3週間前に書いた価格が、もう古くなりました。Gemini 3.7 Flashの登場で、前世代の3.6 Flashも同じ単価に下がったからです。ただ、今回いちばん読み応えがあるのは値段の話ではありません。Googleが公開した比較表には、競合に負けた行も、前世代に及ばなかった行も、同じように並んでいます。
Googleは2026年8月13日(日本時間14日)、「Gemini 3.7 Flash」を一般提供した。3.6 Flashの約3週間後の投入で、同モデルをベースとする。FrontierCode 1.1 Mainは43.6%(3.6 Flashは34.4%)、DeepSWE v1.1は65.3%(同48.6%)、WebDev ArenaのEloは1588(同1538)だった。価格は100万トークンあたり入力0.75ドル、出力3.75ドルで、2026年12月31日まで。
2027年1月1日から入力1.50ドル、出力7.50ドルとなる。この価格は3.6 Flashにも適用される。160か国以上のGoogle AI Pro/Ultra加入者向けGemini Sparkにも同日採用された。
From:
Introducing Gemini 3.7 Flash
【編集部解説】
3週間前、この場所でGemini 3.6 Flashの価格を「入力100万トークンあたり1.50ドル、出力7.50ドル」と書きました。その数字は、8月13日をもって現行のものではなくなりました。3.7 Flashの導入価格である入力0.75ドル・出力3.75ドルが、3.6 Flashにも適用されたからです。モデルの世代交代よりも、価格表の書き換えのほうが速い。今回いちばん実務に効くのは、この一点だと思います。
ただし「半額」という言い方には、比較の相手が省略されています。半分になったのは3.6 Flashの当初価格に対してであって、今日の3.6 Flashに対してではありません。両モデルは現在、同じ単価です。そしてこの価格は2026年12月31日で終わり、2027年1月1日から入力1.50ドル・出力7.50ドルに戻ります。年内の検証コストと、年明け以降の運用コストは、分けて見積もっておく必要があります。
性能については、Googleが公開したモデルカードに、3.7 Flashを含む5モデルの比較表が載っています。価格の2行を除いた性能20行のうち、3.7 Flashが最高値を取ったのは9行です。GPT-5.6 Terraが7行、Claude Sonnet 5とMuse Spark 1.2がそれぞれ2行。総合指標のArtificial Analysis Intelligence Indexは、TerraとMuse Spark 1.2が57で同率首位です。
そしてもう1行、前世代の3.6 Flash自身が最高値を保っている行があります。複雑なチャートの読解を測るCharXiv Reasoningの「ツールあり」条件で、3.6 Flashの89.4%に対し、3.7 Flashは88.7%。ツールなしでも85.2%から84.5%へ、わずかに下がっています。
注目したいのは、これらがいずれもGoogle自身の資料に載っていることです。競合に負けた行も、前世代に及ばなかった行も、同じ表の中に並んでいます。伸びた5指標を強調するブログと、20行の比較表を含むモデルカードを、同じ日に両方公開する。モデル発表の作法として、これはかなり誠実な部類だと受け止めています。
さらに踏み込むと、モデルカードからは評価方法の資料も参照できます。指標ごと、そしてモデルごとに、数値の取得元と自己計測かどうかが書かれたPDFです。FrontierCode 1.1、Code Arena(Web開発)、AutomationBenchは、公式の公開リーダーボード由来。一方、GDP.pdfではGeminiの各モデルとClaude Sonnet 5が、CharXiv ReasoningではGeminiの各モデルとGPT-5.6 Terraが自己計測で、長文脈のGDM-MRCRも自己計測だと明記されています。同じ1行の中に、自己計測と外部リーダーボード由来が混在しているわけです。
とくに読み方に注意がいるのがDeepSWE v1.1です。この資料によれば、モデルカードに載る3.6 Flashの48.6%はDatacurveの公開リーダーボード(high thinking)から引いたもので、3.7 Flashの65.3%はGoogleがmini-swe-agentとLiteLLM 1.96を使って自己計測した値です。なおGoogleは、3.6 Flashのモデルカードと今回の発表ブログでは、この値を49%/49.0%と書いています。48.6%を整数に丸めた値とは数値上整合しますが、その関係は明記されていません。
伸びを疑う話ではありません。ただ、表に並んだ2つの数字は、取得元が同じではない。3.6 Flashは第三者の公開リーダーボード由来、3.7 FlashはGoogleによる自己計測です。それを発表者自身が評価方法資料に書いている、という話です。
自社に有利な数字を並べるだけなら、この資料は出さずに済みます。出したうえで、どの数値が自己計測かを書く。ベンチマーク競争が過熱するほど、この一手間の価値は上がっていくはずです。8月11日にKimi K3が評価環境の抜け穴を突いた件を扱いましたが、測る側のインフラが問われる場面はこれからも続きます。読む側としては、スコアの隣に「誰が測ったか」を置く癖をつけておくと、判断を誤りにくくなります。
では、この改善は何として現れるのか。Googleが挙げたデモには、3.7 FlashとNano Bananaを組み合わせてテキストから遊べる3Dゲームを生成する例、静的なPDFの年次報告書をライブチャート付きのWeb体験へ変換する例、3.7 Flashが複数のサブエージェントを束ね、Gemini Omniも使って一度でランディングページを生成する例があります。いずれも「文章を書く」だけではなく、「動くものを組み立てる」側の仕事にあたります。
早期に使った企業のコメントも公開されています。法務AIのHarveyはLegal Agent Benchのall-passが3.6 Flash比で2.6ポイント上がったとし、金融調査のHebbiaは根拠づけの性能が上位クラスに並び、精度は明確に高かったと述べています。Pydantic AIが挙げたのは、動画をモデルと共有するマルチモーダルなエージェントが、自然かつ大幅に効率的になった点でした。総合点より、こうした職種ごとの手触りのほうが、導入判断には近いはずです。
数字よりも実務に効くのは、Googleが「開発者体験」として説明している部分かもしれません。行き詰まったときの立て直し、意図が曖昧なときの確認、指示への忠実さ。いずれもベンチマークの点数にはなりにくい性質ですが、エージェントを本番で回している人にとっては、リトライの回数がそのままコストです。手戻りが減ることの価値は、単価表よりも大きく効く場面があります。
移行の際に一か所だけ、手元のコードを見ておくとよい箇所があります。3.7 Flashでは思考レベルのMINIMALが使えず、指定するとAPIがエラーを返します。使えるのはLOW、MEDIUM(既定)、HIGHの3つです。軽量モデルでminimalを既定にしていた処理をそのまま切り替えると、ここで止まります。
そして今回の発表は、APIを触らない読者にも関係があります。Geminiアプリで24時間動くエージェント「Spark」が、発表日から3.7 Flashを使うようになります。Sparkは7月に日本語を含む対応言語・地域を広げ、その後Google AI Proにも対象を拡大しました。日本は現在の対応国に含まれ、Google AI Pro/Ultra加入者が対象です。
Googleは、この更新でGoogle Workspaceのツール利用が改善し、複雑な複数スキルのワークフローで精度と出力品質が向上したと説明しています。ファイルの集約、メールの下書き、進捗ドキュメントの更新は、より効率的に行える例として挙げられています。
日本のGoogle AI Pro/Ultra加入者も、モデルの発表と同時に更新の対象になる。Spark自体は5月に米国で始まり、7月に日本を含む地域・言語へ広がりました。その積み重ねの結果として、今回は時差がありません。地味な事実ですが、日本から技術を追う側にとっては、けっこう大きな変化だと感じます。
安全性の評価結果も同時に公開されています。Frontier Safety Framework(2026年4月版)に基づく評価で、3.7 Flashは追跡対象・重要能力水準のいずれにも到達しませんでした。ただしCBRNとサイバーセキュリティの2領域では、その手前に置かれた「アラート閾値」に達しています。Googleはこれを明記したうえで、予防的な緩和策を継続すると説明しています。到達しなかったことだけを書くのではなく、どこまで近づいたかを書く。この開示の粒度は、他社の報告を読むときの物差しにもなります。
なお、今回もGemini 3.5 Proの提供時期は示されませんでした。7月21日の発表で「パートナーとテスト中」とされて以降、8月14日時点で新しい案内は確認できていません。もっとも、3.6 Flashから3.7 Flashまでが23日という短い間隔だったことを考えると、多くの現場にとって当面の主役はこちらでしょう。上位モデルを待つ理由は、以前より小さくなっています。
3.6 Flashから3.7 Flashまで、23日。この速度が続くのだとしたら、私たちが慣れるべきなのは新しいモデル名の並びではなく、前提が四半期ではなく月単位で動くという設計思想のほうかもしれません。今日選んだモデルを来月も使い続ける前提で組むのではなく、差し替えられる形にしておく。今回の発表がいちばん強く示しているのは、たぶんそこです。
【関連記事】
Gemini 3.6 Flash登場|Googleの新モデルが示す「安さ・速さ・防御」
23日前に登場した前世代モデルを扱った記事。本文で触れた価格の書き換えは、この記事の数値を更新するものだ。
Kimi K3が突いた評価環境の抜け穴|AI評価インフラの信頼性に一石
ベンチマークを測る側のインフラが問われた事例。「誰が測ったか」という本文の論点と対で読める。
Gemini 活用で副業を収益化—市場調査から24時間稼働AIエージェント Spark まで
Gemini Sparkの日本での提供条件と対象プランを整理した記事。今回のSparkの更新を読む前提になる。
Gemini Spark登場:Googleが端末オフでも動くAIエージェントを発表、Antigravity基盤と9億ユーザーが武器
Sparkが最初に発表されたときの記事。24時間動くエージェントという設計思想の出発点が分かる。
【編集部後記】
モデルカードの安全性評価に、短い一文があります。3.7 Flashは自分がテスト環境にいることを正しく見抜けるが、その制約を破ることはできない——。
見抜ける、という部分で手が止まりました。評価とは、対象がそれと気づかないうちに測るものだと、どこかで思っていたからです。測られる側が測定に気づく段階に入ったとき、ベンチマークの数字を、これまでと同じ意味で読み続けられるのでしょうか。
【用語解説】
Gemini 3.7 Flash
Googleが2026年8月13日に一般提供を始めたAIモデル。Gemini 3.6 Flashをベースとする派生モデルであり、コーディングとエージェント用途を主眼に置く。
Flash
Geminiにおける高速・低コスト帯の呼称だ。ただし近年のFlashは上位帯に迫る性能を示しており、「簡易版」という当初の語感と実態はずれてきている。
トークン
モデルが文章を処理する際の最小単位。料金は「100万トークンあたり」で示され、入力と出力で単価が分かれる。
モデルカード
モデルの仕様、既知の限界、安全性評価をまとめた公開文書である。開発元が自らの手で作成し、比較表を含むことが多い。
思考レベル(thinking level)
推論にどれだけ計算を割くかを指定する設定だ。3.7 FlashではLOW、MEDIUM(既定)、HIGHの3段階が使え、MINIMALは指定できない。
DeepSWE v1.1
実在するリポジトリを対象に、長時間のソフトウェア開発を解かせるベンチマーク。汚染を避けるため、課題は既存のコミットからではなく新規に書き起こされている。
FrontierCode 1.1 Main
本番に投入できるコードの品質を測るベンチマークだ。
Code Arena(WebDev Arena)
Web開発の出力を人が比較評価し、Eloで順位づけするランキング。投票時にモデル名は伏せられる。
Elo
対戦成績から相対的な強さを点数化する仕組み。将棋やチェスの格付けと同じ考え方である。
GDP.pdf
複雑な文書をどこまで正確に読めるかを測るベンチマーク。
AutomationBench
実務のワークフローをどこまで完遂できるかを測るベンチマークだ。非公開の課題セットが用いられる。
CharXiv Reasoning
複雑なチャートから情報を統合する力を測るベンチマーク。ツールの利用有無で条件が分かれる。
GDM-MRCR
長い文脈の中から必要な情報を取り出せるかを測る評価である。
Artificial Analysis Intelligence Index
第三者機関が複数の評価を束ねて算出する、モデルの総合的な知性の指標。
公開リーダーボード
ベンチマークの運営者が、各モデルのスコアを共通条件で並べて公開する一覧。掲載値は随時更新されるため、閲覧した時点が意味を持つ。
自己計測
モデルの提供元が、自社の環境でベンチマークを実行して得た数値のこと。公開リーダーボードから引いた値とは、取得元が異なる。
mini-swe-agent
DeepSWEの実行に用いられるエージェントのハーネス。評価条件をそろえる目的で使われる。
LiteLLM
複数のモデルAPIを共通の形式で呼び出すためのライブラリーである。
Frontier Safety Framework
Google DeepMindが定めた、能力の危険水準に関する評価の枠組みだ。2026年4月版が最新である。
アラート閾値/重要能力水準
重要能力水準は「ここを超えたら追加の対策が要る」という線引き。アラート閾値はその手前に置かれた、注意を促すための水準を指す。
CBRN
化学(Chemical)、生物(Biological)、放射性物質(Radiological)、核(Nuclear)の頭字語。兵器転用が懸念される領域を指す。
Gemini Spark
Geminiアプリの中で24時間動作するパーソナルAIエージェント。利用者の指示のもとで、代わりに作業を進める。
サブエージェント
主となるエージェントが指揮する、下位の作業担当エージェント。並行処理や役割分担に用いられる。
【参考リンク】
Gemini 3.7 Flash モデルカード(Google DeepMind)(外部)
3.7 Flashの仕様と、5モデルを並べた比較表、Frontier Safetyの評価結果までをGoogleが公開している資料。
Gemini 3.7 Flash 評価方法資料(PDF)(外部)
各スコアの取得元と、自己計測かどうかを指標ごと・モデルごとに記したPDF。今回の記事でいちばん多く参照した文書。
Gemini API 開発者ガイド(外部)
モデルIDの指定、思考レベルの設定、非推奨になったパラメーターなど、移行時に確認したい仕様がまとまっている。
Gemini Enterprise Agent Platform(Gemini 3.7 Flash)(外部)
企業向けの提供窓口。3.7 Flashで思考レベルのMINIMALが使えない旨も、このページに記載されている。
Google AI Studio(外部)
3.7 Flashをブラウザーからすぐに試せる開発者向けの環境。APIキーの取得や動作確認もここから行える。
Google Antigravity(外部)
Googleのエージェント開発プラットフォーム。3.7 Flashを、エージェントを前提とした開発の流れの中で使える。
Gemini Spark(外部)
Geminiアプリの中で24時間動くパーソナルAIエージェント。発表日から3.7 Flashを使うようになった。
Frontier Safety(Google DeepMind)(外部)
重要能力水準という考え方と、評価の枠組みそのものをGoogle DeepMindが説明しているページ。
FrontierCode(Cognition)(外部)
本番に投入できるコードの品質を測るベンチマーク。Cognitionが運営し、公開のリーダーボードを持っている。
DeepSWE(Datacurve)(外部)
長時間のソフトウェア開発を測るベンチマーク。Datacurveが運営し、全モデルをmini-swe-agentで実行している。
AutomationBench(Zapier)(外部)
実務のワークフローをどこまで完遂できるかを測るベンチマーク。Zapierが提供し、非公開セットも用いる。
WebDev Arena(Arena.ai)(外部)
Web開発の出力を、モデル名を伏せた利用者の投票でEloに換算するランキング。Arena.aiが運営している。
mini-swe-agent(GitHub)(外部)
DeepSWEの実行に使われるエージェントのハーネス。GitHubでオープンに公開されている。
Harvey(外部)
法務・専門サービス向けのAIプラットフォーム。文書分析や調査、業務の自動化を法律実務の水準に合わせて提供する。
Hebbia(外部)
大量の文書から根拠を抽出する金融・法務向けのAI基盤。表計算に似た画面で分析を進めるMatrixを中核に据える。
Pydantic AI(外部)
Pythonでエージェントを構築するためのフレームワーク。型安全な設計で、複数のモデル提供元に対応している。
【参考記事】
Google’s Gemini 3.7 Flash targets coding and agents with a 50% introductory price cut(外部)
価格半減と企業導入の観点から整理。年内で終わる導入価格が、エージェント運用の判断にどう効くかを論じている。
Google Launches Gemini 3.7 Flash: Coding Gains at Half-Price Through Year-End(外部)
5つの主要指標の提供元を一つずつ確認し、WebDev ArenaのEloだけが群衆によるブラインド評価である点を指摘した記事。
Google’s Gemini 3.7 Flash arrives before Gemini 3.5 Pro(外部)
3.5 Proより先に3.7 Flashが出た経緯に焦点を当てた短報。開発者体験の改善に関するGoogleの説明を引いている。
Gemini 3.7 Flash is here with better coding, reasoning, and more(外部)
価格、提供チャネル、Sparkへの適用を実務目線でまとめた記事。導入価格の終了時期にも触れている。
Google unveils Gemini 3.7 Flash AI model for coding, agent workflows(外部)
3.7 Flashの投入を、Gemini 3.5 Proの提供時期が示されないままである状況と併せて報じた速報。


















