AIが画面をクリックして仕事をする。その機能を、Anthropic自身は最後の手段として置いています。ブラウザは見るだけ、ターミナルは文字を打てない。アプリの種別ごとに権限の上限が固定され、Claudeを別の経路へ押し戻します。画面を許す前に、確かめておきたい条件があります。
Anthropicは2026年9月3日、コンピュータ操作に関する公式ヘルプを更新した。Claude CoworkとClaude Codeで、Claudeが利用者のコンピュータを操作する機能である。デスクトップアプリで有効にすると、コネクタやツールがない作業について、Claudeが画面をクリックし、入力し、アプリを開いて処理する。同機能は2026年3月23日にリサーチプレビューとして公開され、更新後の記述ではベータとされている。
Coworkではコネクタ、ブラウザ、画面操作の順に選ばれ、画面経由は遅く失敗も起きやすい。対応はmacOSとWindows、対象はProとMaxで、TeamとEnterpriseは対象外である。同社はClaudeとアプリのあいだにサンドボックスはないと明記している。
From:
Let Claude use your computer in Cowork
【参考動画】
コンピュータ操作のデモ(公式ブログ「Put Claude to work on your computer」掲載)
Cowork内蔵ブラウザのデモ(公式ブログ「Claude gets its own browser in Cowork」掲載)
【編集部解説】
コンピュータ操作そのものは、2026年3月23日に発表されています。当時はリサーチプレビューという位置づけで、対象はProとMaxのユーザー、対応はmacOSとWindowsでした。今回のヘルプ記事は、その後の変更を反映して書き直されたもので、現在は「ベータ」と記されています。
読みどころは機能の派手さではなく、Anthropicが画面操作をどこに置いたか、のほうです。
Coworkでは、依頼を受けたClaudeが手段を選ぶ順序が決まっています。まずコネクタ。Gmail、Google Drive、Microsoft 365、Slackのように接続済みのサービスがあれば、それを使う。次にブラウザ。8月26日に発表されたデスクトップアプリ内蔵のブラウザか、Claude in Chromeが担当します。そのどちらでも届かないときに、はじめて画面操作が出てきます。
理由もはっきり書かれています。Slackの接続経由なら数秒で終わる処理が、画面をたどると大幅に時間がかかり、間違いも起きやすい。Claude Code側のドキュメントでも同じ順序が示され、MCPサーバ、シェルコマンド、Claude in Chrome、そして最後にコンピュータ操作、と並びます。最も広く使える手段が、同時に最も遅い手段として置かれています。
この順序が心構えではなく、権限の設計そのものに埋め込まれているところが、今回いちばん興味深い点です。
Claude Codeのデスクトップ版ドキュメントは、アプリごとの制御レベルを3段階に分けています。ブラウザと取引プラットフォームは「表示のみ」で、スクリーンショットに映るだけ。ターミナルとIDEは「クリックのみ」で、文字入力もキーボードショートカットも使えない。それ以外が「フル操作」です。この区分はアプリの種別で固定されていて、利用者が変えることはできません。
ブラウザを画面越しに操作しようとしても、見ることしかできない。内蔵ブラウザかClaude in Chromeを使う経路へ戻す誘導が、権限の天井として実装されているわけです。ターミナルやIDEでも同じで、キーを打てないぶん、シェル作業はBashツールへ戻ることになります。階段を降りるほど扱える相手は広がり、そのぶん天井が低くなる設計と言えます。
層ごとに守りの形が違う点も、押さえておきたいところです。
Coworkのコード実行は、Anthropicのサーバ上に用意された隔離環境で走ります。ファイルの完全な削除には、明示的な許可が入ります。Claude Code側にもBashコマンドを制限するサンドボックスがありますが、こちらは有効化が必要で、対象もBashコマンドとその子プロセスに限られます。これに対して画面操作は、実際のデスクトップの上で動きます。Anthropicは、Claudeとアプリケーションのあいだにサンドボックスはない、と自ら書いています。
そのぶん、別の形の守りが積み上げられています。アプリは使う前に都度許可を求める。ターミナルやFinder、システム設定のように影響範囲の広いアプリでは、許可画面に追加の警告が出ます。作業中はほかのウィンドウが隠され、終わると元へ戻ります。この復元はデスクトップ版では既定の動作で、設定で切ることもできます。CLIではさらに、ターミナルのウィンドウがスクリーンショットから外れるため、Claudeは自分の出力を読み返せません。Escキーはどこからでも中断でき、そのキー入力はそこで消費されるので、画面に仕込まれた指示がEscを使ってダイアログを閉じることもできない。コンピュータを操作できるセッションは、マシン全体で常に1つだけです。
境界の引き方も明快です。使えるのはProとMax。TeamとEnterpriseは現時点で対象外で、Linux版のデスクトップアプリも未対応です。スマートフォンから作業を投げるDispatch経由のセッションでは、アプリの許可が30分で切れ、あらためて聞き直されます。組織向けから先に届くことの多いこの分野で、画面を触る層だけが個人向けプランに留まっているのは、慎重に運んでいる姿勢の表れと読めます。
呼び名のほうは、まだ揃っていません。Coworkのヘルプ記事は「ベータ」、Claude Codeのドキュメントは「リサーチプレビュー」と記しています。導入を考えるときは、段階の名前より、対応OS・対象プラン・権限の階層という条件を見ておくほうが確かです。
日本の現場に引きつけると、示唆はひとつに絞れます。画面操作をどう使うかより、その手前をどれだけ整えられるかが効いてきます。
画面やUI要素に依存する自動化は、画面構成や要素の指定が変われば動かなくなることがあります。RPAが長く向き合ってきた制約で、AIによる画面操作も無縁ではありません。Anthropicが画面操作を最後に置いた設計は、この制約と重なって見えます。コネクタが整っている業務ほど速く確実に回り、整っていない業務では画面操作が最後の受け皿になる。よく使うツールを接続しておくことが、そのまま効率に返ってきます。
そのうえで、最初にやることは決まっています。直接は触らせないアプリを、先に決めておくことです。デスクトップ版には拒否アプリの一覧を設定する場所があり、登録したアプリへの直接の操作は確認を経ずに退けられます。ただし、許可したアプリでの操作を通じて間接的な影響が及ぶ可能性までは、公式も排除していません。銀行、医療、行政、他人の個人情報を含むアプリ。ここを閉じてから、調べものや整理といった軽い作業で慣らしていく順番が、公式の推奨とも重なります。
APIも連携口も持たない相手に、どうやって手を伸ばすか。Anthropicが8月27日にリサーチプレビューを始めた「Model Hardware Standard」は、実験・製造機器に共通の接続層を設ける試みです。対象はプログラム可能なインターフェースを持つ機器で、それを持たないハードウェアにはまだ対応していない、と公式は書いています。一方で公開された事例には、APIを一切持たずGUIだけを備えたプレートリーダーを、MHS経由で人と同じように操作したというものもあります。画面しか入口のない領域は、業務ソフトにも実験室にも残っています。そこへ届く手段が、天井を低く保ったまま個人の利用者にも開かれた、というのが今回の位置づけです。
【関連記事】
Claude in Chrome乗っ取り実証、Anthropicの「0%」は何を測っていたのか
ブラウザ拡張へのプロンプトインジェクション実証を扱った記事。公表された防御率の数値を、どの条件で測ったものかから読み解いている。
Claude Cowork がデスクを離れる|デバイス不要で進むAIエージェントの新常態
Coworkがデスクトップを離れ、Webとモバイルへ広がった経緯を伝える記事。クラウドでの実行に移ったことが何を変えたかを整理している。
Anthropic「MHS」公開|画面しかない実験装置をAIにつなぐ
実験機器とAIをつなぐ共通仕様MHSを扱った記事。今回の締めで触れた、プログラムの接続口を持たない装置の話につながっている。
Kimi WebBridge登場|「ローカルファースト」は安全か──エージェント信頼軸の問い直し
ブラウザを操作するエージェントの信頼境界を比較した記事。どこまでを手元で処理するかという、設計思想の違いを掘り下げている。
【編集部後記】
iOSアプリのテストを頼むと、デスクトップ版のClaudeは画面操作を使いません。専用のシミュレーターの枠が開き、そちらで動きます。専用の道具があるなら、そちらへ回す。階段の途中に、また別の迂回路が用意されていたわけです。
画面を触れる範囲を広げるのではなく、触らずに済む経路を増やす。この積み方が続くなら、数年後に画面操作が担うのは、どこからも手の届かない相手だけになるのかもしれません。
【用語解説】
コンピュータ操作(computer use)
AIが人と同じようにマウスとキーボードを扱い、画面を見ながらアプリを操作する機能。APIや専用の連携口が用意されていないソフトにも手が届く。
コネクタ
ClaudeとGmailやSlackなどの外部サービスをつなぐ接続機構。画面を介さず直接やり取りするため、同じ処理でも速く、失敗が少ない。
内蔵ブラウザ
Claude Desktopアプリの中で動くClaude専用のブラウザ。利用者自身のブラウザとは別に用意され、タブやパスワードは共有されない。
MCPサーバ
Model Context Protocolに従って、AIに外部のツールやデータを渡す仕組み。Claude Codeでは、画面操作より優先して選ばれる経路のひとつ。
Bashツール
シェルコマンドを実行するための道具。Claude Codeでは、ターミナルを画面越しに操作する代わりにこちらが使われる。
サンドボックス
プログラムの動作範囲を区切り、外側へ影響が出ないようにする隔離の仕組み。コンピュータ操作にはこの層が置かれていない。
リサーチプレビュー/ベータ
いずれも正式提供前の段階を指す呼び名。提供元によって使い分けの基準は異なり、同じ機能でも文書ごとに表記が揺れることがある。
Dispatch
スマートフォンからClaudeへ作業を投げ、離席中に進めてもらう機能。ここから起動したセッションでは、アプリの許可が30分で失効する。
IDE
コードを書くための統合開発環境。コンピュータ操作では、ターミナルと同じ「クリックのみ」の階層に置かれる。
RPA
画面の操作手順を記録・再生して事務作業を自動化する仕組み。画面構成や要素の指定が変わると動かなくなることがある。
Model Hardware Standard(MHS)
実験・製造機器とAIエージェントをつなぐ共通仕様。2026年8月27日にリサーチプレビューが始まった。
【参考リンク】
Claude Cowork(製品ページ)(外部)
開発者以外のナレッジワークをClaudeに任せるエージェント製品の公式ページ。対応する環境と、任せられる作業の全体像がまとまっている。
Put Claude to work on your computer(外部)
2026年3月23日の公式ブログ。コンピュータ操作が初めて公開されたときの位置づけと、Dispatchと組み合わせた使い方を伝えている。
Claude gets its own browser in Cowork(外部)
2026年8月26日の公式ブログ。Cowork内蔵ブラウザの提供開始と、Claude in Chromeとの使い分けの考え方を説明している。
Use Claude Cowork safely(外部)
Coworkを安全に使うための公式ヘルプ。承認モードの違い、削除前の明示的な許可、そして画面操作を扱うときに気をつけたい点が並んでいる。
Desktop application(Claude Code Docs)(外部)
デスクトップ版の公式ドキュメント。アプリごとに固定された権限3段階と、拒否アプリやウィンドウ復元の設定について詳しく記されている。
Let Claude use your computer from the CLI(外部)
CLI版の公式ドキュメント。マシン全体での排他ロックや、ターミナルの画面をスクリーンショットから外す仕組みまで確認できる。
Sandboxing(Claude Code Docs)(外部)
Bashコマンドの隔離に関する公式ドキュメント。隔離が適用される範囲と、有効化に必要な条件、動かないときの挙動が示されている。
Previewing the Model Hardware Standard(外部)
Model Hardware Standardのリサーチプレビュー開始を伝える公式発表。対象とする機器と、各社の導入事例が読める。
【参考記事】
Claude Code and Cowork can now use your computer(外部)
コンピュータ操作の提供開始を伝えた報道。コネクタを優先し、なければ画面を操作するという動作の順序を早い段階で整理している。
Claude Computer Use Setup: Pro + Max Guide (Mac & Windows)(外部)
設定手順を実務目線でまとめた解説。Proでは使えてTeamでは使えないという提供範囲の逆転を、具体的な料金とともに指摘している。
Troubleshoot unattended desktop flow execution failures(外部)
Microsoftの公式ドキュメント。UIの変更がセレクタによる自動化を止める仕組みと、複数の指定を併用する回避策が説明されている。


















