再生可能エネルギーおよび海洋テクノロジー企業のPanthalassaは、ピーター・ティール主導によるシリーズBラウンドで1億4000万ドルの資金調達を完了したと発表した。
新規投資家としてジョン・ドーア、Marc Benioff’s TIME Ventures、Max Levchin’s SciFi Ventures、Super Micro Computer、Sozo Venturesなどが参加し、Founders Fund、Lowercarbon Capitalなど既存投資家も参加した。調達資金はオレゴン州ポートランド近郊のパイロット製造施設の完成と、Ocean-3シリーズノードの展開加速に充てられる。Ocean-3は海洋の波から生成した電力で海上でAI推論コンピューティングを実行する。同社は2021年と2024年にOcean-1、Ocean-2、Wavehopperプロトタイプを試験運用しており、2026年に北太平洋でOcean-3パイロットノードを展開、2027年の商用展開を計画している。CEOはガース・シェルドン=コールソンが務める。
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Panthalassa Raises $140 Million to Power AI at Sea
【編集部解説】
このニュースの核心は、AIブームによる電力枯渇問題への「海洋」という新しい解答が、シリコンバレーの本流から本格的な資金を集め始めたという点にあります。リード投資家のピーター・ティールは、2024年以降「extra-terrestrial(地球外)」、つまり陸上ではない場所での計算インフラ構築に強い関心を示してきました。海洋・宇宙・地下といった選択肢のうち、海洋に賭ける動きが具体化したのが今回の調達と言えるでしょう。
そもそも陸上のデータセンターは、送電網の容量逼迫、冷却水の確保難、自治体との軋轢、許認可遅延という四重苦に直面しています。米国ではデータセンター建設に対する地域反対運動が顕著になっており、新規立地そのものが政治問題化しつつあります。Panthalassaの提案は、この交渉コストを根本から消去するものです。
技術の中身を見ていきましょう。同社のノードは「巨大なロリポップ(棒付きキャンディー)」のような形状で、海面に浮かぶ球状のヘッドと、海中に深く伸びる円筒構造から成ります。波の上下動でノード本体と周囲の水柱の間に相対運動が生じ、その流体エネルギーを内部のタービンで電気に変換する仕組みです。可動部はタービンほぼ一基のみで、海底への係留も不要という、極めてシンプルな設計が特徴になっています。
ここがポイントですが、Panthalassaは発電した電力を陸へ送り返しません。海上のノード内でAIチップを直接駆動し、推論結果(トークン)だけを衛星経由で陸へ送信します。海底ケーブルの敷設という、海洋エネルギー事業の最大の障壁だったコスト要因を、AIインフラと組み合わせることで回避した構造的革新です。さらに周囲の冷たい海水が無償の冷却材として機能し、データセンター運営の二大コスト「電力」と「冷却」の両方を同時に解決する設計になっています。
投資家陣の顔ぶれにも注目したいところです。ピーター・ティール、ジョン・ドーア、マーク・ベニオフ、マックス・レヴチン、Figma創業者のディラン・フィールド、そしてAIサーバー大手のSuper Micro Computer、韓国Hanwha Asset Management(USA)、豪州の包装業界の大富豪アンソニー・プラット、豪州の鉱業大手Fortescue傘下のFortescue Ventures。テック・気候・素材・アジア資本が同じテーブルに着いているのは、これが単なるグリーンテック案件ではなく、AIインフラの地政学に関わる戦略投資だと見なされている証左でしょう。
並行する潮流として、本年3月に1億7000万ドルを調達した宇宙データセンターのStarcloud(米Redmond)、海中データセンターを上海沖に展開した中国のShanghai HiCloud Technology、そして2024年に活動終了したMicrosoftのProject Natick(2015年初の海中設置)があります。「陸上の制約を逃れる」という共通課題に対し、宇宙・海中・海上という三つのアプローチが同時並行で走り始めている構図です。
潜在的リスクも冷静に見ておく必要があります。第一に、外洋に大型構造物を多数展開する際の海洋生態系への影響評価は、まだ未成熟な領域です。第二に、外洋の管轄権や課税、データ越境の法的整理は国際海事法と各国規制の隙間にあり、商用展開時には新たなルール作りが避けられません。第三に、衛星リンクは大容量ですが地上光ファイバーほどの低レイテンシは出せないため、用途は学習済みモデルの推論に限定されます。リアルタイム性を要する処理には不向きという制約は理解しておくべきでしょう。
長期的に見れば、海洋は太陽光・原子力に並ぶ「第三のテラワット級電源」候補です。Panthalassaが投資家向け資料で示す目標電力単価は1kWhあたり0.02ドル前後とされており、もし実現すれば既存の再エネ価格を破壊する水準になります。2027年の商用展開がこの数字をどこまで現実に近づけるか。AIの計算需要が物理インフラの限界を試すこの時代に、「海から計算を生む」という発想が定着するかどうかの試金石となりそうです。
【用語解説】
シリーズB
スタートアップ企業の資金調達ラウンドのうち、製品やビジネスモデルが市場で一定の検証を終え、本格的な事業拡大フェーズに入る段階の調達を指す。一般にシリーズAより調達額が大きい。
AI推論コンピューティング(AI inference)
学習(training)済みのAIモデルを実際に動かし、入力に対して回答や予測を出力する処理のことだ。学習よりも軽い計算負荷で済む一方、24時間連続的な需要が発生する。
推論トークン(inference tokens)
生成AIが入出力を扱う最小単位。Panthalassaの説明では、海上ノードで処理されたAIの出力結果がトークン単位で衛星経由で陸へ送信されるという構造になる。
公益法人(Public Benefit Corporation)
米国の一部の州で認められている法人形態である。株主利益のみならず、定款に明記した社会的・公共的便益の追求を法的義務とする企業形態だ。
低軌道衛星(LEO satellite)
地上から約2,000km以下の高度を周回する人工衛星を指す。Starlinkなどに代表され、静止衛星より低遅延で広帯域な通信が可能だ。
テラワット(TW)
電力の単位で1兆ワットに相当する。世界の一次エネルギー消費は現在十数テラワット規模であり、Panthalassaが「数十テラワット」と語るのは地球規模の主要電源を意味する。
ノード(Node)
Panthalassaが自社装置を指す呼称である。海面上の球体ヘッドと海中に伸びる円筒構造を持つ自走式の浮体で、発電装置と計算装置を一体化している。
【参考リンク】
Panthalassa公式サイト(外部)
オレゴン州ポートランドに本社を置く再生可能エネルギー・海洋テクノロジー企業の公式サイト。
Founders Fund(外部)
ピーター・ティール共同創業のVC。Panthalassaのリターニング投資家として参加している。
Lowercarbon Capital(外部)
気候テック特化型投資ファーム。Panthalassaの投資先紹介ページを公開している。
Gigascale Capital(外部)
脱炭素技術への大型投資ファンドで、Panthalassaの技術詳細プロファイルを掲載する。
Super Micro Computer(外部)
AIサーバー製品を手掛ける米国企業。本ラウンドに新規投資家として参加した。
Fortescue(外部)
豪州の鉱業大手。傘下のFortescue Venturesが本ラウンドに新規投資家として参加。
【参考記事】
Data centers at sea: Oregon’s Panthalassa nets $140M led by Peter Thiel for wave-powered AI(GeekWire)(外部)
2016年創業、累計調達額2億1000万ドル、従業員120名。創業者経歴も詳述する重要記事。
Panthalassa: Harnessing Ocean Power at Terawatt Scale(Gigascale Capital)(外部)
ノード寸法、稼働率最大90%、2050年世界エネルギー消費20TW予測など定量情報が豊富。
Palantir co-founder Peter Thiel backs $140M wave-powered AI data center startup(Tom’s Hardware)(外部)
ロリポップ型ノードの動作原理を技術的に詳述。Aikido Technologiesなど競合動向も紹介。
Forget Space Data Centers, This Peter Thiel-Backed Start Up Raised Millions(Benzinga)(外部)
中国Shanghai HiCloud TechnologyやProject Natickなど、競合プロジェクトとの比較視点を提供。
Panthalassa | Lowercarbon Capital(外部)
電力単価1kWhあたり0.02ドルという定量目標を明記した投資家公開資料。
The Very Wild, Very Real Plan To Build AI Data Centers In The Ocean(Core Memory)(外部)
CEO直接インタビュー。ノード寸法・自走能力・1ユニット約100万ドルなど生の技術情報。
Project Natick(Microsoft Research公式)(外部)
2013年のThinkWeekペーパーから2015年Phase 1運用、2018年Phase 2設置までの公式時系列。
Microsoft discontinues ‘Project Natick'(Global Business Outlook)(外部)
Microsoftが2024年に海中データセンター実験プロジェクトの正式終了を発表した経緯を報じる。
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陸を離れたAIインフラの「宇宙パス」。海・宇宙・海中という三つのフロンティア競争の構図が浮かび上がる。
【編集部後記】
データセンターを「土地のないところに置く」という発想は、これまでSFか思考実験の話でした。それが今、海・宇宙・海中という三つのフロンティアで同時に走り始めています。みなさんが日々使っている生成AIの応答も、数年後には太平洋のどこかに浮かぶ装置で生み出されているかもしれません。
海から計算が生まれる時代を、私たちはどう迎えたいでしょうか。技術が地理の制約を解いていくその先に、どんな暮らしを思い描けるか。一緒に考えていけたら嬉しいです。











