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フォトニック結晶ライトセイル、光速の20%へ—タスキーギ大学が実用設計を実証

[更新]2026年3月13日

2026年3月5日、タスキーギ大学のディミタル・ディミトロフ助教らの研究チームがフォトニック結晶ライトセイルの設計と製造を実証したと報じられた。論文「Design and manufacture of a photonic crystal light sail」は学術誌『Journal of Nanophotonics』に掲載されている。

セイルはゲルマニウム柱・空気孔・ポリマー基板の3層構造からなる誘電体フォトニック結晶で構成され、波長1.2マイクロメートルで約90%の反射率を達成した。製造にはサブ200ナノメートルスケールの電子線リソグラフィーと真空蒸着を使用した。

100kWレーザーを用いた1平方メートルのセイルのシミュレーションでは、理想条件下で1時間以内に秒速数百メートルへの加速が示された。光速の20%に達する設計が実現すれば、プロキシマ・ケンタウリへ約20年での到達が可能とされる。

From: 文献リンクScientists Demonstrate ‘Practical’ Light Sails to Explore the Universe | The Debrief

【編集部解説】

宇宙探査の推進技術は長年、化学ロケットが主役でした。しかし化学ロケットは「燃料を積むほど重くなり、重くなるほどさらに燃料が必要になる」という根本的な矛盾を抱えており、その限界は「ロケット方程式」として数式化されています。光帆(ライトセイル)はその制約を根本から覆す発想です。

今回タスキーギ大学のチームが実証したのは、従来の金属コーティングポリマーフィルム製セイルの弱点を克服する設計です。従来型は光の一部を熱として吸収してしまい、強力なレーザーを当て続ければセイルが溶けるリスクがありました。反射率を上げようとすると材料を追加しなければならず、それが重量増加につながる——まさにロケット方程式と同じジレンマでした。

フォトニック結晶とは、ナノスケールで繰り返しパターンを持つ複合材料です。異なる屈折率の材料を組み合わせることで「フォトニックバンドギャップ」、つまり特定波長の光だけが反射される帯域を人工的に作り出せます。今回の3層設計では、推進レーザー波長1.2マイクロメートルの光を約90%反射しつつ、太陽光など他の波長は透過させることに成功しています。

ただし、冷静に数字を見ておく必要があります。今回の実験で実証された加速度は「100kWレーザー照射で1時間以内に秒速数百メートル」というレベルです。これはBreakthrough Starshot構想が想定する「100ギガワット級レーザーで数分以内に光速の20%まで加速」とは桁が異なります。今回の成果は「光速の20%で飛ぶ宇宙船が完成した」という話ではなく、あくまで「その実現に向けた材料設計と製造プロセスの実証」です。

またBreakthrough Starshotが想定するような恒星間飛行には、99.9%以上の反射率が必要とも指摘されています。今回達成した約90%は有望な出発点ですが、恒星間ミッションへの道はまだ長い。一方で太陽系内の惑星間探査については、現行ロケットより大幅に短い期間での到達が現実的な射程に入ってきており、近中期的な応用として注目できます。

技術的な課題以外にも、倫理的・規制的な論点が浮かびます。地上に設置される超高出力レーザーシステムは、軍事転用の可能性を持つ二重用途(デュアルユース)技術です。国際的な宇宙法や兵器規制の枠組みにおいて、こうした地上設置型推進システムの扱いはいまだ整備されていません。

フォトニック結晶技術は宇宙推進に限らず、半導体、光通信、医療センサー分野への波及も期待されます。今回の製造プロセス——電子線リソグラフィーによるサブ200ナノメートルのナノ構造制御——は、宇宙以外の精密光学デバイス製造にも応用可能な汎用技術です。

今この研究が世界で注目される理由は、「実験室でのシミュレーションから実物の膜製造まで踏み込んだ」という点にあります。理論から実装へ、その橋渡しをした一歩として、光推進技術の歴史に記録される論文です。

【用語解説】

フォトニック結晶(Photonic Crystal)
ナノスケールで規則的なパターンを持つ複合材料。異なる屈折率の素材を組み合わせることで「フォトニックバンドギャップ」を形成し、特定波長の光だけを選択的に反射・透過させる。半導体が特定エネルギーの電子をブロックするのと同様の原理だ。

フォトニックバンドギャップ(Photonic Band Gap)
フォトニック結晶が持つ特性で、特定範囲の波長の光が構造内を通過できず反射される帯域のこと。今回の設計では推進レーザー波長1.2マイクロメートルに合わせてこの帯域を調整し、高反射率を実現している。

電子線リソグラフィー(Electron-beam lithography)
電子ビームを使ってナノスケールのパターンを材料表面に描画する精密加工技術。半導体製造にも使われる手法で、今回はサブ200ナノメートルの微細構造を実現するために採用された。

誘電体(Dielectric)
電気を通さない絶縁材料の総称。金属とは異なり光エネルギーをほとんど熱に変換しないため、レーザー照射による熱劣化を抑えるライトセイル素材として適している。

指向性エネルギー推進(Directed Energy Propulsion)
地上や宇宙空間に設置した高出力レーザーの光圧で宇宙機を加速する推進方式。機体に燃料を搭載する必要がなく、理論上は光速の数十%まで加速が可能とされる。

【参考リンク】

Breakthrough Starshot – Breakthrough Initiatives(外部)
ユーリ・ミルナーらが2016年に立ち上げた恒星間探査プロジェクト。レーザー駆動ナノクラフトで光速20%を目指す。初期投資額は1億ドル。

Tuskegee University(タスキーギ大学)公式サイト(外部)
1881年創立、アラバマ州所在の歴史的黒人大学(HBCU)。今回の研究を主導したディミトロフ助教が所属。キャンパスは国家歴史遺産に指定。

Design and manufacture of a photonic crystal light sail – Journal of Nanophotonics(外部)
今回の研究論文掲載ページ。2025年12月27日付、著者はDimitar DimitrovとElijah Taylor Harris。

【参考記事】

Toward practical laser-driven light sails using photonic crystals – Phys.org(外部)
100kWレーザー・反射率90%(波長1.2μm)・秒速数百メートルの数値データを詳述したSPIEプレスリリース転載記事。

‘Photonic crystal’ sail could help laser beams push spacecraft faster – Interesting Engineering(外部)
従来型セイルの熱吸収問題と今回の設計による解決策を平易に解説。100kWレーザー照射での90%反射率を確認。

Toward practical laser-driven light sails using photonic crystals – EurekAlert(外部)
AAAS運営メディアによるプレスリリース。論文掲載日・著者名・ナノ構造寸法の確認に使用した主要根拠記事。

Breakthrough Starshot Project – Breakthrough Initiatives(外部)
恒星間ミッションに必要なレーザー設備・エネルギー要件を公式に説明。今回研究の到達目標の全体像を示す資料。

Advancing Practical Laser-Powered Light Sails with Photonic Crystal Technology – ScienmAg(外部)
ポリマー素材がPMMAであることや論文の正式掲載情報(J. Nanophotonics 19(4) 046008, 2025)の確認に使用。

【編集部後記】

「光で宇宙を旅する」——そう聞いて、あなたはどんな未来を想像しますか?

2025年2月にはカリフォルニア工科大学のハリー・アトウォーター教授のチームが、厚さわずか50ナノメートルのシリコンナイトライド製超薄膜に対するレーザー放射圧の精密測定に成功し、innovaTopiaでもお伝えしました。今回のタスキーギ大学の研究はそこからさらに一歩踏み込み、「材料を実際に作る」という段階へと進んでいます。

「計測できた」から「作れた」へ。この積み重ねが、燃料を一切積まずに星へ向かうという発想を、少しずつ現実へと引き寄せています。この技術がどこまで育っていくのか、ぜひ一緒に見届けていきませんか。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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