電通・電通デジタル、人とAIの協働を探る5研究を人工知能学会で発表|創造性と評価の高度化

AIに「正しい答え」を出させる時代は、もう折り返し地点を過ぎたのかもしれません。電通と電通デジタルは2026年5月28日、人工知能学会で発表する5つの研究成果を公表しました。いずれも「AIをいかに人間と違う存在として設計し、その差異を価値に変えるか」という問いに挑むものです。常識をあえて裏切る発想法、ほどよく違うAIとの協働、自分で進化する広告コピーの評価基準、500体のAIが論じる都市政策、そして図形を音に変える試み——広告の現場から生まれた「人とAIの協働」の最前線を読み解きます。


電通と電通デジタルは、生成AIと大規模言語モデル(LLM)活用における「創造性の拡張」と「評価・判断の高度化」をテーマとした5つの研究成果を、2026年6月8日から12日まで開催される人工知能学会全国大会(第40回、Gメッセ群馬およびオンライン会場)で発表する。

5件の内容は、常識から逸脱した発想を学習する創造的生成モデル、他者の思考様式を学習したAIとの協働が創造的タスクに与える影響、広告コピー品質評価のための自己進化型評価基準(Training-Free GRPO)、PeopleModelを基にした500のAIペルソナによる多視点都市政策評価、図形楽譜の視覚的質感を音響へ変換する生成的解釈の試みである。

電通は2024年8月発表のAI戦略「AI For Growth」のもと、AI広告コピー生成ツール「AICO2」などを開発しており、今後も人とAIの協働による研究成果の活用を進める。

From: 文献リンク電通と電通デジタル、人とAIの協働を深化させる5つの研究成果を人工知能学会で発表へ

【編集部解説】

電通と電通デジタルが人工知能学会で研究成果を発表するのは、今回が初めてではありません。2024年は東京大学AIセンターとの共同研究2本、2025年は4本、そして2026年は5本と、発表本数は毎年積み上がっています。広告会社が学会というアカデミアの場に継続的に論文を持ち込む姿勢そのものが、この業界の重心の移り方を示しているといえます。

今回の5本を貫くのは、「AIに人間らしい正解を出させる」発想からの脱却です。むしろ、いかにAIを人間と異なる存在として設計し、その差異を価値に変えるか、という問いが中心に据えられています。

象徴的なのが1本目の「常識の逸脱」を学習させる試みです。LLMは統計的に平均へ収束しやすく、無難な答えを返しがちです。ここに熟練クリエイターの「あえて常識を否定する思考プロセス」を教師データとして与えることで、新規性のある発想を引き出そうとしています。重要なのは、創造性をランダム性(温度パラメータを上げて出力をばらつかせること)ではなく、学習可能な思考プロトコルとして扱った点です。偶然の産物ではなく、制御できる技術として創造性を捉え直しています。

2本目はさらに踏み込み、「適度な他者性」という概念を提示しています。自分に似たAIは使いやすい一方、発想は広がらない。逆に違いすぎても協働は成立しない。創造性が最大化されるのは思考スタイルの距離が「中程度」のとき、という結論は、AIアシスタントが過剰に個人最適化へ向かう現在の潮流に対する、静かな問題提起として読めます。

3本目の「Training-Free GRPO」は、編集部として特に注目しています。これはテンセントのYoutu Labが2025年10月に公開した手法(論文番号2510.08191)で、AIのパラメータ(重み)を一切書き換えず、ロールアウトから抽出した経験知をプロンプト側(トークンの事前情報)に組み込むことで、LLMの振る舞いを改善する点に特徴があります。電通はこれを広告コピーの品質評価に応用し、評価基準そのものがAIの改善過程で変質していく「Criteria Drift」という現象を観測しました。これまで熟練者の暗黙知に頼ってきた「良いコピーとは何か」という基準を、AIが自動的に言語化していく枠組みであり、広告に限らず教育や採点など、属人的な評価が支配的だった領域へ波及する可能性があります。

4本目は応用範囲が最も広いかもしれません。電通が独自に構築する「PeopleModel」(1億人規模のペルソナを仮想再現するAIモデル)から500体のAIペルソナを生成し、13の評価軸で都市政策案を3ラウンド評価させています。注目すべきは、合意形成そのものをAIに代行させていない点です。あくまで「どこが争点になりやすいか」を政策公表前に低コストで可視化する道具と位置づけており、AIの役割を慎重に限定しています。

一方で、ここには潜在的なリスクも潜みます。仮想的な世論で政策の論点を事前に把握できることは、合意形成の効率化にもなれば、反発の少ない見せ方を設計する「世論の先回り」にもなり得ます。技術が中立でも、使い手の目的次第で性格が変わる領域です。

5本目は毛色が異なり、イギリスの作曲家・実験音楽家コーネリアス・カーデューが1963年から1967年にかけて制作した図形楽譜<Treatise>を題材に、視覚言語モデルCLIPと音楽生成モデルMusicGenで「図形を音へ」変換する試みです。線の太さや質感を音響特徴に対応させるこのアプローチは、広告事業との直接的な接点こそ薄いものの、AIによる解釈の多義性を芸術領域でどう扱うかという、研究の射程の広さを示しています。

これら5本に共通する設計思想は、ガイドラインにも通じる「人間が主体、AIは道具」という線引きです。創造性の最終判断、政策の合意形成、コピーの採否——いずれも決定権を人間側に残しつつ、AIを思考の拡張装置として配置しています。AIが人間を代替する物語が語られがちな今、その対極にある「協働」の具体像を、広告という実務の現場から提示している点に、このニュースの今日的な意味があります。

規制や制度の観点では、現時点で本リリースに直接の記載はありません。ただし都市政策評価のような公共領域へAIによる世論シミュレーションが入り込むとき、その出力をどこまで意思決定の根拠としてよいのか、透明性や説明責任をめぐる議論はいずれ避けられないでしょう。実用が研究を追い越す前に、こうした問いを共有しておくこと自体に価値があります。

【用語解説】

Counter-Intuitive Chain of Thought(CI-CoT)
「常識をあえて否定し、非連続な飛躍に至る思考プロセス」を指す、本研究独自の概念。熟練クリエイターの発想法をAIに学習させる教師データとして用いられた。

Supervised Fine-Tuning(SFT/教師ありファインチューニング)
正解付きのデータを与えてAIモデルを追加学習させ、特定の振る舞いを身につけさせる手法。

GAN(敵対的生成ネットワーク)
生成役(Generator)と判別役(Discriminator)の二つのモデルを競わせ、生成物の質を高める仕組み。本研究では創造的発想と社会的妥当性を両立させる構想として言及された。

Training-Free GRPO(TF-GRPO)
AIのパラメータ(重み)を更新せず、ロールアウトから抽出した経験知をトークンの事前情報としてAPI呼び出し時に組み込むことで、LLMの振る舞いを改善する手法。テンセントのYoutu Labが2025年に提案した。本研究では広告コピー評価に応用された。

Criteria Drift
評価基準そのものが、AIによる改善の過程で変質していく現象。本研究で実証的に観測された。

デルファイ法
複数の専門家に同一の質問を繰り返し行い、結果を集約して合意形成を図る予測・評価手法。

PeopleModel(ピープルモデル)
電通が独自構築する大規模調査データをLLMでファインチューニングし、1億人規模の高解像度なペルソナを仮想再現するAIモデル。

CLIP
画像とテキストの対応関係を学習した視覚言語モデル。画像が何を表すかを言語的に捉えることができる。

MusicGen
テキストなどの入力から音楽を生成するAIモデル。

図形楽譜
五線譜や音名ではなく、線・図形・記号などの視覚的要素で演奏の手がかりを示す楽譜。現代音楽や実験音楽で用いられてきた。

コーネリアス・カーデュー
イギリスの作曲家・実験音楽家(1936〜1981年)。本研究の題材となった図形楽譜<Treatise>を1963年から1967年にかけて制作した。

AICO2(アイコツー)
電通のコピーライターの思考プロセスを学習した、AI広告コピー生成ツール。電通と電通デジタルが共同開発した。

【参考リンク】

人工知能学会全国大会(JSAI2026)(外部)
第40回大会の公式サイト。2026年6月8〜12日にGメッセ群馬とオンラインで開催され、本研究5本の発表の場となる。

AI For Growth(電通)(外部)
国内電通グループが推進する独自のAI戦略の紹介ページ。人間の知とAIの知の掛け合わせによる成長貢献を掲げる。

∞AI(ムゲンエーアイ/電通デジタル)(外部)
電通デジタルが提供する、AIを活用した統合マーケティングソリューションブランドの公式ページ。

J-STAGE「人工知能学会全国大会論文集」(外部)
J-STAGE上の論文集ページ。大会後の7月初旬ごろから本研究の論文が公開される予定とされている。

【参考記事】

Tencent Proposes a Training-Free Optimization Method(aibase)(外部)
同手法の実験数値を報じた記事。AIME24は80%→82.7%、AIME25は67.9%→73.3%、ウェブ検索のPass@1は63.2%→67.8%へ向上し、約120元で達成したと伝える。

Training-Free Group Relative Policy Optimization(arXiv 原典論文)(外部)
同手法の原典論文。パラメータを一切更新せずLLMエージェントの性能を高める低コストな手法として提示している。

Interpreting Graphic Notation with MusicLDM(arXiv)(外部)
同じ<Treatise>を題材にAIで図形楽譜を音へ変換した先行研究。ChatGPTで図形を言語化し音楽生成モデルへ入力する手法を示す。

【関連記事】

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都市の未来をAIで設計し直す国際的な構想を扱った記事。本件4本目の「AIペルソナによる都市政策評価」と問題意識が重なる。

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AIペルソナとの対話が人にもたらす影響を掘り下げた記事。本件2本目「他者性を持つAIとの協働」と通じる視点を提供する。

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音楽生成AIの最新動向を伝える記事。本件5本目「図形楽譜の音響化」が立つ、生成的音楽表現の潮流を理解する助けになる。

【編集部後記】

今回の研究で印象的だったのは、AIに「ほどよい違い」を求めようとする発想でした。

みなさんは、自分とよく似た考えをもつ相棒と、少し異なる感覚をもつ相棒、どちらと組むときにアイデアが広がると感じるでしょうか。AIを使う場面が増えるほど、この問いは私たち自身の創造性のあり方にも返ってきそうです。ご自身の体験を思い浮かべながら、続報も一緒に追いかけていただけたら嬉しいです。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。