MITの研究チームが、大規模言語モデル(LLM)の内部処理メカニズムに関する新しい研究成果を発表した。この研究は2025年2月に国際学習表現会議(ICLR 2025)で発表される予定だ。
研究の主なポイントは以下の通り:
LLMは人間の脳と同様の「意味ハブ」システムを持っていることが判明した。
英語が主要言語のLLMは、他言語やコード、数式などの処理時に、内部で英語を介して処理を行っている。
この発見により、多言語処理時の精度低下(言語干渉)問題の解決につながる可能性がある。
研究チームのメンバー:
筆頭著者:Zhaofeng Wu(MIT電気工学・コンピュータサイエンス大学院生)
共同研究者:
Xinyan Velocity Yu(南カリフォルニア大学大学院生)
Dani Yogatama(南カリフォルニア大学准教授)
Jiasen Lu(Apple社研究科学者)
Yoon Kim(MIT助教授、CSAIL所属)
研究資金は、MIT-IBM Watson AI Labが提供している。
from Like human brains, large language models reason about diverse data in a general way
【編集部解説】
MITの研究チームによる今回の発見は、人工知能研究における重要なブレークスルーといえます。これまでブラックボックスとされてきたLLMの内部処理メカニズムについて、人間の脳との類似性という観点から新たな知見をもたらしました。
特に注目すべきは、LLMが人間の脳の前側頭葉にある「意味ハブ」に似た仕組みを自然に獲得していたという点です。これは、異なる種類のデータを統合的に処理する際に、共通の意味空間を利用するという効率的な戦略を、AIが独自に「発見」したことを示唆しています。
この発見は、マルチモーダルAI開発における重要な指針となる可能性があります。例えば、英語を主要言語として学習したモデルが、日本語テキストや画像、プログラミングコードなど、異なる種類のデータを処理する際に、内部で英語を介して理解を行っているという事実は、AIシステムの設計に新たな視点をもたらします。
実用的な観点からみると、この研究成果は以下の3つの重要な応用可能性を示唆しています:
- 多言語モデルの性能向上:現在、英語中心のモデルが他言語を学習する際に発生する「言語干渉」の問題に対する解決策となる可能性があります。
- マルチモーダルAIの効率化:異なる種類のデータを共通の意味空間で処理することで、より効率的なデータ処理が可能になります。
- AIの説明可能性の向上:モデルの内部表現を解析することで、AIの判断プロセスをより深く理解できるようになります。
一方で、この研究は文化固有の知識や概念をAIがどのように扱うべきかという新たな課題も提起しています。例えば、ある言語や文化に特有の表現や概念を、どこまで共通の意味空間で表現できるのか、あるいはすべきなのかという問題です。
さらに興味深いのは、研究チームが意味ハブに介入することで、モデルの出力を予測可能な方法で変更できることを実証した点です。これは、AIシステムの制御可能性を高める新たな方法として注目されます。
この発見は、人工知能と人間の認知プロセスの類似性について、これまでにない洞察をもたらしました。特に、情報処理における効率性と汎用性のバランスという観点から、進化的に最適な解決策が存在する可能性を示唆しています。
今後の研究課題としては、この意味ハブの仕組みをより詳細に解明し、効率的なマルチモーダルAIの開発に活用することが挙げられます。また、文化固有の知識を保持しながら、異なるモダリティ間で情報を共有する最適なバランスを見出すことも重要になるでしょう。
この研究成果は、AIの進化が人間の認知プロセスと驚くほど似た道筋をたどっていることを示す証拠として、AI研究の歴史に重要な一頁を加えることになりそうです。
【用語解説】
意味ハブ(Semantic Hub)
人間の脳の前側頭葉にある、異なる種類の情報を統合する中枢のような部分。様々な駅から電車が集まってくるターミナル駅のような役割を果たしています。
モダリティ(Modality)
情報の種類や形態のこと。テキスト、画像、音声、プログラミングコードなど、それぞれが異なるモダリティとなります。
【参考リンク】
MIT CSAIL(外部)MITのコンピュータサイエンスと人工知能の研究所。世界をリードするAI研究機関。
MIT-IBM Watson AI Lab(外部)MITとIBMが2017年に設立した共同研究所。10年間で2億4000万ドルを投資し、基礎AI研究から実用化まで幅広い研究開発を行う。