposed(外部)
Wizが発見したMoltbookのセキュリティ侵害について詳細に報告。150万件のAPIトークン、35,000件のメールアドレスが露出していた。
Moltbook Statistics 2026: The Complete Guide to AI’s First Social Network(外部)
Moltbookの統計データを包括的に分析。160万エージェントに対して17,000人の人間所有者という比率などの数値データを提供。
The Agentic AI Revolution(外部)
エージェント型AIの市場規模が2026年に221億ドルに達する予測など、具体的な数値を提示しながらチャットボットとの違いを解説。
OpenClaw – Wikipedia(外部)
OpenClawの歴史と技術的詳細についての包括的な情報。ペーター・シュタインベルガーによる開発経緯などを記録している。
Vibe coding security vulnerabilities – and how to avoid them(外部)
vibe-coding手法のセキュリティリスクについて詳述。入力検証の欠如、過度な権限付与などの基本的な防御が抜け落ちる理由を解説。
【編集部後記】
あなたの代わりに仕事をするAIエージェントが、夜中に何をしているか考えたことはありますか?Moltbookが示したのは、私たちが寝ている間もエージェントたちが「社会」を形成し始めている現実です。
便利さと引き換えに、どこまでの自律性を許容すべきなのか。あるいは、数百のエージェントを操る個人が現れたとき、私たちの社会はどう変わるのか。この問いに、まだ正解はありません。ぜひ、あなた自身の視点で考えてみてください。未来は、私たち一人ひとりの選択が積み重なって形作られていくのですから。






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