Third Door、CPUだけで動く日本語音声認識エンジンを開発|文字誤り率1.86%

[最終更新]

Googleで優先するソースとして追加するボタン

電話の一次応対をAIに任せる構成では、同時通話が増えるほど、それに応じたGPUの処理能力を確保する必要があります。Third Doorが公開したのは、3.15億パラメータでCPUだけで動く日本語音声認識エンジンです。Whisper large-v3の約5分の1の規模になります。


合同会社Third Doorは2026年8月10日、GPUを使わずCPUのみで動作する日本語音声認識エンジンを開発したと発表した。

公開データJSUT basic5000の全量5,000発話を用いた比較で文字誤り率1.86%を記録し、Whisper large-v3の3.15%、Google Speech-to-Textの3.29%を下回った。完全一致率は73.4%で、比較対象を10ポイント以上上回る。

パラメータ数はWhisper large-v3の約5分の1で、Apple M4搭載ノートPCのCPU上で実時間の約13倍速で動作する。英語ではLibriSpeech test-cleanの全量評価で単語誤り率1.91%、CPU動作版は2.24%だった。ブラウザで試せるデモも公開した。

From: 文献リンクCPUだけで動く日本語音声認識エンジンを開発、認識精度でWhisper large-v3・Google STTを大きく上回る

【編集部解説】

近年の高精度な音声認識は、大きなモデルをGPUで動かす構成が代表例でした。OpenAIが公式モデルカードで1550M、約15.5億と示すWhisper largeは、その典型です。

けれど、この構成が組みにくい場所があります。電話の一次応対をAIに任せるなら、同時通話の数に応じてGPUの処理能力を確保しなければならず、回線を増やすほど負担が重くなります。セキュリティや運用上の理由から、音声の外部送信を避けたい現場もあります。そうした条件のもとでは、高精度な音声認識という選択肢そのものが取りにくくなります。

今回Third Doorが示したのは、その前提を組み替える道です。Whisper large-v3の約5分の1にあたる3.15億パラメータで、Apple M4を搭載したノートPCのCPUだけで実時間の約13倍速。そのうえでJSUT basic5000の全量5,000発話を、同じ正解ラベルと同じ正規化処理で採点した同社の比較で、文字誤り率1.86%を記録しています。少なくともこの評価では、モデルを小さくしたぶん精度が落ちる、という結果になっていません。

ここで一つ、数字の読み方を添えておきます。JSUT basic5000は、無響室で単一の女性話者が読み上げた音声を集めたコーパスで、もともと音声合成の研究向けに東京大学の研究室が2017年に公開したものです。つまり1.86%という値は、無響室での単一話者の読み上げという条件で収録された音声に対するものです。加えて、正解には読み仮名のデータが使われています。漢字かな交じりの文を正解とする一般的な公開評価とは採点の系が違うため、他所で公表されているWhisperの数値と直接並べることはできません。3システムに同じ処理を通して比べているところに、この評価の意味があります。

技術の流れとしては、順当な位置にある発表でもあります。NVIDIAのParakeet-TDT-0.6B-v2が6億パラメータで英語の高精度を示し、ReazonSpeechプロジェクトやkotoba-whisperが日本語のコーパスとモデルを積み上げてきました。「大きく作って何でもこなす」から「小さく作って狙いを絞る」への揺り戻しが、日本語で実用の域に届きはじめている。今回はその一例と言えます。

そして、これを出したのが2023年12月設立の合同会社であることも、日本の読者にとっては意味を持ちます。基盤モデルの開発が国家規模の計算資源の話になっていく一方で、用途を絞ったモデル開発では、大規模な汎用基盤モデルとは異なる競争軸が生まれます。AIの主権をめぐる議論は大型データセンターに集まりがちですが、音声という入口の部分では、もっと小さな単位での動きがあり得ることを示しています。

同社はこのエンジンをAI電話応対システムに組み込んで提供していく方針で、英語版デモの公開と対応言語の拡充も予定しています。認識の手ごたえを、ブラウザで自分の声を通して確かめられる形にしてから出してきたところに、この会社の構えが表れているように思います。使う側にとっても、そこが最初の判断材料になるはずです。

【関連記事】

GPT-Transcribe登場、OpenAIが文字起こしをライブと収録で分ける設計へ
比較対象の選び方に発表の重心が表れるという視点から、OpenAIが新たに追加した文字起こしモデル2種を読み解いた記事である。

さくらインターネット、音声合成(TTS)APIを追加──VOICEVOX採用で国内完結型の音声AIパイプラインを実現
音声入力、会話生成、音声合成という3つの処理が国内のインフラで完結する意味を、さくらインターネットの発表から論じた記事。

NVIDIA、60分の音声を1秒で文字起こし!完全オープンソースのAIモデル「Parakeet-TDT-0.6B-v2」を公開
6億パラメータで英語音声認識の高い精度を示したNVIDIAのモデル。小さく作って狙いを絞る同型の主張を扱った記事である。

【編集部後記】

一番効く数字は、リリースではなく自社サイトの製品ページに置かれていました。RTF 0.078、パラメータ3.15億。この二つはプレスリリース本文には出てきません。

エンジニアが導入の可否を判断するとき最初に見る値が、報道向けの文書ではなく製品の紹介カードに書かれています。書き分けとしては正しいのだと思います。ただ、この会社の技術的な芯を知りたければ、リリースより先に公式サイトを開いたほうが早い順番になっているのは、少し面白いところです。


【用語解説】

文字誤り率(CER)
Character Error Rateの略。認識結果が正解と何文字ずれているかを示す指標で、日本語の評価に用いられる。値が小さいほど正確である。

単語誤り率(WER)
Word Error Rateの略。単語単位で誤りを測る指標で、英語の評価に用いられる。

JSUT basic5000
東京大学の研究室が2017年に公開した日本語音声コーパスの一部。無響室で単一の女性話者が読み上げた音声で構成され、常用漢字の音読み・訓読みを網羅する5,000文が収められている。音声合成の研究向けに設計された経緯を持つ。

完全一致率
認識結果が正解ラベルと1文字も違わなかった発話の割合。同社の評価では記号・句読点を除去し、表記ゆれを正規化したうえで判定している。CERが全体の誤り量を示すのに対し、こちらは誤りがまったくない発話の多さを示す。

パラメータ数
モデルの規模を表す数値。一般に大きいほど表現力が高い一方、動作に必要な計算資源も増える。

Whisper large-v3
OpenAIが2023年11月に公開した多言語音声認識モデル。公式モデルカードに示されたlargeのパラメータ数は1550M(約15.5億)で、音声認識の比較基準として広く用いられている。

【参考リンク】

合同会社 Third Door(外部)
LLM、ベクターデータベース、AI会話システムを手がける開発会社。今回の音声認識エンジンの仕様や他製品の情報もこのサイトに掲載されている。

日本語音声認識デモ|合同会社 Third Door(外部)
開発した日本語音声認識エンジンのリアルタイムデモ。マイクに話しかけると、その場で認識結果が画面に表示される仕組みになっている。

JSUT(東京大学 猿渡・高道研究室)(外部)
東京大学の研究室が2017年に公開した日本語音声コーパスの配布ページ。今回の評価に使われたbasic5000も含まれる。

Speech-to-Text Chirp 3|Google Cloud(外部)
Googleの最新世代の音声認識モデルChirp 3の公式ドキュメント。Speech-to-Text API v2で提供される。

【参考記事】

kotoba-tech/kotoba-whisper-v2.0(外部)
日本語に特化した軽量音声認識モデル。同じJSUT basic5000でWhisper large-v3のCERを7.1%と報告する。

Cloud Speech-to-Text 精度検証:最新モデル「Chirp3」の実力に迫る(外部)
GoogleのChirp 3を実際に検証した記事。2025年10月13日に一般提供が始まった経緯や、日本語音声での精度にも触れている。

【2026年最新】日本語音声認識(ASR / STT)モデル比較:Whisper・Qwen3・Cohere・Graniteをベンチマーク(外部)
Whisper、Qwen3-ASR、ReazonSpeechなど8モデルを同条件で比較。日本語のWER計算の設計も扱う。

日本語TTSのためのデータセット選び(外部)
日本語の音声合成向けデータセットの解説記事。JSUTが単一の女性話者による約10時間、48kHzの収録である点を説明している。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

関連記事