物語はゲームになれるか。小説やマンガのIPをゲームへ展開することは、コストと開発体制の壁によって多くの作品にとって遠い話でした。AIを制作工程に組み込むことでその障壁を下げようとする実証が、国家政策の後押しを受けて始まりました。noteとTales & Co.の取り組みを入口に、日本のコンテンツ産業が直面する構造的な問いを整理します。
note株式会社は2026年6月26日、物語IPをゲームへ展開するための開発プラットフォームの実証を開始すると発表した。本取り組みは経済産業省「IP360」(コンテンツ産業成長投資支援事業費補助金「開発プラットフォーム構築支援」)に採択され、開発費用の一部について国からの補助を受ける予定だ。
実証はnoteのプラットフォーム開発・運営力と、2024年5月設立の子会社・Tales & Co.のIP開発・メディアミックスの知見を組み合わせて実施する。企画開発、シナリオ設計、アセット制作、プロトタイプ開発などの工程をAIで効率化し、物語IPのゲーム展開に伴うコスト・開発体制のハードルを下げることを目的とする。AIは「創作そのものを代替するものではなく、制作工程の一部を効率化するための技術」と位置づけている。今回はTales & Co.が主体となるIPおよび外部パートナーのIPで検証を進め、ゲームとして制作・販売を手掛ける予定だ。
背景として、政府は2033年までに日本発コンテンツの海外売上20兆円を国家目標に掲げており、経済産業省は予算350億円超の「IP360」事業でIPの創出から海外展開までを一体支援している。
From:
note、物語IPのゲーム化を支援する開発プラットフォームの実証を開始|PR TIMES
【編集部解説】
2026年6月26日、noteが発表した今回の取り組みは、「物語IPのゲーム展開を支援するプラットフォームの実証開始」というニュースである以上に、二つの構造的な動きが交差する地点として読むことができます。一つは、国家レベルのコンテンツ産業政策との接続。もう一つは、投稿プラットフォームとして出発したnote自身の事業ポジションの変化です。
今回の実証が採択された経済産業省「IP360」は、2033年までに日本発コンテンツの海外売上を20兆円に拡大するという国家目標を背景に持っています。目標20兆円の出発点として、2023年時点の日本発コンテンツの海外売上は約5.8兆円です。10年間で約3倍に成長してきた実績はある。しかし政府は、現状のペースでは海外展開の構造問題を解決できないと判断しており、その最大の問題として挙げるのが「収益の回収率」です。映像・アニメ・出版は海外配給を外国企業のプラットフォームに依存しており、海外売上の手取りは1〜2割にとどまるとされています。
IP360はその構造を変えるための投資です。9つの支援メニューがあり、補助上限は個人・スタートアップ向けの1,000万円から大規模作品製作支援まで幅広く設定されています。全メニューで補助率は一律1/2です。noteが採択されたのはメニュー6「開発プラットフォーム構築支援」で、AI・XR・ブロックチェーンといった技術を使った制作基盤の構築を対象とし、補助上限は1億円です。
この文脈で読むと、今回のnoteの実証はIP360が想定する「制作現場の生産性向上」のひとつの回答として位置づけられます。ゲーム開発は特にコストと工数の問題が大きく、多くの物語IPがゲーム化に踏み出せない構造的なボトルネックになっています。国がこのボトルネックを「開発基盤の共有財産化」で解こうとしているとも言えます。
もう一つの軸は、noteという会社がどこへ向かっているかという問いです。noteは2014年にサービスを開始した投稿プラットフォームで、2025年11月時点で会員登録者数は1,114万人、公開コンテンツ数は約6,956万件に達しています。創作者の「場」を提供することが出発点でした。
しかし近年の動きを見ると、そのポジションは変化してきています。2025年11月にはNAVER Corporationから総額20億円の出資を受けて資本業務提携を締結し、Tales & Co.を通じたコンテンツ共同開発・海外展開を視野に入れた連携を開始しました。2026年3月にはKADOKAWAとも資本業務提携を結び、noteからの書籍化推進、IP創出・出版DXなど4領域での協業を開始しています。
今回のIP360採択による実証は、その延長線上にあります。プラットフォームとして「創作の場」を提供するだけでなく、Tales & Co.が主体となってIPを開発・制作・販売する側に踏み込む。「場」から「プレーヤー」への移行という方向性が、ここでも確認できます。
一方で、現時点で確認できることには限りがあります。プレスリリースが示しているのは「実証開始」であり、どのような成果指標で検証するのか、AIワークフローがどの工程でどの程度のコスト削減をもたらすのか、具体的なゲームタイトルが出るのかどうか、いずれも未公表です。
また、IPホルダーや出版社・制作会社との連携も「進めてまいります」という段階にあります。コンテンツ産業においてAIを活用した制作工程の効率化は、アニメや映像領域でも多くの企業が取り組んでいます。ゲーム分野でもアセット生成・シナリオ支援などのAI活用は進んでいますが、品質管理や権利処理の問題など、まだ解決されていない課題が残っています。noteとTales & Co.の実証がそこにどう切り込むのかは、今後の開示を待つ必要があります。
国策の文脈とnote自身のポジション変化という二つの力が重なったことで、今回の実証には「個社の実験」を超えた産業的な意味が生まれています。ただし、それが現実の成果につながるかどうかは、あくまでこれからです。
【用語解説】
IP(Intellectual Property/知的財産)
キャラクター・物語・世界観など、著作権等の権利によって保護される創作物の総称。コンテンツ産業では、同一のIPをゲーム・アニメ・グッズなど複数のメディアで展開する「メディアミックス」が収益最大化の定石となっている。
IP360(アイピー・サンロクマル)
正式名称は「令和7年度コンテンツ産業成長投資支援事業費補助金」。経済産業省が2033年までに日本発コンテンツの海外売上を20兆円にする国家目標の実現に向けて設置した補助制度。9つの支援メニューで構成され、補助率は一律1/2。「IP360」は「IPの360度展開」(1つのIPをアニメ・ゲーム・グッズまで多角的に展開する)に由来する。
メディアミックス
1つのIPを複数のメディア(小説・マンガ・アニメ・ゲーム・グッズなど)に展開することで、それぞれの媒体が相互に宣伝効果を持ち、IP全体の価値と収益を高める手法。
【参考リンク】
note株式会社 コーポレートサイト(外部)
「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」をミッションに、メディアプラットフォーム「note」を運営。東証グロース上場。Tales & Co.の親会社として、AI時代のコンテンツエコシステム構築に取り組む。
Tales & Co.株式会社 公式サイト(外部)
2024年5月設立のnote完全子会社。物語IPのエージェント・自社制作・受託開発を手がけ、物語投稿サイト「TALES」を運営。今回の実証の主体として、AIを活用したゲーム制作ワークフローを検証する。
経済産業省「コンテンツ産業支援メニュー(IP360)」(外部)
IP360の9つの支援メニューの概要・対象・補助率・公募情報を掲載する経済産業省の公式ページ。今回のnoteが採択されたメニュー6「開発プラットフォーム構築支援」の詳細も確認できる。
【参考記事】
コンテンツ産業成長投資支援事業 IP360説明資料|経済産業省(外部)
IP360の制度全体を解説する経済産業省の公式説明資料。9メニューの対象・補助率・審査基準・補助上限額を網羅。「2033年に海外売上20兆円」という国家目標の背景も記載されている。
エンタメ・クリエイティブ産業戦略(経済産業省、2025年6月)(外部)
コンテンツ産業の海外売上高20兆円に向けた5カ年アクションプランの全文。日本発コンテンツの海外売上が2023年で約5.8兆円(10年で約3倍)に達した現状と、政策的課題を詳細に分析している。
KADOKAWAとnoteの資本業務提携に関するお知らせ|KADOKAWA公式(2026年3月24日)(外部)
2026年3月24日発表のKADOKAWAとnoteの資本業務提携の公式リリース。IP創出・出版DX・AIデータ流通・ファンコミュニティの4領域での協業内容と、KADOKAWAによる約22億円の第三者割当増資の詳細を掲載。
noteとNAVER、AI時代の創作エコシステム構築で戦略的資本業務提携|Tales & Co.公式(2025年11月)(外部)
2025年11月のnote・NAVER間の資本業務提携の詳細。NAVERからの20億円出資、Tales & Co.とLINEマンガによる新作家・作品発掘プロジェクトの始動など、noteがグローバルなIP展開へ動き出した背景を確認できる。
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【編集部後記】
物語IPをゲームに変換するコストを下げることで、より多くの作品が「体験できるIP」になる可能性が開かれます。その意味では、今回の実証が目指す方向性は、クリエイターにとっても、IPホルダーにとっても、意義のある問いかけです。一方で、私たちが問いたいのは、その先にある問いです。効率化されたゲーム化が増える中で、作品の固有性や作者の意図はどこまで保たれるのか。AIが制作工程に入る範囲が広がるほど、その境界線は問われ続けるはずです。「制作コストを下げる」という目標と、「作品の質を守る」という目標が、実際の現場でどのように両立されるのか。実証の成果とともに、その問いへの向き合い方にも注目していきたいと思います。












