Metaは2021年に社名を変更してメタバースに巨額投資を行ったが、Reality Labsは2025年第3四半期に44億ドルの営業損失を計上し、2020年後半以降の累積損失は約700億ドルに達している。Meta Questヘッドセットは2024年にVR/AR市場シェアの70%を獲得したものの、大衆への普及には至っていない。
Meta Connect 2025で同社は戦略を明確に転換し、ごつごつしたヘッドセットから、Ray-BanやOakleyとのコラボによるAI搭載スマートグラスやニューラル リストバンドなどの実用的なウェアラブルへとシフトしている。MetaはAIウェアラブルスタートアップLimitlessも買収した。メタバースが人々を仮想世界へ移住させようとしたのに対し、ARウェアラブルは現実を強化し、日常のワークフローにAI支援を統合する。空間コンピューティングの未来は新しい目的地を構築するのではなく、既存の現実を改善することで実現される。
From:
AR Wearables Taking Over the Metaverse Space – XR Today
【編集部解説】
Metaの方向転換の背景には、VRヘッドセット市場における深刻な構造的課題があります。2025年第4四半期には新型VRヘッドセットのリリースがなく、Quest製品の売上不振が続いています。CFOのSusan Liは第4四半期の売上が前年同期を下回ると予測しており、Reality Labs内部でも2025年を「最も重要な年」と位置づけ、実際の進展がなければ「伝説的な失敗」になりかねないという危機感が共有されています。
技術的な観点では、Metaが9月に発表したMeta Ray-Ban Displayが重要な転換点となっています。これはレンズ内側にheads-up display(ヘッドアップディスプレイ)を備え、会話の翻訳、ランドマーク情報の表示、ナビゲーション機能を提供します。さらにニューラルバンドと呼ばれる防水リストバンドは、前腕の電気信号を検出し、ピンチ、スワイプ、タップ、回転などのジェスチャーでインターフェースを操作可能にします。これによりハンズフリーの真のスペーシャルコンピューティング体験が実現されます。
実用面での進化も顕著です。Metaは6月にOakley Metaパフォーマンスグラスを発表し、従来のRay-Ban Metaの2倍のバッテリー寿命と3K動画撮影機能を搭載しました。さらにGarminとの提携により、スポーツウォッチやサイクルコンピューターと連携し、走行中の速度、ペース、心拍数などのデータをリアルタイムで表示できます。また自動ハイライト機能により、距離や心拍の節目で短いビデオクリップを自動撮影し、Stravaへスムーズに共有できる機能も備えています。
Limitlessの買収により、日常会話を検索可能なデジタルメモリに変換する技術がMetaの手に渡りました。既存のLimitlessユーザーには無料サブスクリプションとデータ管理権限が提供されます。
財務的には、Reality Labsの累積損失は2025年第1四半期時点で620億ドルを超え、損失額は年々増加しています。しかし、MetaのFamily of Appsセグメント(Facebook、WhatsAppなど)は第1四半期だけで218億ドルの営業利益を生み出しており、Reality Labsの損失を十分にカバーしています。Metaは2025年にAI搭載グラスの数千万台規模の販売を目指しており、長期的な収益化の道筋を描いています。
規制面では、ARウェアラブルが公共空間での使用を前提とするため、撮影・記録機能に関する法規制の整備が急務となるでしょう。特に顔認識技術との組み合わせは、個人識別とプライバシーのバランスについて社会的合意形成が必要です。
【用語解説】
Reality Labs
Metaのバーチャルリアリティおよび拡張現実技術を開発する部門。Meta QuestヘッドセットやARスマートグラスの開発を担当している。
ニューラル リストバンド
前腕の筋肉から発生する電気信号を検出し、ピンチ、スワイプなどのジェスチャーでデバイスを操作可能にする防水リストバンド型デバイス。
Spatial Coomputing(空間コンピューティング)
物理空間とデジタル情報を統合し、三次元空間でのインタラクションを可能にするコンピューティング技術の総称。
Ray-Ban Meta
MetaとRay-Banが共同開発したAI搭載スマートグラス。カメラ、マイク、スピーカーを内蔵し、写真・動画撮影やAIアシスタント機能を提供する。
ヘッドアップディスプレイ
ユーザーの視線を前方に保ったまま情報を表示する透過型ディスプレイ技術。Meta Ray-Ban Displayではレンズ内側に組み込まれている。
Oakley Meta
MetaとOakleyが開発したパフォーマンス向けスマートグラス。Ray-Ban Metaの2倍のバッテリー寿命と3K動画撮影機能を搭載している。
personal superintelligence(パーソナル超知能)
個人に最適化された高度なAIアシスタント技術。Metaが2025年に発表した新ビジョンの中核概念。
【参考リンク】
Meta Reality Labs 公式サイト(外部)
Metaの拡張現実および仮想現実技術の研究開発部門。Meta QuestヘッドセットやARスマートグラスの開発、Neural Bandなどの先端技術プロジェクトに関する情報を提供している。
Ray-Ban | Meta Smart Glasses 公式サイト(外部)
MetaとRay-Banが共同開発したスマートグラスの製品情報。AI機能、カメラ性能、デザインバリエーション、価格情報を掲載している。
Meta Connect カンファレンス公式サイト(外部)
Metaの年次開発者会議の公式サイト。AR/VR/AI技術に関する最新発表、基調講演のアーカイブ、開発者向けリソースを提供している。
Limitless AI 公式サイト(外部)
Metaに買収されたAIウェアラブルスタートアップの公式サイト。会話記録・検索技術、パーソナルAIアシスタント機能に関する情報を提供している。
【参考記事】
Meta’s Reality Labs posts $4.4 billion loss in third quarter – CNBC(外部)
MetaのReality Labsが2025年第3四半期に44億ドルの営業損失を計上。CFOは第4四半期の売上が前年同期を下回ると予測し、新型VRヘッドセットのリリースがないことが要因と説明している。
Meta’s Reality Labs is burning money. Recent layoffs may be the beginning of the end. – Business Insider(外部)
Reality Labs内部では2025年を「最も重要な年」と位置づけており、実際の進展がなければ「伝説的な失敗」になるとの危機感が共有されている。Metaは数千万台規模のAI搭載グラス販売を目指している。
Meta Platforms’ Reality Labs Division Recently Hit a Milestone, and It’s Not a Good One – The Motley Fool(外部)
Reality Labsの累積損失が2025年第1四半期時点で620億ドルを超えた。一方でFamily of Appsセグメントは第1四半期だけで218億ドルの営業利益を生み出し、Reality Labsの損失を十分にカバーしている。
Meta announces first Ray-Ban smart glasses with in-built augmented reality display – The Guardian(外部)
2025年9月に発表されたMeta Ray-Ban Displayは、レンズ内側にヘッドアップディスプレイを搭載。会話翻訳、ランドマーク情報、ナビゲーション機能を提供する。Neural Bandとの連携でハンズフリー操作が可能。
Meta acquisition of AI wearable startup Limitless deal – Startup Researcher(外部)
Metaが2025年12月にLimitlessを買収。日常会話を検索可能なデジタルメモリに変換する技術を獲得。既存ユーザーには無料サブスクリプションとデータ管理権限が提供される一方、プライバシー懸念も指摘されている。
Meta Announces Oakley Smart Glasses With More Advanced Features Than Its Ray-Ban Specs – Forbes(外部)
2025年6月発表のOakley Metaパフォーマンスグラスは、Ray-Ban Metaの2倍のバッテリー寿命と3K動画撮影機能を搭載。Garminデバイスと連携し、スポーツデータをリアルタイム表示できる。
【編集部後記】
Metaの700億ドル投資は、スマートフォンに次ぐプラットフォームを自社で確立したい野心の表れでしょう。メタバースという「逃避先」ではなく、現実を拡張するウェアラブルへの軌道修正は興味深い選択です。ニューラル リストバンドのハンズフリー操作は日常に溶け込む技術の可能性を示す一方、Limitlessが実現する「常時記録される日常」には利便性と監視社会化の境界線という難題も潜んでいます。ARグラスが普及した世界で、私たちのプライバシー概念はどう変化するのでしょうか。






























