『トイ・ストーリー』ウッディの声、トム・ハンクス不在でもAIで継続可能に ―「怖い考えだ」が示すAI時代の論点

トム・ハンクスが『トイ・ストーリー5』でウッディ役に復帰しました。同作は全世界オープニング興行収入3億1200万ドル(約468億円/1ドル=150円換算)を記録し、シリーズ最高となっています。

31年続くシリーズだけに、すでに『トイ・ストーリー6』を求める声が上がっていますが、ハンクスはEntertainment Weeklyに対し、続編は内容が伴わなければ作る理由はないと述べました。一方で、長年にわたって蓄積されたウッディの録音素材を使えば、将来的にAIで本人の参加なしにウッディの声を再現できる可能性があるとハンクスは示唆しました。ただし実際の利用には、契約・同意・権利処理の課題が残ります。ハンクスと共演者ティム・アレンは、ともにこれを「怖い考えだ」と認めました。彼は2023年の「The Adam Buxton Podcast」でも、AIやディープフェイク技術により死が俳優のキャリアの終わりではなくなりうると語っており、これは芸術上および法律上の課題だとしています。

From: 文献リンクTom Hanks Says Disney Could Use AI to Recreate Woody’s Voice for ‘Toy Story 6’ and Beyond If He Doesn’t Return: ‘It’s a Scary Thought’

【編集部解説】

このニュースの面白さは、本人が「自分はもう要らないかもしれない」と認めてしまった点にあります。スターが続編出演の条件を語ること自体は珍しくありません。けれども今回ハンクス(69歳)が触れたのは、出演交渉の駆け引きではなく、「自分が降りても作品は続けられる」という技術的な可能性でした。

仕組みはシンプルです。ウッディの声には、31年にわたる出演・収録の蓄積があります。こうした過去音声素材をもとにすれば、生成AIはハンクスが一度も発していない新しいセリフを、彼の声色で合成できる可能性があります。技術的には、俳優を録音ブースに呼ばずに音声を生成することも可能になっています。ただし実際の商用利用には、本人の同意、契約、対価、労使協約などの権利処理が不可欠です。これは「過去の声を切り貼りする」レベルではなく、「声という人格を関数化して再生成する」段階に入ったということです。

影響範囲は声優業界にとどまりません。デジタル複製の論点は、すでに俳優の容姿、ミュージシャンの歌声、そして「故人の再演」にまで広がっています。実際、2025年にはSAG-AFTRAが、故ジェームズ・アール・ジョーンズのAI音声をめぐり、不当労働行為を申し立てました。同団体は、亡くなった実演家の声を交渉なく複製することは、組合員の権利侵害であると同時に、生きている人間の俳優の仕事を奪うと主張しています。ハンクスの「死は終わりではない」という言葉は、比喩ではなく現実の係争点なのです。

ポジティブに捉えれば、可能性は確かに広がります。ハンクス自身、AIやディープフェイクによって誰もが好きな年齢の自分を再現できる時代になったと語っています。過酷な収録の負担を減らし、シリーズの一貫性を保ち、俳優の表現を時間の制約から解放する。そうした活用は、本人の合意と適切な対価があれば、創作の新しい道具になりえます

問題は「合意と対価」が制度として担保されるかどうかです。リスクは大きく二つあります。ひとつは、本人や遺族の意思に反して声が使われること。もうひとつは、合成と本物の区別が観客につかなくなることです。ハンクスはこれを芸術上の挑戦であると同時に法律上の課題だと表現しましたが、この二面性こそ事態の核心といえます。

規制も急速に動いています。2026年5月には、声と肖像に連邦レベルの知的財産権を新設する「NO FAKES Act」が米上下院に再提出されました。賛同者にはGoogle/YouTube、OpenAI、全米映画協会などが名を連ねています。そして2026年6月、SAG-AFTRAは人間の実演を保護し、合成物の使用をさらに制限する新たな映画・テレビ協約を批准しています。奇しくもハンクスの発言と同じ月に、業界はガードレールを一段引き上げたわけです。

ここで日本の読者に立ち止まってほしいのは、これが「ハリウッドの話」では済まないという点です。日本では、肖像や氏名については人格権・パブリシティ権による保護が一定程度認められる一方、声そのものや死後のデジタル複製を包括的・明文的に保護する制度はなお整備途上です。声優文化が世界的に厚い日本でこそ、本人の同意と報酬、そして「これはAIです」と明示する透明性をどう設計するかが、近い将来の課題として迫ってきます。

長期的に見れば、私たちは「演技とは誰のものか」という問いの入り口に立っています。声優の引退や逝去がキャラクターの終わりを意味しなくなったとき、私たちはその声を聴いて、何を本物と呼ぶのか。ピクサーは『トイ・ストーリー6』をまだ正式発表していませんが、ハンクスの「怖い考えだ」というつぶやきは、エンタメ史が静かに次の章へ進んだことを告げる鐘の音のように聞こえます。

なお本文中で用いた数値(興収3億1200万ドル〈約468億円〉、製作費〈一部報道で2億5000万ドル=約375億円とされる〉ほか/1ドル=150円換算)は、後の【参考記事】で出典とともに整理しています。

【用語解説】

生成AI(ジェネレーティブAI)
大量のデータからパターンを学習し、文章・画像・音声などの新しいコンテンツを生み出すAIの総称。今回問題となる「録音音声から新しいセリフを作る」技術は、音声生成AIにあたる。

ディープフェイク
「ディープラーニング(深層学習)」と「フェイク(偽物)」を掛け合わせた造語。実在の人物の顔や声を、本人が話していない内容に合成する技術を指す。精巧になるほど本物との区別が難しくなる。

デジタル複製(デジタルレプリカ)
俳優の声や容姿をAIで再現し、本人の代わりに使う電子的な再現物のこと。SAG-AFTRAの協約では、本人の同意と対価を必要とする規制対象として明確に定義されている。

パブリシティ権(肖像権の一種)
氏名・声・容姿など、個人の同一性を持つ要素を商業的に利用する権利。米国では州ごとに規定が異なり、故人の権利(死後のパブリシティ権)の扱いも一様でないことが、AI時代の課題となっている。

NO FAKES Act(ノー・フェイクス法案)
本人の同意なきAIによる声・肖像の複製を禁じ、声と肖像に連邦レベルの知的財産権を新設しようとする米国の法案。2026年5月に上下院へ再提出された。

Lilypad(リリーパッド)
『トイ・ストーリー5』に登場する、カエル型のタブレット端末の新キャラクター。グレタ・リーが声を担当する。「おもちゃ対テクノロジー」という同作のテーマを象徴する存在。

【参考リンク】

The Walt Disney Company(公式・作品ページ)(外部)
『トイ・ストーリー5』公式作品ページ。あらすじ、声優陣、公開情報を掲載する一次情報。

Pixar Animation Studios(公式)(外部)
製作元ピクサーの公式サイト。キャラクター設定や制作意図など作品づくりの考え方を詳述。

SAG-AFTRA「Artificial Intelligence」(公式)(外部)
俳優組合のAI方針ページ。デジタル複製規制や法案動向を当事者の一次情報で追える。

Entertainment Weekly(公式)(外部)
ハンクスの今回の発言の元インタビューを掲載した米エンタメ誌。映画・テレビの一次メディア。

The Adam Buxton Podcast(公式)(外部)
ハンクスが2023年にAIと俳優のキャリアを語ったポッドキャストの公式サイト。元音源にあたれる。

【参考動画】

【参考記事】

‘Scary thought’: Tom Hanks warns Disney could use AI to voice Woody(The Statesman)(外部)
製作費・北米興収・監督などの数値と制作情報を補足。本件の数値検証に用いた記事。

Tom Hanks claims Disney could use AI for Woody’s voice in Toy Story 6(Castanet.net)(外部)
ハンクスが69歳であることや収録時の心境を伝える記事。年齢と文脈の裏取りに用いた。

Tom Hanks Reveals How Disney Could Replace Him In ‘Toy Story 6’ & Beyond(MovieWeb)(外部)
『トイ・ストーリー6』未発表の事実や続編の方向性、復帰条件を分析した記事。

SAG-AFTRA A.I. Bargaining And Policy Work Timeline(SAG-AFTRA公式)(外部)
NO FAKES Act再提出や新協約批准など規制の時系列を一次情報で確認した資料。

AI & Deepfake Contracts: Legal Protection for Actors and Producers(Rodriques Law)(外部)
故人の声の複製やヨハンソンの件など、デジタル複製の係争事例を整理した解説。

【関連記事】

ディズニー×OpenAI提携、元アニメーターが語る「魂なきAI」と「避けられない未来」の狭間
ディズニーのAI活用とウッディ/トム・ハンクスの声に触れた記事。本件の前提となる文脈を補える。

Music×Tech #08「Heart on My Sleeve」——AIは誰の声で歌うのか
本人の同意なきAI音声と、合意ある「故人の声」の再現を対比した論考。声の権利を深掘りできる。

スカーレット・ヨハンソン、OpenAIに声の無断使用で法的措置へ
俳優の声の無断使用をめぐる代表的な係争。本記事の法的論点を具体例で補強できる。

【編集部後記】

『トイ・ストーリー』は本来、「持ち主に遊ばれなくなったおもちゃはどうなるのか」という喪失と継承の物語でした。その主役の声が、本人の不在後も生成され続けるかもしれない――。

作品のテーマと現実が重なってしまったことに、編集部としては不思議な感慨を覚えます。技術そのものに善悪はありません。だからこそ、誰の同意のもとで、誰の利益のために使うのか。その設計図を描く責任は、いまを生きる私たちにあります。

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山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。