スウェーデンのKTH王立工科大学とバルセロナスーパーコンピューティングセンターの研究チームが、AIを活用して航空機の乱気流や失速を軽減・予防する革新的な技術を開発した。この研究成果は2025年2月に科学誌「Nature Communications」に掲載された。
開発されたAIシステムは深層強化学習(DRL)を用いて航空機の翼表面に設置された「合成ジェット」装置を制御し、精密な空気のパルスを放出することで気流を動的に調整する。研究結果によると、このAIベースのシステムは気流分離バブルを9%削減することに成功し、従来の周期的制御方式による6.8%の削減率を上回った。
また、長短期記憶(LSTM)リカレントニューラルネットワークを用いた研究では、AIが従来の警告システムより10秒早く航空機の失速を予測できることが示された。
さらに、AIアルゴリズムとIoT(モノのインターネット)フレームワークを組み合わせることで、目に見えない晴天乱気流(CAT)を事前に検出するシステムも開発されている。このシステムは乗客の快適性向上だけでなく、航空機の摩耗軽減や航空会社のメンテナンスコスト削減にも貢献する可能性がある。
from:This AI Breakthrough Could Make Turbulence a Thing of the Past!
【編集部解説】
今回の研究成果は、航空安全と快適性の向上に大きな一歩となる可能性を秘めています。研究の中心となっている「流れの剥離」という現象は、一般の方にはなじみがないかもしれませんが、航空機の安全性に直結する重要な問題です。
航空機が飛行するためには、翼の上側を流れる空気が速く、下側を流れる空気が遅いという状態を維持する必要があります。この差が揚力を生み出し、航空機を空中に浮かせているのです。しかし、翼の角度が急すぎたり、気圧の変化で空気の流れが遅くなったりすると、翼の上側を流れる空気が翼の形状に沿わなくなり「剥離」が起こります。
この剥離が発生すると、揚力が減少し抗力が増加するため、最悪の場合「失速」につながります。失速は航空機が制御不能になる危険な状態で、過去には多くの航空事故の原因となってきました。
KTH王立工科大学の流体力学・機械学習研究者であるリカルド・ビヌエサ氏によれば、今回開発されたAIシステムは、この危険な現象を9%も軽減できるとのこと。数字だけ見ると小さな改善に思えるかもしれませんが、航空安全の世界では非常に意義のある進歩です。
特筆すべきは、このシステムが「深層強化学習(DRL)」を活用している点です。従来の周期的な制御方式とは異なり、AIは過去の経験から学習し、リアルタイムで変化する気流条件に適応して最適な制御を行います。これにより、従来方式の6.8%を上回る9%の改善を達成しました。
また、失速予測に関する研究も非常に重要です。従来の失速警告システムは、実際に失速が起きる直前にしか作動しませんでした。しかし、LSTMニューラルネットワークを用いたAIは、従来のシステムより10秒早く失速を予測できるとされています。航空の世界では、この10秒という時間が回復操作のための貴重な猶予となり、安全性を大きく向上させる可能性があります。
さらに、晴天乱気流(CAT)の予測技術も注目に値します。CATは嵐による乱気流と異なり、ほぼ目に見えず予告なく発生するため、パイロットにとって厄介な問題でした。AIとIoT技術を組み合わせることで、これらの目に見えない乱れを事前に検出できれば、乗客の快適性向上だけでなく、航空機への負担軽減にもつながります。
この技術がもたらす恩恵は多岐にわたります。乗客にとっては、予期せぬ揺れが減少し、より快適な飛行体験が期待できます。航空会社にとっては、燃費の向上、運用コストの削減、安全性の向上というメリットがあります。そしてパイロットにとっては、より信頼性の高い意思決定支援ツールとなるでしょう。
ただし、こうした先進技術の実用化にはまだ課題も残されています。実験室での成功を実際の航空機に適用するには、さらなる検証と改良が必要です。また、AIシステムの信頼性や安全性の担保、航空規制当局の承認取得なども重要なステップとなります。
長期的な視点では、このようなAI技術の進化は航空産業全体を変革する可能性を秘めています。将来的には、AIが航空機の設計段階から関与し、より効率的で安全な航空機の開発につながるかもしれません。さらに、自律飛行技術との組み合わせにより、航空輸送の新たな時代を切り開く可能性もあります。