KDDI・NVIDIA・Keysight・サムスンが「デジタルツインRAN」構築へ|6G向けAI学習基盤の開発を開始

通信業界の最大級の国際会議が開幕した日、世界各地の通信事業者が「AIでネットワークを自律化する」という同じ問いを、それぞれの角度から一斉に打ち出しました。偶然ではありません。「AIがネットワークを動かす」段階は終わりつつあり、「そのAIをどう育てるか」という次のフェーズが始まっています。今この発表をなぜ取り上げるのか、その構造的な背景から整理します。


KDDIとKDDI総合研究所は2026年6月23日、NVIDIA、Keysight、Samsung Research Americaと共同で「デジタルツインRAN」(high-fidelity Digital Twin RAN)の構築に向けた共同検討を開始した。デジタルツインRANとは、電波伝搬や無線ネットワーク挙動といった複雑な現象を高精度に模擬し、実際のネットワークを仮想空間に忠実に再現する技術だ。実環境に影響を与えることなくAIの学習・検証を行えるほか、条件の異なる多数のシナリオを同時並行で模擬できる点が特徴とされる。

想定するユースケースはネットワーク最適化向けAIの学習・評価基盤と、RANの新機能(AI)のフィールドトライアル基盤の2つだ。各社の役割は、KDDIが商用ネットワークデータの提供、KDDI総合研究所が伝搬予測技術の開発、NVIDIAがAODT(Aerial Omniverse Digital Twin)によるデジタルツイン基盤の提供、KeysightがUE再現技術の提供、Samsung Research AmericaがvRAN技術の提供を担う。5社は2028年度末までにスケーラビリティ実証プロトタイプの構築を、2030年度末までにKDDIの商用ネットワーク上での性能検証を目指す。

From: 文献リンク6G時代のネットワーク高度化に向け「デジタルツインRAN」を構築|KDDI ニュースルーム

【編集部解説】

KDDIがこの発表を6月23日に行ったことには、意味があります。同日はコペンハーゲンで通信業界最大級の国際会議「DTW Ignite 2026」が開幕した日です。NVIDIAはこの会議に合わせて、SoftBankやNTT DATAなど世界の通信事業者と組んだAI自律ネットワークの取り組みを一斉に公開しました。

KDDIのデジタルツインRAN発表もその文脈の一つとして位置づけられており、個別の企業発表ではなく、通信業界全体が「AIでネットワークを動かす」から「そのAIをどう育てるか」という次のフェーズに踏み出した動きとして読む必要があります。さらに2日後の6月25日には、国内でもドコモ・NEC・NTT・富士通・1Finityの5社連合が総務省の6G研究開発事業に採択されたと発表しました。6G×AI×RANという領域で、国内外の動きが短期間に集中しているのが現在地です。

そのうえで、KDDIの取り組みの固有性を整理します。KDDIはすでに、複数のAIが協調して基地局のエリア最適化を行う技術を商用導入しています。2026年2月の発表では、混雑により低速通信が発生しやすい場所が導入前比で25%改善し、パラメーター設定にかかる作業期間が95%以上短縮されたと報告されています。これは実運用レベルでのAI活用としては相当の成果です。

しかし、6G時代に向けてその先を目指すとき、「実環境でのAI学習・検証」というアプローチそのものが限界に突き当たります。基地局の設定をAIが変えながら学習するには時間がかかり、学習中に通信品質が不安定になるリスクも伴います。さらに、6Gが想定する高度な自律制御を実現するには、現在より桁違いに多くの学習データとシナリオ検証が必要になります。実環境でそれをすべて賄うことは、現実的ではありません。

「デジタルツインRAN」は、このジレンマに対する一つの答えです。電波伝搬や無線ネットワークの挙動を仮想空間に精密に再現し、実ネットワークに触れることなくAIを学習・検証させます。さらに、条件の異なる多数のシナリオを同時並行で走らせられるため、試行回数の飛躍的な増加が見込めます。NVIDIA副社長のSoma Velayutham氏が「AIジム」と表現したことは、この性質をうまく捉えています。実戦(実ネットワーク)に出る前に、仮想空間で徹底的に鍛えるという発想です。

今回の構成で注目すべきは、5社が担うレイヤーの明確な分業です。KDDI総合研究所が電波伝搬の予測モデルを、NVIDIAがAODT(Aerial Omniverse Digital Twin)というコンピューティング基盤を、KeysightがUE(ユーザー端末)のふるまいの再現を、Samsung Research AmericaがvRAN(仮想化RAN)技術を、そしてKDDIが実際の商用ネットワークデータと商用トライアルの場を提供します。特定ベンダーに依存しない形でデジタルツインを組み上げようとする設計は、通信インフラのオープン化という近年の流れと軌を一にしています。

現時点で確認できる目標は、2028年度末のスケーラビリティ実証プロトタイプ、そして2030年度末のKDDI商用ネットワーク上での性能検証です。ただし、今回発表されたのはあくまで「共同検討の開始」であり、デジタルツインの精度がどの程度で、実ネットワークのAI学習に実際に使えるかは、これから実証を通じて明らかになります。発表には数値的な精度目標や検証指標は示されておらず、その点は今後の発表を待つ必要があります。

【用語解説】

RAN(Radio Access Network)
無線アクセスネットワークの略。スマートフォンなどの端末と、通信事業者のコアネットワークをつなぐ無線基地局を含むネットワーク設備の総称。5G・6Gではソフトウェア化(vRAN)やオープン化(O-RAN)が進んでいる。

デジタルツイン
現実の物理システムを、仮想空間に精密に再現したモデルのこと。製造業や都市設計、航空宇宙などで活用が広がっている。本記事の「デジタルツインRAN」は、電波伝搬や無線ネットワークの挙動を仮想空間に再現することで、実環境への影響なしにAIの学習・検証を可能にする。

vRAN(Virtualized RAN)
従来は専用ハードウェアで実現していた基地局の機能を、汎用サーバー上のソフトウェアで実現する技術。特定ベンダーへの依存を減らし、柔軟な構成・更新が可能になる。Samsung Research Americaは商用vRAN導入のグローバルリーダーの一つとされる。

AI air interface
AIが無線通信の各種処理(変調・符号化・スケジューリングなど)を予測・最適化することで、通信品質の向上や省電力を実現する技術概念。6G時代のRANに組み込まれることが想定されている。

AODT(Aerial Omniverse Digital Twin)
NVIDIAが提供するデジタルツイン構築基盤。物理シミュレーション環境「Omniverse」と、通信向けGPUアクセラレーション技術「Aerial」を組み合わせた通信ネットワーク向けデジタルツインプラットフォーム。

【参考リンク】

KDDI株式会社(外部)
auブランドを含む通信サービスや各種ネットワーク事業をグローバルに展開する日本の大手通信事業者。「AI for Network」として、AIによるネットワーク自律化を推進している。

NVIDIA Corporation(外部)
GPU設計を中心とするアメリカの半導体企業。通信業界向けにはAODT(Aerial Omniverse Digital Twin)などデジタルツイン・自律ネットワーク向けのAI基盤を提供している。

Samsung Research America(外部)
Samsungの米国研究機関。vRAN技術の商用導入においてグローバルリーダーの地位にあり、本取り組みでは仮想化RAN技術を提供する。

【参考記事】

複数のAIが協力するエリア最適化技術を全国の基地局に導入|KDDI ニュースルーム(外部)
KDDIが2026年2月に発表した、複数AIエージェントが協調して基地局パラメーターを自律最適化する技術の商用導入に関するリリース。通信品質安定性25%改善、作業期間95%以上短縮という実績数値が示されており、今回のデジタルツインRANが目指す「次のステージ」を理解する上での直接的な前提となる。

NVIDIA Brings Trusted, 24/7 AI Agents to Telecom Operations|NVIDIA Blog(外部)
DTW Ignite 2026(コペンハーゲン)に合わせてNVIDIAが公開したブログ。SoftBank、NTT DATA、ServiceNowなど複数の通信事業者とのAI自律ネットワーク構築事例を紹介しており、KDDIとのデジタルツインRAN連携にも言及している。通信業界全体のAI自律化の文脈を把握できる。

NVIDIA Pushes Telecom AI Toward Autonomous Operations at DTW Ignite 2026|Converge Digest(外部)
DTW Ignite 2026でのNVIDIAの通信向けAI戦略を整理した業界メディアの解説記事。KDDIのデジタルツインRANを含む複数の取り組みを俯瞰しており、グローバルな競争文脈の中でKDDIの発表がどう位置づけられるかを把握できる。

【関連記事】

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【編集部後記】

DTW Ignite 2026の開幕日、国内では総務省の6G研究開発採択が間近に迫り、グローバルでNVIDIAがデジタルツイン関連の発表を束ねたこの一週間は、6G×AI×RANという領域の構造的な転換点として記録されるかもしれません。個々の発表を速報として読むより、それらが同時多発的に出てきた背景に何があるかを問う方が、今この瞬間には重要です。KDDIのデジタルツインRANは「共同検討の開始」にすぎませんが、その検討が始まった地点に何が重なっていたかを知ることで、6G時代のネットワーク競争の輪郭が少し見えてきます。私たちもこの実証過程を継続して追っていきます。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。