スマホの電波が「混んでいる」と感じたことはないだろうか。私たちが日々使う電波には限りがあり、2030年代に向けてその逼迫はいよいよ深刻になる。この難題に、日本の通信を支えてきた5社が手を組んだ。鍵を握るのは、電波をAIが賢く采配するという発想だ。次世代通信6Gの土台づくりが、国家プロジェクトとして静かに動き出した。
2026年6月23日、NTTドコモ、NEC、1FINITYは、NTT、富士通とともに、総務省が2026年度から実施する「電波資源拡大のための研究開発」の公募に共同で提案し、研究開発課題「周波数帯の横断的活用を実現する移動通信ネットワークの研究開発」が採択された。6月22日には総務省で手交式が行われた。
本研究開発は2030年代の6G実現に向け、AIを活用して複数の周波数帯を最適に制御する技術を開発するもので、5社が2026年度から2029年度までの4年間にわたり実施する。代表研究機関はドコモが務める。2029年度末時点の成果目標として、移動端末の実効スループット2倍以上、高周波数帯の利用率2倍以上、ネットワーク全体の消費電力を1/2に削減、基地局のコスト効率2倍を掲げる。
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総務省の研究開発事業「電波資源拡大のための研究開発」に採択 ~2030年代の6G実現に向けた研究開発を加速~
【編集部解説】
まず押さえておきたいのは、これは「6Gが完成した」というニュースではなく、「6Gを作るための国家プロジェクトが正式に動き出した」という起点の話だということです。総務省の「電波資源拡大のための研究開発」は2005年度(平成17年度)から続く電波利用料を財源とした事業で、今回の公募では、報道によれば全体で10件が採択されました。そのうちの一つに、ドコモを代表研究機関とする5社連合のテーマが選ばれた、という位置づけになります。
この座組みで目を引くのが「1Finity」という見慣れない社名でしょう。これは富士通が2025年7月1日に分社化して立ち上げた100%子会社で、光伝送装置やO-RAN準拠の5G基地局、そして6Gの研究機能を引き継いだネットワーク専業会社です。つまり今回の5社は実質的に「ドコモ・NTT・NEC・富士通グループ」という日本の通信インフラの主力が顔を揃えた布陣であり、オールジャパンで6Gの基盤技術に臨む構図だと読み解けます。
技術的な核心は2つあります。一つは「vRAN(仮想化基地局)の高度化」、もう一つは「複数の周波数帯を束ねて使う」という発想です。従来の基地局は専用ハードに機能が固定されていましたが、vRANは汎用サーバー上のソフトウェアで処理を行うため、需要に応じて電波と計算資源を柔軟に振り分けられます。ここにAIを組み合わせ、数百ミリ秒から数秒先の通信品質を予測して電波を最適配分する——これが今回の研究の心臓部です。
鍵を握る周波数帯が、リリースに登場する「FR3」です。これは7〜24GHz付近の帯域で、広く届くSub6帯と、速いが届きにくいミリ波の中間に位置します。研究者の間では6Gの「ゴールデンバンド(黄金の周波数帯)」と呼ばれることもある、カバレッジと大容量を両立できる本命視された領域です。日本の5社がここを正面から狙うのは、世界の潮流と一致した戦略的判断と言えます。
この技術が実装されると、私たちの体感はどう変わるのでしょうか。目標値は明快で、既存の5Gの無線制御と比べて、移動端末の実効スループットは2倍以上、高周波数帯の利用率も2倍以上。一方で見逃せないのが、ネットワーク全体の消費電力を半分に減らし、基地局のコスト効率を2倍にするという「省エネ・低コスト」の目標です。速さだけを追うのではなく、電力とコストを同時に抑える点に、この研究の現実志向が表れています。
ポジティブな側面は、AR/VRや自動運転、無数のIoT機器が当たり前になる2030年代の通信需要を、電力を膨張させずに支えられる可能性があることです。携帯電話のデータ通信量は増え続けており、総務省の資料でも移動通信のトラフィックは近年大きく伸び続けています。増え続ける需要を「力技」ではなく「賢く」さばく方向性は、持続可能性の観点からも理にかなっています。
潜在的な課題も率直に見ておきましょう。FR3は有望ですが、一般に周波数が高くなるほど電波は届きにくくなり、より高い帯域まで使えば基地局を密に置く必要が出てきます。省電力化との両立は言うほど簡単ではありません。またAIが電波を動的に制御するということは、その判断の信頼性や、障害時の挙動をどう担保するかという新しい運用課題も生みます。研究目標はあくまで2029年度末の到達点であり、商用化はその先という時間軸も冷静に捉えておくべきです。
規制と国際標準の観点では、この研究は「日本の発言力」と直結しています。6Gの仕様は3GPPで議論され、最初の正式仕様はRelease 21(2027年頃着手)で策定、2029年初頭にITU-RへIMT-2030提案として提出される見通しです。リリースが「国際的な標準化団体への提案活動」を明言しているのは、技術を作るだけでなく国際ルール作りに食い込む意図の表れです。標準化で主導権を握れるかどうかが、その後の産業競争力を左右します。
長期的に見れば、これは単なる通信の高速化の話ではありません。5Gから6Gへの移行を「断絶」ではなく「地続き」で進め、既存インフラを活かしながら次世代へ橋を架けようという設計思想です。私たちが未来の通信に「触れる」のはまだ数年先ですが、その土台を誰がどう設計するかは、今まさにこの4年間で決まっていく——だからこそ、innovaTopiaは始まりの号砲であるこのニュースを今、報じておきたいのです。
【用語解説】
6G(第6世代移動通信システム)
5Gの次にあたる次世代の移動通信規格。2030年代のサービス開始が見込まれ、5Gをさらに上回る高速・大容量・低遅延に加え、超低消費電力や空・海・宇宙へのエリア拡大などが目標とされる。
vRAN(仮想化無線アクセスネットワーク)
基地局の機能の一部を、専用機器ではなく汎用サーバー上のソフトウェアで実現する技術。機能追加を柔軟に行え、運用コストの削減が期待できる。本研究の制御技術の中核を担う。
FR3
7〜24GHz付近の周波数帯を指す(資料によっては7.125〜24.25GHzとも)。従来のSub6帯とミリ波の中間に位置し、広いカバレッジと大容量を両立できることから、6Gの有力帯域として注目されている。
サブテラヘルツ帯
おおむね100〜300GHzの超高い周波数帯(範囲の定義は資料により幅がある)。極めて大容量の無線伝送が可能だが電波が届きにくいため、本研究では拠点間をつなぐ無線回線などへの活用が検討されている。
RU/CU/DU
いずれも基地局を構成する装置。RU(Radio Unit)はアンテナと接続し電波の送受信を担う無線部、DUは無線信号の処理、CUは通信制御やコアネットワークとの接続を担当し、3者が連携して基地局機能を分担する。
ミリ波帯
24GHzを超える高い周波数帯で、5Gで高速大容量通信に用いられている。速度は出るが直進性が強く障害物に弱いため、有効活用には技術的な課題が残る。
手交式(しゅこうしき)
書類などを直接手渡しで交付する式典。本件では2026年6月22日、総務省で研究開発課題の採択にあたって執り行われた。
実効スループット
通信において、実際に利用者が体感できる正味のデータ転送速度。理論上の最大値ではなく、現実の環境で得られる速度を指す。
3GPP/IMT-2030
3GPPは移動通信の国際標準を策定する団体。IMT-2030はITU-R(国際電気通信連合)が定める6Gの国際的な性能要件の枠組みで、3GPPが具体的な仕様を作成する。本文の「国際的な標準化団体への提案活動」が向かう先にあたる。
【参考リンク】
NTTドコモ|5G Evolution & 6G(ドコモのR&D)(外部)
ドコモの6G研究開発を紹介する公式ページ。5つの観点から6Gがめざす技術と価値をまとめている。
NTTドコモ|ドコモ6Gホワイトペーパー(外部)
6Gのユースケースや目標性能、技術要素をまとめた技術文書を公開する公式ページ。本研究の前提を把握できる。
NEC|企業情報(外部)
無線リソース制御技術やCMOS ICなどを担うNECの公式企業情報ページ。事業内容や会社概要を確認できる。
1FINITY 株式会社(外部)
富士通から2025年7月に分社化した、光伝送・5G/6G・vRANを手がけるネットワーク専業会社の公式サイト。
富士通|公式サイト(外部)
本研究でデバイス技術を担う富士通の公式サイト。グループの技術・事業情報を確認できる。
NTT|公式サイト(外部)
サブテラヘルツ帯の無線伝送技術などを担うNTTの公式サイト。研究開発やIOWN構想の情報を掲載する。
総務省|電波資源拡大のための研究開発 提案公募の結果(外部)
本研究の採択元である総務省の公募・採択結果を掲載する公式ページ。事業の趣旨や全体像を確認できる。
【参考記事】
FR3 explained — why it matters in Release 18(RCR Wireless)(外部)
FR3をSub6とミリ波の中間「アッパーミッドバンド」と整理し、6Gの有力帯域だと解説した記事。
FR3 Frequency Band Pioneering a New Era of 6G Communications(Murata)(外部)
初期仕様はRelease 21で策定、2029年にIMT-2030提案として提出と示した標準化タイムラインの記事。
6G reality check and update(The Mobile Network)(外部)
最初の商用6Gサービスは2030年頃に登場する見込みと述べた、6Gロードマップを概観する記事。
Upper Mid-Band Spectrum for 6G(Samsung Research)(外部)
FR3は1事業者400MHz超を確保でき、容量とカバレッジを両立する有力帯域と論じた記事。
富士通からネットワーク製品事業を継承した1FINITYが事業を開始(IT Leaders)(外部)
1Finityが富士通100%子会社として2025年7月1日に事業を開始したと伝えた記事。
電波資源拡大のための研究開発に係る提案公募で10件を採択 総務省(電波タイムズ)(外部)
総務省が令和8年度の同公募で10件を採択したと報じた記事。本研究もこの一つにあたる。
【編集部後記】
冒頭で「電波が混んでいる」という小さな実感の話をしました。その混雑をさばく仕組みを、どの国の、誰の手で設計するか——今回のニュースの本質は、そこにあるのかもしれません。
近年、半導体やAIの分野で「経済安全保障」や「ソブリンAI」という言葉をよく耳にするようになりました。自国の重要技術を自国で握っておく、という発想です。通信インフラも、その例外ではなくなってきました。電波という有限の資源と、それを制御する技術を誰が持つか。それは利便性の問題であると同時に、国の競争力や安全に直結する戦略の問題でもあります。
今回、日本の通信を支えてきた5社がオールジャパンで国家プロジェクトに臨むのは、まさにこの「通信インフラのソブリン化」という流れのなかにあると、私たちは見ています。技術を作るだけでなく、国際標準のルール作りに食い込もうとする姿勢からも、その意図がうかがえます。
もちろん、自国主義に偏りすぎれば、グローバルな相互接続性という通信本来の価値を損なうリスクもあります。開かれた標準と、自国の主権。そのバランスをどう取るかは、これから問われ続けるテーマでしょう。みなさんは、私たちの暮らしを支える通信が「誰のものか」という問いに、これからどう向き合っていきたいですか。一緒に見守っていけたら嬉しいです。












