1977年1月3日。
この日、カリフォルニア州で一つの会社が法人化されました。「Apple Computer, Inc.」──後に世界最大の企業となり、人々の生活を根底から変えることになる会社です。
しかし、この会社の物語は、法人化の約9ヶ月前、ジョブズの自宅ガレージから始まっていました。資本金わずか1,300ドル、3人のパートナーシップ。誰もが「趣味の延長」と考えていたその小さな集まりが、なぜ48年後の今日、時価総額4兆ドル(約624兆円)を超える巨大企業へと成長したのでしょうか。
本稿では、1977年1月3日の法人化という一つの転換点を軸に、技術と資本、そして「信念」が交差した瞬間を読み解きます。
ガレージでの出発点:1976年4月1日
物語の始まりは1976年4月1日。スティーブ・ジョブズ(当時21歳)、スティーブ・ウォズニアック(25歳)、そしてロナルド・ウェイン(41歳)の3人が、カリフォルニア州ロスアルトスのジョブズの実家ガレージで「Apple Computer Company」を創業しました。
ジョブズとウォズニアックが各45%、ウェインが10%の株式を持つパートナーシップです。当時の資本金は1,300ドル──ジョブズがフォルクスワーゲンのバンを売って得たお金と、ウォズニアックがHP-65計算機を売って得た資金から捻出されたものでした。
最初の製品は、ウォズニアックが趣味で設計した「Apple I」。むき出しの基板(マザーボード)として販売され、価格は666.66ドル。地元のコンピュータショップ「Byte Shop」が50台を注文し、製造されました。
しかし、ここで重要な分岐点が訪れます。ウェインが、わずか12日後の4月12日に自らの株式をすべて売却し、会社を去ったのです。理由は「リスクへの恐怖」──もし会社が失敗すれば、パートナーシップでは個人資産が債務の対象になります。ウェインは後に、この決断で失った富が数千億ドルに達すると述べていますが、それは結果論に過ぎません。
この出来事が示すのは、スタートアップにおける「覚悟」の重要性です。
転換点:マイク・マークラの参入
1976年11月、転機が訪れます。元フェアチャイルドセミコンダクターとインテルの幹部だったマイク・マークラが、ジョブズの話を聞いてAppleに興味を持ったのです。
マークラはすでにインテルのストックオプションで財を成し、30代前半で引退生活を送っていた人物でした。しかし、ジョブズとウォズニアックのビジョンに触れ、再び現役に戻る決断をします。
マークラがもたらしたのは、単なる資金ではありませんでした。
マークラの貢献
- 個人資産から92,000ドルを投資
- バンク・オブ・アメリカから信用貸付枠を確保
- 経営の専門知識とシリコンバレーのネットワーク
- 最も重要なこと──「ビジネスとしての正当性」
マークラは、ジョブズとウォズニアックに3つの原則を示しました。
- 共感(Empathy):顧客のニーズを深く理解する
- 焦点(Focus):重要でないことは排除する
- 印象(Impute):製品とブランドの印象がすべてを語る
この3つの原則は、後のAppleの企業文化の基盤となります。
そして、ビジネスを拡大するには法人化が不可欠でした。パートナーシップでは銀行からの融資も限られ、責任も無限です。Apple IIの量産に必要な資金を調達するため、会社は正式な法人格を必要としていたのです。
1977年1月3日:法人としての誕生
1977年1月3日、Apple Computer, Inc.が正式に法人化されました。
この日、Appleはパートナーシップから株式会社へと移行し、ウェインが去った後の旧パートナーシップを約5,300ドルで買収する形で事業を継承しました。ジョブズ、ウォズニアック、マークラの3人が共同創業者として登記され、新たな章が始まりました。
翌月の2月、マークラは経営のプロフェッショナルとしてナショナル セミコンダクターからマイケル・スコットを引き抜き、初代社長兼CEOに任命します。スコットは会社に組織的な構造をもたらし、社員番号制度を導入しました。
この時の有名なエピソードがあります。スコットはウォズニアックに社員番号1を与えましたが、ジョブズは「1は自分のものだ」と抗議しました。スコットが拒否すると、ジョブズは「では0をくれ」と要求し、最終的に社員番号0を手に入れました(ただし、給与システムが0番に対応していなかったため、実務上は2番として処理されました)。
この小さなエピソードは、ジョブズの一番でなければ気が済まない性格を象徴しています。
Apple IIの衝撃:パーソナルコンピュータ市場の創出
法人化から約3ヶ月後の1977年4月16日、第1回「ウェスト・コースト・コンピュータ・フェア」で、歴史を変える製品が発表されました。Apple IIです。
Apple IIは、Apple Iとは次元の異なる製品でした。
Apple IIの革新性
- 一体型設計:基板、キーボード、電源が筐体に収められている
- カラー表示:8色のカラーグラフィックスを実現
- 拡張性:8つの拡張スロットで様々な用途に対応
- 使いやすさ:テレビに接続すればすぐに使える
- 価格:1,298ドル──高価だが、企業や教育機関が導入できる範囲
ウォズニアックは後に、Apple IIの設計哲学についてこう述べています。「私にとってパーソナルコンピュータとは、小型で、信頼性があり、使いやすく、しかも安価であるべきだ」
Apple IIの成功は段階的に訪れました。1978年6月に専用フロッピーディスクドライブ「Disk II」が発売されると、データの保存と読み込みが容易になり、販売が加速します。そして決定的だったのが、1979年10月に発売された表計算ソフト「VisiCalc」です。
VisiCalcは「キラーアプリケーション」の元祖とも言える存在でした。ビジネスパーソンがこのソフトを使うためだけにApple IIを購入するという現象が起き、コンピュータが「趣味」から「実用」へと変わる瞬間でした。
1980年には設置台数10万台、1984年には200万台を超え、Appleに莫大な利益をもたらしました。
株式公開:億万長者の誕生
1980年12月12日、Apple Computer, Inc.は株式を公開(IPO)しました。このIPOは1956年のフォード・モーター以来となる記録的な規模の資金調達となり、Appleの評価額は一夜にして17.8億ドルに達しました。
このIPOにより、ジョブズは25歳にして約2億1,700万ドルの個人資産を手にしました。ウォズニアックやマークラも億万長者となり、初期の従業員約40人も百万長者になりました。
しかし、ここからAppleは試練の時代に入ります。1981年にIBMが「IBM PC」で市場に参入し、競争が激化します。1983年に発売された高級機「Lisa」は価格が高すぎて失敗。1984年の「Macintosh」は革新的でしたが、初期の販売は期待を下回りました。
そして1985年、ジョブズは自らが創業した会社から追放されます。
復活と進化:NeXT、Pixar、そして帰還
ジョブズがAppleを去った後の10年間は、同社にとって迷走の時代でした。しかし、ジョブズは新会社「NeXT」でコンピュータとソフトウェアの開発を続け、また「Pixar」を買収してCGアニメーション革命を起こします。
1996年、次世代Mac OSの開発に行き詰まったAppleは、NeXTを買収します。そして1997年、ジョブズはAppleに非常勤顧問として復帰し、やがてCEOに就任しました。
その後の物語は誰もが知る通りです。
- 1998年:iMac発売──革命的なデザインでAppleを救う
- 2001年:iPod発売──音楽業界を変革
- 2003年:iTunes Music Store開始──デジタル音楽配信の標準に
- 2007年:iPhone発売──スマートフォン革命の起点
- 2010年:iPad発売──タブレット市場を創出
2011年8月、Appleはエクソンモービルを抜いて時価総額世界一の企業となり、その2ヶ月後、ジョブズは56歳で逝去します。
しかし、ジョブズが残したDNAは今も生き続けています。後継者ティム・クックのもと、Appleは2018年に時価総額1兆ドル、2020年に2兆ドル、2022年に3兆ドル、そして2025年10月に4兆ドルを超えました。
なぜAppleは成功し続けるのか
48年前の1月3日の法人化から今日まで、Appleが成功し続ける理由は何でしょうか。
1. 製品への妥協なきこだわり
ジョブズが確立した「顧客が求めるものではなく、顧客が必要とするものを作る」という哲学。「人々は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからない」という信念は、今もAppleの製品開発に息づいています。
2. デザインと機能の融合
美しさと使いやすさの両立。これはジョブズとジョナサン・アイブが追求し続けたテーマであり、今でもApple製品の最大の特徴です。
3. エコシステム戦略
iPhone、iPad、Mac、Apple Watch、AirPodsが相互に連携し、一度Appleの世界に入ると抜け出せない──この「囲い込み」は、批判されながらも強力な競争優位性を生んでいます。
4. プライバシーとセキュリティへの姿勢
「プライバシーは基本的人権である」というAppleの姿勢は、ビッグデータ時代において差別化要因となっています。
5. 継続的なイノベーション
Apple Silicon(M1/M2/M3/M4チップ)による自社設計への移行、Vision Proによる空間コンピューティングへの挑戦──Appleは常に次の10年を見据えています。
法人化が意味するもの──スタートアップへの教訓
1977年1月3日の法人化は、単なる法的手続きではありませんでした。それは「趣味のプロジェクト」が「ビジネス」へと変わる象徴的な瞬間でした。
この転換から、現代のスタートアップが学べることは多くあります。
資金だけでは足りない
マークラがもたらしたのは資金だけではなく、経営の専門知識、ネットワーク、そして信頼性でした。優れたメンターの価値は、資金の何倍にもなります。
タイミングの重要性
1977年という時期は、パーソナルコンピュータ市場が立ち上がる直前でした。技術的準備(マイクロプロセッサの進化)、市場の準備(ホームブリュー・コンピュータ・クラブなどの草の根運動)、そして社会的準備(より多くの人がコンピュータの可能性を理解し始めた)が揃っていました。
組織化の力
ガレージで2人が作業するのと、組織化された会社で専門家が協力するのでは、達成できることの規模が桁違いです。スコットが導入した社員番号制度のような些細なことも、組織の成熟には重要でした。
ビジョンの明確化
法人化により、Appleは「パーソナルコンピュータを一般の人々の手に届ける」という明確なミッションを持つ企業となりました。このビジョンが、すべての意思決定の基準となったのです。
48年後の今日──テクノロジーの民主化は続く
1977年1月3日、3人の創業者が法人登記書類にサインした時、彼らは世界最大の企業を作ろうとしていたわけではありませんでした。彼らが望んでいたのは、もっとシンプルなこと──「素晴らしいコンピュータを作り、それを人々の手に届ける」ことでした。
そのシンプルな目標が、48年間にわたって拡大し、深化し、今では世界中の何十億人もの生活に影響を与えています。
朝、iPhoneのアラームで目覚め、AirPodsで音楽を聴きながら通勤し、MacBookで仕事をし、Apple Watchで健康を管理する──このような日常は、1977年のガレージで3人が夢見たものの延長線上にあります。
しかし、より深い意味で、Appleの物語は「技術の民主化」という壮大なテーマの一部です。かつて大企業や研究機関だけが使えた計算能力を、Apple IIは一般家庭にもたらしました。iPhoneは、誰もがポケットにスーパーコンピュータを持つ時代を実現しました。
次の48年で、テクノロジーはさらにどう進化するのでしょうか。AI、拡張現実、量子コンピューティング──未来の技術を「民主化」し、すべての人が使えるようにする。それこそが、Appleが1977年1月3日から今日まで一貫して追求してきたことなのです。
ガレージから始まった小さな会社が、世界を変えた。
その始まりが、48年前の今日でした。
【用語解説】
パートナーシップ(Partnership)
2人以上の個人が共同で事業を営む形態。法人格を持たず、各パートナーが事業の債務に対して無限責任を負う。利点は設立が簡単で柔軟性が高いこと、欠点は責任が重く、資金調達が限られること。
法人化(Incorporation)
事業を法人格を持つ会社として登記すること。株式会社の場合、所有者(株主)の責任は出資額に限定され、会社自体が独立した法的主体となる。資金調達、契約締結、信用構築において有利になる。
Apple I
1976年にスティーブ・ウォズニアックが設計した最初のApple製品。むき出しの基板として販売され、ユーザーが自分でケース、キーボード、電源を用意する必要があった。約200台が製造され、現存する個体は約70台。オークションでは数千万円で取引される。
Apple II
1977年に発売されたAppleの第2世代パーソナルコンピュータ。一体型の筐体、カラーグラフィックス、拡張スロットを備え、商業的に大成功。1993年まで生産が続けられ、パーソナルコンピュータ業界の基盤を築いた。
VisiCalc
1979年にApple II向けに開発された世界初の表計算ソフトウェア。ビジネス用途でのコンピュータ利用を劇的に拡大し、Apple IIの販売を急増させた。後のExcelやGoogle Sheetsの先駆けとなった。
マイク・マークラ(Mike Markkula)
元フェアチャイルドセミコンダクターとインテルの幹部で、Appleの初期投資家および3人目の共同創業者。1976年にAppleに参入し、資金、経営知識、ネットワークを提供。共感・焦点・印象の3原則を確立し、Appleの企業文化の基礎を築いた。
株式公開(IPO – Initial Public Offering)
非公開企業が初めて株式を証券取引所に上場し、一般投資家に株式を販売すること。企業は大規模な資金調達が可能になり、創業者や初期投資家は株式を現金化できる。Appleの1980年のIPOは当時のハイテク企業として記録的な規模だった。
エコシステム
相互に連携する製品、サービス、プラットフォームの統合システム。Appleの場合、ハードウェア(iPhone、Mac、iPad)、ソフトウェア(iOS、macOS)、サービス(iCloud、Apple Music)が緊密に統合され、ユーザーに一貫した体験を提供する。一度このエコシステムに入ると他社製品への切り替えが困難になる「ロックイン効果」を生む。
【参考リンク】
Apple公式サイト
Appleの現在の製品ラインナップ、サービス、企業情報の公式ソース。
Computer History Museum – Apple Collection
Apple I、Apple IIなどの歴史的製品の実物や詳細な技術情報、当時の資料を保管・展示するカリフォルニアの博物館。オンラインでも豊富な資料を公開。
Folklore.org – Macintosh Stories
初代Macintosh開発チームのメンバーが書いた逸話集。Appleの企業文化や開発の裏側を知る貴重な一次情報源。
All About Steve Jobs
スティーブ・ジョブズの伝記情報、スピーチ、インタビュー、関連資料を集めた総合サイト。
Woz.org – Steve Wozniak’s Official Site
スティーブ・ウォズニアックの公式サイト。Apple創業期の技術的側面や、ウォズニアック自身の視点から見た歴史を知ることができる。
Fortune – Steve Jobs sold his Volkswagen to raise $1,300 for Apple’s first computer
ジョブズがフォルクスワーゲンのバスを売って資金を調達した創業期の詳細な記事。23歳で億万長者になるまでの道のりを紹介。
RR Auction – Steve Jobs and Steve Wozniak Signed 1976 Apple Computer Check
1976年にジョブズとウォズニアックがサインしたApple Computerの小切手のオークション情報。創業期の貴重な実物資料。
Cult of Mac – Today in Apple history: Apple IPO mints instant millionaires
1980年12月12日のApple株式公開の詳細記事。IPOによって40人以上の従業員が一夜にして百万長者になった歴史的瞬間を記録。

































