大統領令14365号は、州のAI規制を抑える全国基準を「議会とともに」作ると宣言しました。その議会の多数派が、11月3日の中間選挙で民主党に移ります。ところが条文を読むと、政権の構想にも超党派の法案にも、州に残す領域がすでに書き込まれています。新しい議会が引き直すのは、その線の位置です。
2025年12月11日の大統領令14365号は、州ごとのAI規制を抑えるため、州法を上書きする連邦の統一ルールの立法案を用意するよう命じた。その立法案では、子どもの保護、AIの計算資源とデータセンターのインフラ(一般的な許認可の改革を除く)、州政府のAI調達などについて、合法な州法を上書きしないとしている。2026年7月に超党派で提出されたFRONTIER法(H.R.9925)も、AI開発者に新たな義務を課す州法を一部の領域で上書きする一方、子どもの保護や、条件つきで利用者側の規制を州に残す。2026年11月3日の中間選挙で民主党が上下両院の多数派を取ることが確実になり、この線引きを議論する議会の構成は2027年1月から変わる。
選挙の翌日、下院民主党の議員総会副議長を務めるテッド・リュー(Ted Lieu)氏は、次の議会でAIの公聴会を開き、データセンターを含めて合理的なガードレールを設ける法律を通すと述べたと、複数のメディアが報じました。同じ日の取引開始前には、データセンター関連株が売られ、クリーンエネルギー株が買われたとロイターが伝えています。
この動きは、選挙で突然始まったものではありません。州のAI規制を10年凍結する条項、州法の上書きを狙う大統領令の草案、そして大統領令の署名は、innovaTopiaでも個別の記事として伝えてきました。本稿では、大統領令とFRONTIER法の条文を軸にこの1年半をつなぎ直し、議会の構成が変わることで、AIのルール作りの何が動き、何が動かないのかを読み解きます。
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連邦と州、AIのルールをめぐる1年半
| 時期 | 出来事 | 関連記事/出典 |
|---|---|---|
| 2025年5月 | 下院共和党が、州のAI規制を10年凍結する条項を予算法案に追加 | innovaTopiaの記事 |
| 2025年11月 | 州のAI法に訴訟で対抗する大統領令の草案が報じられる | innovaTopiaの記事 |
| 2025年12月11日 | 大統領令14365号に署名。司法長官のもとに州法と争う専門チームを置く | innovaTopiaの記事/連邦官報 |
| 2026年6月 | 超党派の討議用草案が公表され、下院民主党のAI委員会が支持できないと表明 | 下院民主党AI委員会の声明/Roll Call |
| 2026年7月23日 | FRONTIER法(H.R.9925)が共和党3人・民主党3人の連名で提出される | 政府出版局 |
| 2026年11月3日 | 中間選挙。民主党が上下両院の多数派を取ることが確実に | AP通信 |
| 2026年11月4日 | リュー氏が公聴会と法整備を表明。データセンター関連株が下落 | Semaforほか/ロイター |
| 2027年1月3日 | 新しい議会(第120議会)の任期が始まる | 合衆国憲法修正第20条 |
大統領令が議会に求めたもの
大統領令14365号は、州ごとの規制が「50通りのばらばらの制度」を生み、スタートアップほど対応が重くなると述べています。そのうえで、大統領令の政策に反する州法を排除する、負担の小さい全国基準を「議会とともに」作ることを政権の方針に据えました。
訴訟と補助金で、立法を待たずに動く仕組み
全国基準ができるまでのあいだに、政権が自ら動く手段も並んでいます。司法長官は30日以内に、州のAI法と争うことだけを任務とする専門チームを置く。商務長官は90日以内に、負担が重いと判断した州法を一覧にし、その州をブロードバンド整備の補助金(BEAD)の一部から外す条件を示す。こうした内容は、2025年12月の記事でも紹介しました。
大統領令そのものが州法をまとめて無効にするわけではありません。同令の第9条も、法律の範囲内で実施すると定めています。政権は既存の連邦法や規制を根拠に州法へ対抗する道も探っていますが、州法を上書きする新しい包括的な枠組みには、議会の立法が欠かせません。そこで同令の第8条は、AI・暗号資産担当の特別顧問と大統領補佐官(科学技術担当)に、州法を上書きする連邦の枠組みの立法案を用意するよう命じています。
立法案で上書きしないと明記された3つの領域
見落とされやすいのが、第8条の後半です。立法案は、次の領域で合法な州法を上書きしてはならないとされています(このほか「今後決める事項」も対象になり得ます)。
- 子どもの保護
- AIの計算資源とデータセンターのインフラ(一般的な許認可の改革を除く)
- 州政府によるAIの調達と利用
政権が議会に求める立法案の中では、データセンターのインフラに関する合法な州法は、一般的な許認可の改革を除き、上書きの対象から外されていることになります。ただし、この除外は第8条の立法案についての定めです。司法省の専門チームによる訴訟や、補助金の条件づけにまで同じ除外が及ぶとは書かれていません。
一方で大統領令は、第1条で、当時のコロラド州の「アルゴリズム差別」を禁じる州法を名指しで批判しています。同法は、採用や融資などでAIを使う側にも義務を課すものでした(コロラド州は2026年5月、この法律を置き換える新しい州法を成立させています)。大統領令は、AIの使われ方を定める州法も、見直しの対象から外しているわけではありません。
FRONTIER法は、どこで線を引いたか
議会の側にも、すでに条文があります。2026年7月23日に提出されたFRONTIER法(Frontier Risk Oversight, National Transparency, Independent Evaluation, and Reporting Act、H.R.9925)です。提出者は共和党のジェイ・オバーノルト(Jay Obernolte)氏で、民主党のロリ・トラハン(Lori Trahan)氏ら、共和党3人・民主党3人が名を連ねています。政府出版局の書誌では、同日にエネルギー・商業委員会と科学・宇宙・技術委員会へ付託されたことが最後の記録です。
法案は、最先端のAIモデルを開発する企業に、壊滅的なリスクへの備えの開示を求め、開発者の規模に応じて、第三者による監査や、免許を受けた独立検証機関による継続的な評価を求める内容です。州法との関係を定めた第9条では、リスクの開示、第三者による監査と独立した検証、事故の報告という3つの領域について、AI開発者に新たな実質的な義務を課す州や自治体の規制を禁じています。
一方で、同じ第9条は州に次の権限を残しています。
- AI開発者を狙い撃ちにしない、一般的な法律
- 消費者保護や公民権、プライバシーなどの法律による、AIの利用者・導入者への規制。ただし、開発者にモデルの開発・訓練・評価・公開について実質的な義務を課さないことが条件
- 未成年者をAIの害から守るための法律
- 州政府によるAIの調達と利用
子どもの保護と州政府の調達は、大統領令の第8条の除外とも重なります。FRONTIER法は、開発者に課す義務の一部を連邦でそろえ、使われ方への規制は条件つきで州に残すという線を引いています。大統領令が利用側の州法も批判していることと比べると、両者の線の位置は同じではありません。
民主党内にあった、もう一つの線
この線引きに民主党がそろって賛成しているわけでもありません。6月に超党派の討議用草案が公表された際、ジェフリーズ院内総務が立ち上げた下院民主党のAI委員会は、その草案を支持できないとする声明を出しました。労働組合のAFL-CIOや米国自由人権協会(ACLU)なども、州法の上書きに反対したとRoll Callは報じています。7月のFRONTIER法は、この草案と同じ政策の流れから生まれた法案です。
選挙後のSemaforの記事(Yahoo Newsへの転載版)は、党内の進歩派と企業寄りの穏健派の違いや、上下両院の考え方の違いが、包括的なAI規制をすばやく成立させることを難しくすると伝えています。ゴットハイマー議員は、AIについて党内には驚くほど広い合意があると述べる一方、具体的な政策の議論はこれからだという声も紹介されています。
議会の多数派が変わると、何が動くのか
議題を決める側が変わる
新しい議会では、民主党が主要な委員会の委員長を握る見通しです。各委員会の規則に従いながら、どの法案を審議し、どんな公聴会を開くかの議題づくりを主導できます。公聴会や調査は、法律の成立を待たずに議会が動ける手段です。
法律の成立には、依然として高い壁がある
一方で、法律を成立させる条件は変わりません。上院では通常、法案の審議引き延ばしを打ち切るのに原則60票が必要で、民主党の議席はそれに届いていません。法案が両院を通っても、大統領は拒否権を使えます。拒否権を覆すには、定足数を満たした各院で、投票者の3分の2以上の賛成が必要です。Fortuneは、AIの規制に反対してきた大統領のもとでは、幅広い超党派の支持がなければ法律の成立は難しいと分析しています。
FRONTIER法そのものは、今の議会で議会側の手続きを終えられなければ、次の議会で出し直す必要があります。それでも、共和党と民主党の議員が共同で書いたその内容は、新しい議会でも議論の土台になり得ます。AI政策のニュースレターTransformerのシェイキール・ハシム(Shakeel Hashim)氏は、FRONTIER法より強い法案、つまり最も強力なモデルの試験と承認を義務づけ、州法の上書きをより狭くする法案が、2027年初めの数か月で議会を通ると予測しています。同氏も、成立には大統領の署名が必要だと書き添えています。
【追記(2026年11月6日)】ここで「次の議会で出し直す」と書いた区切りは、暗号資産の市場構造法案CLARITY Actにも、同じ2027年1月3日でかかっています。私がパートナーメディアであるCryptoverseで書いた「民主党が米上下両院を奪還、CLARITY Actは1月3日の任期切れが期限に」では、審議中の法案が議会をまたいで持ち越せなくなる仕組みと、選挙後のレームダック会期の意味、出し直しになった場合に新しい委員長のもとで誰が法案を扱うのかを整理しました。
州が先に動く構図は続く
議会での立法に時間がかかるなら、ルール作りの現場はしばらく州にあります。コロラド州のAI法や、カリフォルニア州の最先端AIの透明性法、ニューヨーク州のRAISE法など、州法の積み上げは2025年12月の記事でも紹介しました。司法省の専門チームとの訴訟も含め、州と連邦の綱引きは、議会の構成が変わっても舞台を移しながら続くと見られます。
大統領令が立法案で上書きしないとしたデータセンターは、今回の選挙で各州の争点にもなりました。データセンターの電力と電気料金をめぐる各地の選挙と、連邦議会の許認可改革、COP31への影響は「データセンターと電気代が争点に|米中間選挙で問われたAIの電力」で整理しています。
市場とAIマネーが映したもの
データセンター関連株の売り
選挙翌日の11月4日の取引開始前、データセンター関連株が売られ、クリーンエネルギー株が上がったとロイターは報じました。ただし同じ記事は、法律がデータセンターの建設を大きく止めることには懐疑的なアナリストの声も伝え、増えそうなのは公聴会や調査だとしています。
AI関連株は選挙の前から下げていました。Goldman SachsのAI銘柄群は10月に15%下落していたと、Investing.comは伝えています。選挙の結果だけで株価の動きを説明することはできません。
業界の政治資金をどう見るか
AI業界の政治資金も注目されました。AIの開発を後押しするスーパーPACのネットワーク「Leading the Future」は、2025年8月に1億ドルを超える資金の裏付けを得て発足しています。一方、AIの安全性を重んじる側の「Public First」も、対抗する候補を支援してきました。
両者が最も多くの資金を投じたのは、6月のニューヨーク州第12区の民主党予備選です。Fortuneによると、Leading the FutureはRAISE法の共同提案者であるアレックス・ボアズ(Alex Bores)氏への対抗に810万ドル超を、Public Firstは同氏の支援に約1500万ドルを投じ、同氏は敗れました。
11月の本選について、TIMEは両陣営の資金が決定打にはならなかったと評価しています。ハシム氏は、Leading the Futureが支援したサウスカロライナ州の候補の敗北を挙げ、議員がAI業界の資金を恐れる理由は小さくなったと見ています。
これから何が開くのか
大統領令は、全国で一つのAIのルールを議会と作ると宣言しました。その議会が、2027年1月に新しい顔ぶれで動き出します。
大統領令の立法案についての除外規定と、FRONTIER法が州に権限を残す規定には、子どもの保護や州政府の調達といった共通点があります。ただし、対象の範囲や条件は一致していません。新しい議会で問われるのは、全国の基準でそろえる義務と、州に残す規制を、どこで線引きするかです。
日本では、AI推進法のもとで、国と事業者の協力を軸にした仕組みが動いています。開発と利用のどちらにどれだけの義務を置くかという米国の議論は、海外でサービスを提供する日本の開発者にとっても、設計の前提を考える手がかりになるはずです。
【編集部後記】
大統領令が、立法案で上書きしないと書いた領域の一つが、データセンターのインフラでした。用地や電力、許認可は地域ごとの事情が大きく、連邦の統一ルールの外に置く判断にも筋は通ります。
その領域が、今回の選挙では各地の争点になりました。Fortuneは投票日に、データセンターが中間選挙の大きな政治課題になっていると伝えています。州に委ねたはずの論点から、連邦の議会を動かす声が上がった形です。線を引いた側は、この逆向きの流れをどこまで見込んでいたのでしょうか。
【用語解説】
大統領令
大統領が行政機関に向けて出す命令である。法律の範囲内でしか効力を持たず、州法を直接無効にすることはできない。
州法の上書き(専占)
連邦法が同じ分野の州法に優先し、州の規制を排除することである。合衆国憲法の最高法規条項に基づき、連邦議会が法律で定める。
BEAD
Broadband Equity, Access, and Deployment Programの略である。高速インターネット網の整備のため、連邦政府が州に配分する補助金の制度だ。
最先端のAIモデル(フロンティアモデル)
計算資源の規模や性能で、その時点の最上位に位置する大規模なAIモデルである。FRONTIER法は、こうしたモデルの開発者に開示や検証を求める。
第三者監査・独立検証機関
AIの開発者以外の組織が、安全性の評価や開示の内容を確かめる仕組みである。FRONTIER法は、規模の大きな開発者ほど重い検証を求める。
拒否権
議会を通過した法案に、大統領が署名を拒むことである。議会は、定足数を満たした各院で投票者の3分の2以上が賛成すれば、拒否権を覆せる。
スーパーPAC
候補者の陣営から独立して、選挙の広告などに上限なく資金を投じられる政治団体である。支出は連邦選挙委員会に届け出る。
RAISE法
ニューヨーク州が定めた、最先端AIモデルの開発者に安全対策の公表や重大な事故の報告を求める州法である。
【参考リンク】
Ensuring a National Policy Framework for Artificial Intelligence(Federal Register)(外部)
2025年12月11日署名の大統領令14365号の全文。第8条(b)の上書きしない領域や、司法省の専門チーム、BEADの条件を定める。
H.R.9925 – FRONTIER Act(Introduced in House)(GovInfo)(外部)
2026年7月23日に提出されたFRONTIER法の条文。州法との関係を定めた第9条と、6人の提出者、2つの付託先を確認できる。
What the blue tsunami means for AI policy(Transformer)(外部)
シェイキール・ハシム氏の分析。FRONTIER法より強い法案が2027年初めに議会を通ると予測し、AIマネーの結果も論じる。
Democrats are fired up on AI. Consensus is harder.(Semafor/Yahoo News)(外部)
選挙後の民主党内で、AI規制の進め方をめぐる考え方の違いを伝えるSemaforの記事の転載版。ゴットハイマー氏らの発言を載せる。
Rush to regulate AI divides Democrats in Congress(Roll Call)(外部)
2026年6月の超党派の討議用草案を、下院民主党のAI委員会が支持しなかった経緯と、労働組合や人権団体による反対を伝える記事。
AI data-center stocks slide, renewables rally after Democratic US midterm sweep(Reuters/Yahoo Finance)(外部)
選挙翌日の11月4日の取引開始前に、AIデータセンター関連株が売られ、再生可能エネルギー株が上がったと伝えるロイターの記事。
How AI Backlash Shaped the 2026 Midterms(TIME)(外部)
AIへの反発が中間選挙にどう表れたかを論じ、AI業界と安全性重視の両陣営の政治資金が決定打にならなかったと評価する記事。
Here’s how the candidates backed by AI super PACs fared(Fortune)(外部)
Leading the FutureとPublic Firstが支援・対抗した候補の結果を、ニューヨーク州第12区などの支出額とともに整理する。
AI is on the ballot in today’s midterm elections(Fortune)(外部)
投票日の記事。データセンターが各地の選挙の争点になったことと、大統領の拒否権のもとでAIの法律を通すことの難しさを論じる。
AI法 全面施行 -次なるフェーズへ-(内閣府)(外部)
日本のAI推進法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)の全面施行と、その後の取り組みを紹介する内閣府のページ。



