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JALエンジニアリング×アスカラボ、航空機3Dモデルで整備現場をデジタルツイン化—本邦初の整備情報プラットフォーム運用開始

3月19日の発表によると株式会社JALエンジニアリング(JALEC)と株式会社アスカラボ(AsukaLab)は、航空機3Dモデルを活用した整備情報プラットフォームを共同開発し、2026年3月に運用を開始した。

本システムは、航空機の3Dモデルと360度カメラ画像を組み合わせ、バーチャル空間上に整備環境を再現するものだ。整備士はタブレットやパソコンから整備対象箇所を確認しながら、品質情報・技術資料・安全情報へアクセスできる。これまで分散していた情報を一元化した本邦航空業界初の整備情報基盤である。JALECは2009年設立で、JALグループが運航する約200機の整備を担当している。AsukaLabは2008年設立の東京大学発テクノロジーベンチャーで、XRおよびAIシステム開発を手がけている。

From: 文献リンク本邦航空業界初、航空機3Dモデルを活用した整備情報プラットフォームの運用を開始|JALプレスリリース

JAL公式プレスリリースより引用

【編集部解説】

航空機の整備現場は、これまで紙の技術マニュアル、分散したデータベース、口頭でのブリーフィングといった情報伝達手段が混在する、きわめてアナログな環境でした。今回JALECとAsukaLabが共同で運用を始めたシステムは、その構造を根底から変えようとする試みです。

「デジタルツイン」という概念をご存じでしょうか。現実の物体や環境をデジタル空間に忠実に再現し、情報管理や意思決定の基盤として活用する技術です。今回のシステムは、3DモデルとXR(クロスリアリティ)技術を組み合わせ、実際の航空機整備環境をバーチャル空間に再現するという点で、まさにデジタルツインの航空MRO(整備・修理・オーバーホール)への応用例と言えます。

特筆すべきは「360度カメラ画像を使ったブリーフィング」という機能です。これまで整備士が作業前に状況を把握するには、実機に赴くか、静止画や文字情報に頼るしかありませんでした。バーチャル空間で現場の「見た目」をチームで共有できるようになることは、危険予知の質を大きく引き上げる可能性があります。人命に関わる現場において、情報の「見える化」が持つ意味は計り知れません。

グローバルな文脈で見ると、航空MRO分野のデジタル化はすでに加速しています。世界の航空MROソフトウェア市場は2024年に77億ドル規模と評価されており、2025年から2032年にかけて年率5.3%で成長すると予測されています。欧米の大手航空会社やLufthansa Technikのような専業MROプロバイダーは、AIやデジタルツインの導入を積極的に進めています。今回のJALECの動きは、日本の航空業界がこの世界的な潮流に本格的に乗り出したことを示すものです。

一方で、課題もあります。3Dモデルや360度画像などの大容量データを現場のタブレット端末でリアルタイムに扱うためには、通信インフラと端末性能の継続的なアップデートが必要です。また、整備データはサイバー攻撃の標的になりやすく、セキュリティ設計の堅牢さが問われます。さらに、デジタルツールへの依存が高まるほど、IT障害時の代替手順の整備も航空安全の観点から欠かせません。

規制面では、航空機整備は各国の航空当局(日本では国土交通省航空局)による厳格な審査・認証が前提です。デジタルツールを整備の情報基盤として公式に組み込むにあたっては、その有効性とトレーサビリティを規制当局に対しても示し続けていく必要があります。

長期的には、このプラットフォームが蓄積するデータが、AIを活用した予測保全(予知整備)への橋渡しになると見るべきでしょう。整備履歴・作業記録・不具合情報が3Dモデルに紐づいて蓄積されれば、「どの機体のどの部位が、いつ、どのような状態になりやすいか」というパターンが浮かび上がり、事後対応から先手を打つ予防整備への転換が現実的になります。AsukaLabが東京大学発のテクノロジーベンチャーであることも、将来的な研究機関との連携や技術の深化という観点から注目に値します。

【用語解説】

MRO(エムアールオー)
Maintenance, Repair and Overhaul(整備・修理・オーバーホール)の略。航空機の安全な運航を維持するために行われる、定期整備から大規模修繕まで一連の作業を指す業務領域の総称。航空機の耐空性を維持するために各国の航空当局が厳格な基準を定めており、人命に直結する最重要業務のひとつとされている。

デジタルツイン
現実に存在する物体や環境を、センサーデータや3Dモデルを用いてデジタル空間上に忠実に再現した「仮想の双子」のこと。実物に変更を加える前に仮想空間でシミュレーションできるため、製造・インフラ・航空など幅広い産業で活用が広がっている。

XR(クロスリアリティ)
VR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)を総称する概念。現実空間とデジタル空間を融合・横断する技術群を指し、製造業や医療、教育など多様な分野での活用が進んでいる。

予測保全(予知整備)
機器の故障が発生する前に、データ分析やAIを用いて異常の予兆を検知し、最適なタイミングで整備を行う手法。従来の「定期整備(時間基準整備)」や「事後整備」に代わる次世代の保全戦略として、航空MRO分野でも導入が加速している。

危険予知活動(KY活動)
作業前に「どんな危険が潜んでいるか」をチームで話し合い、対策を講じる安全管理の手法。製造業・建設業・航空整備など、人命に関わる現場で広く実施されている。今回のシステムでは360度カメラ画像の共有により、この活動の質を高めることが期待されている。

【参考リンク】

株式会社JALエンジニアリング(JALEC)公式サイト(外部)
JALグループの航空機整備を担う中核企業。2009年設立。羽田・成田・伊丹を拠点に約200機の整備・整備計画管理を担当する。

株式会社アスカラボ(AsukaLab)公式サイト(外部)
2008年設立の東京大学発テクノロジーベンチャー。XR(VR/MR/AR)アプリ開発・3Dデータ活用・AIシステム開発の3領域で事業を展開する。

【参考記事】

Aviation MRO Software Market Size, Share and Growth [2032] ― Fortune Business Insights(外部)
世界の航空MROソフトウェア市場規模と成長予測を分析。2024年77億ドル規模で、年率5.3%のCAGRで2032年まで成長と予測している。

Digital twins need skilled technicians to truly take off ― Aerotime(外部)
デジタルツイン技術への世界投資が2026年までに480億ドル超と予測。予測保全でダウンタイム15%削減、労働生産性20%改善も報告している。

2025年以降の航空機整備のトレンド ― ePlaneAI(外部)
マッキンゼーによると航空機退役数が2024〜2026年でパンデミック前比24%減少。AI・デジタルツイン・ARがMRO業界に与える影響を包括的に分析する。

Digital twins: Delivering value in MRO activity ― Aviation Business News(外部)
LHT・GE AerospaceなどMRO事業者の実例を紹介。KLMがAI予測保全を導入し、遅延・欠航を50%削減した事例も報告している。

Digital twins: improving the way things work and wear ― AircraftIT(外部)
IFSのMROプロダクトラインディレクターによる解説記事。デジタルツインの活用可能性とデータ統合の課題を詳しく論じている。 

【編集部後記】

航空機の整備現場にデジタルツインが入ってきた——そう聞いて、みなさんはどんな場面を想像しますか。今回のJALECとAsukaLabの取り組みは、航空という命がけの現場でこそXR技術が真価を発揮できることを示しているように感じます。

あなたの身近な職場や産業で、同じような変化はすでに始まっていますか?

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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