新しいポケモンカードが出るたびに「また買えなかった」という声が飛び交い、店には長い列、ネットには定価の何倍もの値札が並ぶ。そんな光景は、もはや珍しくなくなりました。カードを守るために店が襲われる事件まで起きるなか、任天堂の社長が公の場でこの問題に触れ、その対策のひとつとして「マイナンバーカードで本人確認をする」という、少し意外な一手が語られました。カードゲームの話のはずが、気づけば国のデジタルIDが登場する。この記事では、そこで何が起きようとしているのかを、ゆっくりほどいていきます。
任天堂社長の古川俊太郎は、株主総会でポケモンカードゲームの投機目的の買い占めと高額転売について問われ、そうした行為を認識していると回答した。
株式会社ポケモンは対策として受注販売やマーケットプレイス運営会社との協定締結を進めており、一部商品のオンライン優先抽選ではマイナンバーカードを用いたアカウント認証を活用する予定だという。
ポケモンカードは累計850億枚超が生産され、2025年3月末からの1年間(2025年度相当)で約100億枚が増加した。1996年からの累計は2022年3月末時点で430億枚超だった。30周年関連商品は2026年9月以降に順次発売が予定されている。5月には米フロリダ州で約1万2000ドル相当のカードを盗んだ疑いで男が逮捕された。
【編集部解説】
まず、この記事を正確に読むうえで外せない前提を整理します。IGN の見出しは「任天堂社長が対策を語った」という構図ですが、カードの製造・販売・転売対策を実際に担っているのは、任天堂の持分法適用会社である株式会社ポケモン(通称・株ポケ)です。任天堂は資本関係を通じて関与する立場であり、施策の主語はあくまで株ポケにある、という点をまず押さえておきたいところです。
そのうえで、innovaTopia が注目したいのは「対策を講じる」という言葉の中身です。古川社長が挙げた施策は、大きく三つに整理できます。受注販売の導入、マーケットプレイス運営会社との協定、そしてマイナンバーカードによる本人確認です。この三つは、転売という現象を異なる角度から抑え込もうとする、それぞれ性質の違う打ち手になっています。
一つ目の受注販売(メイド・トゥ・オーダー)は、供給側の発想です。欲しい人が確実に注文できる仕組みが成立すれば、「品薄」という前提そのものが崩れ、転売ヤーが利ざやを取る余地は理論上小さくなります。希少性を人為的に薄めることで投機を成立させにくくする、という考え方です(効果は状況次第で、公式が保証したものではありません)。
二つ目の協定は、流通の出口に働きかける施策です。ここで名前が挙がる代表例は、日本ではメルカリです。株ポケとメルカリは2023年に包括的な連携協定(覚書)を結んでおり、発売情報の事前共有や、模倣品・権利侵害品への対応などで連携しています。なお任天堂の説明自体は「マーケットプレイスの運営会社」という一般的な表現であり、相手をメルカリのみに限定しているわけではありません。買い占めた後に売る「場」に働きかけるアプローチだと理解すると分かりやすいでしょう。
そして三つ目、最も技術的に興味深いのがマイナンバーカードを用いた本人確認です。スマートフォンでカードのICチップを読み取り、会員制サイト「プレイヤーズクラブ」のアカウントと紐付けることで、一人が大量のアカウントを使って抽選に応募する行為を抑えます。国内のポケモンセンターオンラインの一部商品や国内公式大会などを対象に、2026年8月頃の開始を視野に検討が進められています。ここで使われるのはカード内の電子証明書であり、マイナンバー(12桁の番号)そのものは取得・保存しないと明言されている点も見逃せません。30周年記念関連商品の初回抽選では、当選数の多くを本人確認済みのユーザーに割り当てる方針も示されています(未認証でも応募は可能とされています)。
この三つ目が示すのは、実は「ボット対策」にも通じる現代的なテーマです。人気商品の争奪は、人間が店頭に並ぶ世界から、自動購入プログラムが抽選や在庫を瞬時に奪い合う世界へと広がってきました。同種の問題は、一般論としてスニーカー、ライブチケット、GPU、ゲーム機のドロップ販売でも語られてきた構図です。株ポケの一手が際立つのは、その対抗策として国家発行のデジタルIDを持ち出した点にあります。民間による公的個人認証の利用自体はすでに広く存在しますが、玩具・ゲームの抽選販売対策に応用するのは特徴的な事例だといえます。
もっとも、供給を増やせば解決する、という単純な話でないことも今回のデータは示しています。ポケモンカードは累計850億枚超に達し、直近4年間だけでそれ以前の全生産量に匹敵する枚数が刷られました。半分近いカードがこの数年に集中している計算です。それでも一部商品で入手困難が続くという事実は、需要の一部が「遊ぶため」だけでなく「値上がりを見込んだ資産」としても動いている可能性を示唆します。供給を増やしても埋まりにくい需要の背後には、コレクティブルの金融商品化という根の深い現象が見え隠れします(投機目的の買い占めは公式も認識していますが、需要に占める割合を示す定量データは確認できていません)。
供給面では、印刷を担うミレニアム・プリント・グループが、既存施設を含めて約127万平方フィート(約11.8万平方メートル)規模のキャンパスを整備中です。新設される先端製造施設は約86.6万平方フィートで、2028年後半の本格稼働が予定されています。生産能力の拡大は見込まれるものの、具体的な倍率までは一次情報で確認できていません。いずれにせよ本格稼働はまだ先で、それまでは構造的な品薄が続くという前提で、需要側の抑制策が先行しているのが現状だといえるでしょう。
一方で、リスクや限界も冷静に見ておく必要があります。本人確認の対象は日本国内のポケモンセンターオンラインなどに限られ、eBay を舞台とする海外の転売までは届きません。日本のマイナンバーカードを通常は持てない海外ファンが対象外になりうる点、購入体験に摩擦が増える点も課題として残ります(マイナンバーカードは子どもも申請可能なため、未成年が一律に排除されるわけではありませんが、利用条件の詳細は今後の運用次第です)。そもそも、いったん正規に売られた商品の再販そのものを法的に止める手立ては原則としてなく(いわゆる消尽・ファーストセールの原則。ただし偽造品・改造品や古物営業法など別の規制は及びえます)、企業にできるのは「入手の入口を厳しくする」ことが中心になります。
長期的に見れば、今回の動きは「ドロップ販売に本人確認を組み込む」という手法が、玩具やコレクティブルの分野で広がっていくかどうかの試金石になりえます。これは将来を見通すための論点であって確定した予測ではありませんが、人気商品を公平に届けるためにデジタルIDを使う流れは、利便性と包摂性、プライバシーのあいだで新たな設計問題を突きつけます。ポケモンカードという身近な題材は、「限られたモノをどう分配するか」という古くて新しい問いに、テクノロジーでどう答えるのかを考える格好の入口になるはずです。
【用語解説】
持分法適用会社
議決権の20〜50%程度を保有するなど、親会社が重要な影響力を持つ関連会社を指す。任天堂にとって株式会社ポケモンはこれにあたり、連結子会社ほど強い支配下にはない。ゆえに施策の実行主体は株ポケであり、任天堂は関与・協議する立場にとどまる。
受注販売(メイド・トゥ・オーダー)
注文を受けてから生産・供給する方式。在庫の奪い合いを前提とする「数量限定・早い者勝ち」の逆の発想であり、確実に買える状態をつくることで希少性を薄め、転売の利ざやを取りにくくすることを狙う。
転売ヤー/スキャルピング(scalping)
人気商品を買い占め、需給の逼迫を利用して高値で再販し利益を得る行為・人を指す俗称。もともとはチケットの高額転売を指す英語に由来する。
ボット(自動購入プログラム)
抽選応募やオンライン購入を自動・高速で実行するソフトウェア。一人で大量のアカウントや注文を操作でき、人間の購入者を出し抜くため、近年の品薄・転売問題の技術的な温床の一つとされている。
電子証明書による本人確認
マイナンバーカードのICチップに搭載された「利用者証明用電子証明書」などを読み取り、本人であることを確認する仕組み。マイナンバー(12桁の番号)そのものは使わず取得もしないため、番号の漏えいとは切り離して認証できる点が特徴だ。国内のポケモンセンターオンラインの一部商品などを対象に、2026年8月頃の開始を視野に検討が進められている。
消尽(ファーストセール)の原則
正規に販売された商品は、その後の再販を著作権者・商標権者が原則として止められない、という法理。企業が「転売そのもの」を直接禁じにくい法的背景であり、対策が「入手の入口」に集中する理由でもある。ただし偽造品・改造品や古物営業法など、別の規制が及ぶ場合はある。
コレクティブルの金融商品化
トレーディングカードやスニーカーなどの収集品が、「遊ぶ・愛でる」対象を超えて値上がり益を見込む投資対象として扱われる現象。需要が実需と切り離され、供給を増やしても品薄が解消しにくくなる一因となる。
プレイヤーズクラブ
株式会社ポケモンが運営する、ポケモンカードゲームの会員制サイト。今回の本人確認は、このアカウントとマイナンバーカードを紐付ける形で運用される予定だ。
【参考リンク】
任天堂 IR情報(外部)
任天堂公式のIRサイト。決算資料や株主総会の質疑応答を掲載し、古川社長の発言原文もここで確認できる。
ポケモンカードゲーム 公式サイト(外部)
株式会社ポケモンが運営する公式サイト。新商品や抽選販売、注意喚起などの一次情報が発信される。
株式会社ポケモン(外部)
ポケモンブランドの企画・管理を担う事業会社の公式サイト。会社概要や各種の公式リリースを掲載している。
ポケモンセンターオンライン(外部)
ポケモン公式通販サイト。マイナンバー本人確認は、まずここの一部商品の抽選・販売などが対象となる見込みだ。
メルカリ(外部)
株式会社ポケモンと連携協定を結ぶフリマアプリ。発売情報の共有や高額出品・権利侵害品への対応で連携している。
Millennium Print Group(外部)
ポケモン社傘下でカード印刷を担う米ノースカロライナの企業。生産能力増強へ新工場を整備している。
マイナンバーカード総合サイト(外部)
マイナンバーカードの機能や電子証明書を解説する公的な情報サイト。本人確認の技術背景を理解する助けになる。
eBay(外部)
世界最大級のオンラインオークション・通販サイト。海外のポケモンカード高額転売の主要な舞台として登場する。
【参考記事】
Pokemon TCG Printed 10 Billion Cards in 2025 as Overwhelming Demand Outpaced Production Capacity(外部)
2025年度に約100億枚を印刷し累計850億枚超に到達と報道。2022年に432億枚超など年次推移も詳しく、生産量の歴史的文脈を把握できる。
The Pokémon Company is Making SO Much Money(外部)
ポケモン社の純利益が約1200億円(前年比70.7%増)と報道。ドル換算は約7億5400万ドル(1ドル159円換算)と併記されている。
10 Billion Pokémon Cards – and Still a Shortage(外部)
印刷担当の新工場計画や生産の見通しを分析。全カードの約半分が直近4年に集中した経緯も整理している。
Nintendo addresses Pokemon TCG scalping(外部)
古川社長の発言(英訳)を全文掲載。受注販売・協定・マイナンバー認証の三対策が明示され、引用照合の確認先とした。
10 Billion Pokémon Cards Got Printed And It Still Wasn’t Enough(外部)
2021年に341億枚だった累計がこの5年で倍以上に。供給を増やしても需要に追いつかない構造を平易にまとめている。
Millennium Print Group Officially Confirms Massive New Printing Campus(外部)
新工場キャンパスをミレニアム社が正式確認と報道。約86.6万平方フィートを新設し2028年後半に本格稼働予定とする。
【編集部後記】
正直に言うと、最初にこのニュースを見たときの感想は「カードを買うのに、マイナンバーカードまで要るのか」という戸惑いでした。欲しいものを買う、ただそれだけのことに、これほど厳重な手続きが挟まる時代になったのかと。けれど調べていくうちに、その戸惑いの裏側には、私たちがまだ答えを出せていない問いが横たわっていることが見えてきました。
限られた数しかないものを、誰の手に届けるのが「公平」なのか。早い者勝ちでいいのか、抽選がいいのか、それとも「本当に遊びたい人」を見分けるべきなのか。ボットが人間を出し抜く世界では、そもそも「本当に人間が並んでいる」ことすら証明が必要になってしまいました。本人確認は、その証明のための重い切り札です。便利さと引き換えに手間が増え、公平さと引き換えにプライバシーの一部を差し出す。その天秤は、カードだけの話では終わらないはずです。
同じ構図は、チケットにも、スニーカーにも、人気のガジェットにもあります。「欲しい人に、ちゃんと届く」を実現しようとするほど、仕組みは複雑になり、参加のハードルは上がっていく。そのどこかに、置いてけぼりにされる人はいないだろうか。海外のファンや、カードを持たない子どもたちのことを思うと、これは技術で殴り合う話ではなく、線をどこに引くかという話なのだと感じます。
だからこの一件を、「転売ヤーが悪い、対策は当然」で片付けてしまうのは少しもったいない気がしています。むしろ、私たちがこれから何度も向き合うことになる「限られたものの分け方」の、最初の練習問題のようなものなのかもしれません。みなさんは、どこまでの手間なら受け入れられますか。もし何か思うところがあれば、その感覚をぜひ聞かせてください。ここから先は、一緒に考えていきたいテーマです。












