あなたが今日使ったビデオ通話、その内容はどこかのサーバーに保存されているかもしれません。ZoomでもGoogle Meetでもない、「誰にも見られない」ビデオ会議の時代が、静かに始まろうとしています。
Protonは2026年3月31日、エンドツーエンド暗号化ビデオ会議サービス「Proton Meet」を発表した。暗号化にはオープン標準のMessaging Layer Security(MLS)を採用しており、独立した監査とピアレビューを受けている。アカウント不要で無料利用が可能で、最大50人・最長1時間の通話をホストできる。
より多くの機能を求めるユーザー向けには、月額7.99ドルのMeet Professionalプランを提供する。Proton Calendar、Google、Microsoftのカレンダーとの連携にも対応している。Protonのサービスはすでに1億人以上に利用されており、Proton MeetはProton.me/meetからアクセスできる。
From:
Introducing Proton Meet: Confidential video calls for work and life

【編集部解説】
Proton MeetはZoomやGoogle Meetと何が違うのか——ここを理解するには、「転送時暗号化」と「エンドツーエンド暗号化(E2EE)」の違いを押さえる必要があります。ZoomやGoogle Meetも通信は暗号化されていますが、それはあくまで「データが移動する間だけ」の保護です。つまりサービス側のサーバーでは復号されており、運営企業は理論上、会議の内容にアクセスできます。Proton Meetが採用するMLS(Messaging Layer Security)は、音声・映像・チャット・画面共有のすべてをデバイス上で暗号化し、参加者以外は誰も復号できない設計です。Proton自身でさえ内容を見ることができません。
この「Proton自身も見られない」という点が、AI時代において特に重要な意味を持ちます。GoogleやMicrosoftがAI機能を積極的に自社サービスへ統合するなか、会議データがAI学習に使われるリスクへの懸念が高まっています。Proton Meetの構造上、通話データはそもそも同社のAIパイプラインに流れ込むことができません。これは「使わない」という約束ではなく、「アクセスできない」という技術的な担保です。
地政学的な観点も見逃せません。米国のCLOUD法(Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act)は、米国企業に対してサーバーの所在地に関わらずデータの提出を命じる権限を政府に与えています。Protonはスイスのジュネーブに本社を置き、スイスの法律に準拠して運営されています。GDPRやHIPAA、CCPAへの対応が求められる医療・法律・金融分野の企業にとって、管轄法域の違いは単なるコンプライアンス上の選択肢ではなく、実質的なリスク回避手段として機能します。
今回のProton Meetのリリースは単独ではなく、Proton Workspaceの同日ローンチと一体で行われた点も重要です。Mail・Calendar・Drive・Docs・Sheets・VPN・Pass・Meetをひとつのエコシステムに統合するこの動きは、Google WorkspaceやMicrosoft 365に対する正面からの挑戦です。すでに100,000社以上の顧客を抱えており、個別製品の採用からエコシステム全体への移行が進んでいると同社は報告しています。
ポテンシャルな課題も存在します。Proton MeetはMLS採用により強固なプライバシーを実現していますが、サービス開始直後であり、ZoomやGoogle Meetが長年かけて構築してきた会議品質・安定性・機能の豊富さとの比較はこれからです。また、無料プランでは最大50人・1時間という制限があるため、大規模なウェビナー用途には有料プランへのアップグレードが必要になります。
長期的な視点で見ると、Proton Meetの登場はビデオ会議市場における「プライバシーを軸にした競争」の本格化を意味します。アーリーアダプターにとってはいま試す価値のあるサービスですが、企業導入を検討する場合は、既存ツールからの移行コストや参加者側の利便性とのバランスも含めて評価することが現実的でしょう。
【用語解説】
エンドツーエンド暗号化(E2EE)
End-to-End Encryptionの略。送信者のデバイスで暗号化されたデータが、受信者のデバイスに届くまで誰にも復号できない仕組みになっている。サービス提供者のサーバーを経由しても内容を読むことができないため、一般的な「転送時暗号化」より強固なプライバシー保護を実現する。
転送時暗号化(Transit Encryption)
データが通信経路を移動する間だけを暗号化する方式。ZoomやGoogle Meetが採用している方式で、サービス提供者のサーバー上ではデータが復号される。つまりサービス企業側はデータの内容にアクセスできる状態にある。
MLS(Messaging Layer Security)
IETFがRFCとして策定したグループ通信向けエンドツーエンド暗号化プロトコル。複数人が参加するグループ通話においても効率的かつ安全に暗号化を維持できるよう設計されており、大規模グループへのスケーラビリティに優れる。Proton Meetはこれを採用している。
CLOUD法(Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act)
2018年に米国で成立した法律。米国企業またはその子会社が保有するデータに対し、サーバーの所在地を問わず、米国政府が令状をもってアクセスを要求できると定めている。スイス法のもとで運営されるProtonは、米国企業を直接対象とするこの法律の枠外に位置づけられており、それが競争優位のひとつとなっている。
GDPR(General Data Protection Regulation)
EUが2018年に施行した一般データ保護規則。EU市民の個人データの収集・処理・保管に関する厳格な規制を定めており、違反した場合は高額の制裁金が科される。欧州でビジネスを展開する企業にとって遵守が必須となる規制。
HIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act)
米国の医療情報保護法。患者の医療情報(PHI)の取り扱いに関する基準を定めており、医療機関やその関連事業者に適用される。ビデオ通話で医師と患者が会話する場合、使用するプラットフォームがHIPAAに準拠していることが求められる。
CCPA(California Consumer Privacy Act)
カリフォルニア州が2020年に施行した消費者プライバシー法。カリフォルニア州在住者に対し、企業が収集する個人データへのアクセス権・削除権・オプトアウト権を付与している。GDPRと並ぶ米国最大のデータ保護規制として注目されている。
【参考リンク】
Proton 公式サイト(外部)
スイスのジュネーブ拠点。Mail・VPN・Drive・Pass・Calendar・Meetを統合した暗号化エコシステムを提供する企業。
Proton Meet(外部)
Protonが2026年3月31日にリリースした暗号化ビデオ会議サービス。アカウント不要・無料で最大50人・1時間まで利用可能。
Proton Meetセキュリティモデル解説(外部)
MLSプロトコルによるゼロアクセス設計を解説した公式ブログ記事。Proton自身もアクセス不可の技術的仕組みを詳述している。
Zoom 公式サイト(外部)
世界最大級のビデオ会議プラットフォーム。転送時暗号化を標準採用し、Proton Meetが競合として名指しするサービス。
Google Workspace 公式サイト(外部)
GoogleのビジネスSaaSスイート。Gmail・Meet・Drive・Docsを統合。Proton Workspaceの競合相手の一つ。
Microsoft 365 公式サイト(外部)
MicrosoftのビジネスSaaSスイート。TeamsやOutlookを統合提供し、Proton Workspaceが競合として位置づけるサービス。
【参考記事】
Proton Launches Encrypted Video Conferencing and Unified Workspace to Take On Google and Microsoft(外部)
Proton MeetとWorkspaceの同日ローンチを詳報。エンタープライズ顧客10万社超などの数値とMLSの技術的意義を解説。
Proton adds a secure video conferencing service called Meet to its toolbox(外部)
Workspace Standard 13ドル/月・Premium 20ドル/月など価格構造を詳報した米国テックメディアEngadgetの記事。
Proton Meet is here to save your video calls from Big Tech’s AI(外部)
Meet Professional 7.99ドル/月を公式と同額で記載。ZoomとのE2EE比較とAIデータリスクを平易に解説した記事。
Proton Launches Meet And Workspace, The Private Alternative To Google Workspace And Microsoft 365(外部)
Proton創業の経緯(2014年・CERN)やチーム500名超など企業背景を詳述。CLOUD法の地政学リスクにも言及した記事。
Proton Meet Review 2026: Just Launched And Tested!(外部)
正式リリース直後のハンズオンレビュー。URLのパスワードハッシュ設計など技術的実装を独自検証したDev Problemsの記事。
Proton just launched a privacy-first alternative to Google Workspace and Microsoft 365(外部)
スイス法管轄の優位性とGDPR・HIPAA・CCPA対応を解説。医療・法律・金融分野への実用的メリットを論じた記事。
【編集部後記】
Proton Meetの需要を考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは医療・法律・金融といった「守秘義務」が職業倫理の根幹にある分野です。医師と患者のオンライン診療、弁護士とクライアントの相談、投資判断に関わる機密の打ち合わせ——これらはZoomやGoogle Meetで本当に良いのか、改めて問い直す価値があります。
同様に、ジャーナリストや内部告発者、反体制的な立場で活動する人々にとって、「サービス提供者自身もアクセスできない」という構造は、約束ではなく技術的事実として機能します。これは信頼の問題ではなく、設計の問題です。
企業レベルでは、GDPR対応が求められる欧州拠点を持つ組織や、米国CLOUD法の適用を避けたい非米国企業にとって、スイス法人であるProtonのエコシステムは現実的な選択肢になり得ます。「Big Techの外に出たい」という需要は、地政学的な緊張が高まるなかで確実に広がっています。
注目しているのは、こうした「特定の職業や状況」だけでなく、プライバシーをツール選びの基準にする人が、静かに、しかし着実に増えているという変化です。









































