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2月3日【今日は何の日?】スペースシャトル・ディスカバリー号が挑んだ「11メートルの相互運用性」

[更新]2026年2月3日

2月3日【今日は何の日?】スペースシャトル・ディスカバリー号が挑んだ「11メートルの相互運用性」

1995年2月3日

「ヒューストン、問題が発生した。L5Lスラスタから燃料が漏れている」

1995年2月3日、地球低軌道(高度約340キロメートル)上。スペースシャトル「ディスカバリー」の船内に、緊張が走りました。目の前には、朝日に輝くロシアの宇宙ステーション「ミール」が浮かんでいます。米露の宇宙船が歴史上初めて至近距離まで接近する歴史的ミッション「STS-63」。だが、シャトルの燃料漏れは、ミールの機能を奪うリスクを孕んでいました。

ミール側:「ディスカバリー、これ以上の接近は許可できない。120メートルの安全距離を維持せよ」

ディスカバリーとミール。わずか数十メートルの距離にありながら、両者の間には「単位系」の違い以上に深い、技術思想と安全基準という名の深い溝が横たわっていました。

結局、この危機を救ったのは、軌道上での徹夜の交渉と、互いの「ブラックボックス」を公開し合うという、宇宙開発史上例を見ない異文化理解のプロセスでした。今日、私たちが手にするデバイスやクラウドが連携する裏側には、必ずこのSTS-63で象徴的に示された「相互運用性(インターオペラビリティ)」の壁が存在します。

補足:なお、STS-63では実際のドッキングは行われず、後のSTS-71で初めてシャトルとミールの結合が実現する。


ガラパゴス化した二つの「宇宙」

冷戦終結後、米露のエンジニアが目にしたのは、同じ物理法則に従いながらも、全く異なる進化を遂げた「二つの生態系」でした。両者の設計思想の違いは、現代のITシステムにおける「ベンダーロックイン」の原型とも言えるものでした。

比較項目NASA(米国)の思想ロシア(ソ連)の思想
信頼性の担保冗長性:システムを多重化し、自動で切り替える。堅牢性:壊れる前提で、人間が直せる。
操作系コンピュータ優先:人間は監視者。マニュアル優先:直感的な操作を重視。

NASAにとっての「許容範囲内の漏洩」は、ロシアにとっての「致命的な汚染」でした。技術的な接続の前に、まず「解釈の標準化(Standardization)」が必要だったのです。現代のビジネスにおいても、部門ごとに最適化されたSaaSや企業ごとに異なるデータフォーマットが、これと同じ「サイロ化」を引き起こしています。


【Tech Column】「オス・メス」からの脱却:APASが解決した接続のジレンマ

従来の宇宙船ドッキング装置は、一方が「プローブ(雄)」、もう一方が「ドログ(雌)」という固定された役割を持っていました。しかし、これでは救助船同士が繋がれないといった柔軟性の欠如を招きます。

これを解決したのが、ソ連のエンジニアが提唱したAPAS(両性具有結合機構)です。結合部が全く同じ形状をしており、「どちらもがオスであり、メスである」という対称性を持ちます。特定のベンダーに依存せず、規格さえ合わせれば誰とでも繋がれる。この「接続の民主化」という思想は、後のISSドッキング機構設計に受け継がれていきました。


システムを繋ぐのは「コード」ではなく「信頼」

燃料漏れの危機を乗り越え、ディスカバリーがミールに約37フィート(約11メートル)まで最接近した瞬間、両船の間で交わされた交信は、技術論を超えたものでした。

「We are one. We are human.(我々は一つだ。We are human.)」

このミッションで女性初のシャトル・パイロットを務めたアイリーン・コリンズらの存在も、組織文化の壁を溶かす大きな役割を果たしました。軍事的対立を超え、互いの技術仕様をさらけ出し、一つの目的のために調整を続ける。これは、現代のビジネスにおける「エコシステム戦略」そのものです。

イノベーションは「接続の作法」から生まれる

現代のイノベーターが学ぶべきは、自社規格を押し通す力ではなく、「異なるシステムと接続し、共鳴させる作法」です。スマートホームの共通規格Matterやブロックチェーンの相互運用性への挑戦は、思想的にはかつて地球低軌道で繰り広げられたドラマと地続きです。。イノベーションとは、壁を作ることではなく、橋を架けること。STS-63の軌道は、今も私たちの進むべき方向を指し示しています。


Information

【用語解説】

相互運用性(インターオペラビリティ):異なるシステムや組織が、互いに情報を交換し、活用し合える能力のことである。

ランデブー:宇宙空間において、異なる宇宙船同士が相対速度をゼロに近づけ、至近距離まで接近する運用を指す。

プロトコル:システム間で通信を行うための共通の約束事や規格である。

冗長性(レダンダンシー):故障に備え、予備の装置を多重に備える設計思想である。

サイロ化:組織やシステムが独自の規格に固執し、外部との連携が取れなくなる状態を指す。

【参考リンク】

NASA STS-63 Mission Page()
NASAによるSTS-63ミッションの公式アーカイブページである。打ち上げからミールとの接近、アイリーン・コリンズ飛行士の歴史的役割まで、公式記録が詳細に公開されている。

Connectivity Standards Alliance (Matter)
スマートホームの相互運用性を実現する世界標準規格「Matter」の公式サイトである。異なるメーカーのデバイスをシームレスに繋ぐ、現代のインターオペラビリティの最前線を確認できる。

Axiom Space
ISSの退役後を見据え、世界初の商業宇宙ステーションを建設中の民間企業である。STS-63から始まった国際協力の歴史を、いかに商業プラットフォームへ継承しているかを発信している。

投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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