Meta AIは2026年3月26日、人間の脳が視覚・聴覚・言語刺激をどのように処理するかを予測するAI基盤モデル「TRIBE v2」を発表した。
720名の被験者から収集した1,000時間超のfMRIデータで訓練されており、類似モデルと比較して70倍の解像度を持つ。Algonauts 2025で受賞した先行モデルをベースに開発され、新たな被験者・言語・タスクへのゼロショット予測にも対応する。
モデルの重み・コードベース・論文はCC BY-NCライセンスのもとで公開され、インタラクティブデモも提供されている。関連研究論文はArXiv上で公開されている。
【編集部解説】
TRIBE v2 の正式名称は「TRImodal Brain Encoder version 2」、開発したのは Meta の基礎研究部門である FAIR(Fundamental AI Research)チームです。「脳の反応を予測するAI」という表現だけでは伝わりにくい部分がありますので、まずその本質から整理しましょう。
このモデルが行うのは「脳の読み取り」ではなく、「脳の反応の予測」です。人がある映像や音声・テキストを受け取ったとき、脳のどの領域がどのように活性化するかを、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)のデータをもとにAIが推定します。SFに登場する「マインドリーディング」とは根本的に異なり、あくまでも統計的な予測モデルです。
特筆すべきは「インシリコ神経科学(in-silico neuroscience)」というコンセプトです。従来の神経科学研究では、仮説を検証するたびに被験者をMRI装置に入れる必要がありました。1回のfMRI実験には膨大なコストと時間がかかります。TRIBE v2 はこの制約を根本から変える可能性を持っています。研究者はコンピューター上で数千もの仮想実験を短時間で走らせ、人間を装置に入れることなく仮説を検証できるようになります。
パフォーマンス面では、Meta 公式の発表に加え、公式 X(旧 Twitter)アカウントの投稿に注目すべき数字があります。リトレーニングなしで未知の被験者の脳反応を予測する能力において、映画・オーディオブック両方の条件で、従来手法と比べて nearly 2〜3倍の精度向上を達成したとしています。70倍という数字はあくまで「空間解像度」の比較であり、これらはそれぞれ別の指標です。
臨床・医療への応用としては、失語症や感覚処理障害など神経疾患の理解に役立つ可能性があると期待されています。また、Metaが進めてきた脳や神経インタフェースに関する研究とも関連づけて捉えられます。こうした研究は、将来的にAR/VRデバイスにおけるユーザーの知覚予測への応用可能性とも関連づけて論じられています。
一方で、技術的な限界も正直に見ておく必要があります。fMRI は時間分解能が低く、実際の神経発火のスピードには到底追いつけません。TRIBE v2 が扱うのはあくまでも間接的・平均的な脳活動の測定値です。個人差や、その瞬間の注意・感情状態によるノイズを完全に排除することも難しく、現時点では「精密な再現」ではなく「高精度な近似」と理解するのが適切でしょう。
プライバシーと倫理の観点も見逃せません。脳活動データは極めてセンシティブな情報であり、このような技術が医療以外の文脈——たとえば広告・マーケティングや安全保障領域——に応用される場合、その取り扱いを巡る議論の必要性が指摘されています。
長期的な視点では、TRIBE v2 は「AIが神経科学を統合する」という研究潮流の一里塚として位置づけられます。これまで視覚・聴覚・言語それぞれの専門領域に分断されてきた神経科学を、マルチモーダルAIという手法で横断的に扱おうという試みは、人間の認知そのものへの理解を根本から塗り替えていく可能性を秘めています。
【用語解説】
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)
脳のどの領域がいつ活性化しているかを、血液中の酸素濃度の変化(BOLD信号)を通じて可視化する医療用画像技術。撮影装置は大型かつ高コストで、1回の実験に多大な費用と時間を要する。
インシリコ神経科学(in-silico neuroscience)
生きた被験者を使う代わりに、コンピューター上でのシミュレーションによって生物学的な研究を行う手法。「in silico」はラテン語で「シリコンの中で」を意味し、「in vivo(生体内)」「in vitro(試験管内)」に対応する概念として使われる。
ゼロショット予測
学習データに含まれていない新たな対象(人物・言語・タスクなど)に対して、追加の訓練なしに予測を行う能力のこと。
CC BY-NCライセンス
クリエイティブ・コモンズが定めるライセンスのひとつ。著作者のクレジット表記(BY)を条件に自由な利用・改変・再配布を認める一方、商業利用(NC:Non-Commercial)は禁じている。
BCI(脳コンピューター・インターフェース)
脳と外部のコンピューターやデバイスを直接つなぐ技術の総称。医療用途では失語症や麻痺の治療補助として研究が進んでいる。
【参考リンク】
Meta AI 公式サイト(外部)
MetaのAI研究部門FAIRが公開する公式サイト。TRIBE v2の開発背景やLlamaなどの基盤モデル情報を網羅する。
TRIBE v2 インタラクティブデモ(外部)
MetaによるTRIBE v2の公式デモサイト。視覚・聴覚・言語刺激への脳活動予測をブラウザ上でインタラクティブに体験できる。
TRIBE v2 モデル(Hugging Face)(外部)
TRIBE v2のモデルの重みを公開するHugging Faceページ。CC BY-NCライセンスで配布され、研究者が自由にダウンロードできる。
TRIBE v2 コードベース(GitHub)(外部)
Meta研究部門によるTRIBE v2の公式コードリポジトリ。モデルの実装・学習コードをCC BY-NCライセンスで公開している。
TRIBE 先行論文(ArXiv)(外部)
TRIBE v1(Algonauts 2025受賞モデル)の先行論文ページ。TRIBE v2の技術的背景を理解するための一次情報だ。
【参考記事】
Meta’s TRIBE AI: A New Foundation Model Decoding Human Brain Activity(外部)
神経科学専門メディアによるTRIBE v2詳細解説。70倍の空間解像度向上やBCI・神経疾患治療への応用可能性を論じる。
Meta introduces ‘TRIBE v2’ AI model that predicts human brain activity patterns(外部)
The Tech PortalによるTRIBE v2報道。fMRIの時間分解能の限界や個人差によるノイズなど技術的制約を詳述している。
AI at Meta 公式X投稿(TRIBE v2発表)(外部)
Meta AI公式アカウントの発表投稿。未知の被験者への脳反応予測が従来比2〜3倍向上したという数値を記載した一次情報だ。
Meta Unveils TRIBE v2 AI Model That Predicts Human Brain Activity(外部)
Blockchain NewsによるTRIBE v2報道。Reality LabsやAR/VR分野との関連、Metaの長期戦略との接続を分析する。
Meta’s TRIBE and the Future of Simulated Consumers(外部)
神経経済学専門家によるMedium記事。fMRIのBOLD信号の限界と生態学的妥当性の低さを実体験に基づき詳細に論じる。
【関連記事】
NTT「マインド・キャプショニング」脳活動から”思考”を言語化する世界初のAI技術
fMRIとAIを組み合わせ、人が見た・想起した映像の内容を言語化する技術。TRIBE v2と同じfMRI×AIという技術構成を持ち、脳活動データのAI活用という文脈で本記事を補完する。
【編集部後記】
AIが人間の脳を「デジタルツイン」として再現しようとしている——そう聞いて、みなさんはどんな感情を抱いたでしょうか。期待でしょうか、それとも不安でしょうか。
この技術が医療の現場をどう変えていくのか、あるいは私たちの「内側」がデータとして扱われる未来にどう向き合うべきか。簡単には答えの出ない問いだからこそ、みなさんと一緒に考えていただけたら嬉しいです。







































