Last Updated on 2025-03-25 12:10 by admin
2025年3月、映画監督デヴィッド・クローネンバーグがロンドン・サウンドトラック・フェスティバルで、「ザ・ブルータリスト」におけるAI音声加工論争に言及した。クローネンバーグは、エイドリアン・ブロディのハンガリー訛りにAIが使用された件を「他のオスカー候補作によるネガティブキャンペーン」と反論した。
論争の発端は2025年1月、映画の編集者ダーヴィド・ヤンチョーがRed Sharkのインタビューで、AIツールを使用して主演俳優ブロディとフェリシティ・ジョーンズの声を加工したと述べたことだ。
クローネンバーグは自身の1993年の作品「M.バタフライ」を例に挙げ、声の加工は映画製作の一般的な手法だと主張した。映画監督ブレイディ・コルベットも、AIの使用は俳優の演技の真正性を保つためだったと擁護している。
同時期に、映画「エミリア・ペレス」でもカルラ・ソフィア・ガスコンの歌声にAIが使用されていたことが明らかになった。
2025年3月の第97回アカデミー賞では、ブロディが「ザ・ブルータリスト」で主演男優賞を獲得した一方、ジョーンズ、ガスコン、コルベットは受賞を逃している。
【編集部解説】
この騒動の核心には、映画製作における最新AI技術の活用と、それに対する業界内外からの反応があります。AI音声加工技術は近年急速に発展しており、「ザ・ブルータリスト」での使用が明らかになったことで、芸術表現の真正性と技術革新のバランスについて活発な議論が巻き起こりました。
クローネンバーグ監督の発言は、この論争に新たな視点を提供しています。彼は声の加工を映画製作の伝統的な手法の延長線上に位置づけており、技術の進化に対して比較的オープンな姿勢を示しています。これは、デジタル時代における芸術表現の本質について、私たちに再考を促すものかもしれません。
一方で、この騒動が他の映画のネガティブキャンペーンによって意図的に引き起こされたという指摘は、映画業界の競争環境の厳しさを物語っています。技術的な側面が批判の対象となり得ることは、今後の映画製作やプロモーション戦略にも影響を与えるでしょう。
AI音声加工技術は、言語や文化の壁を越えた演技の可能性を広げる一方で、俳優の技量や努力の価値に関する根本的な問いも投げかけています。例えば、ハンガリー語のアクセントを完璧に習得するために数ヶ月を費やす俳優の努力と、AIによる音声加工のどちらが芸術的に価値があるのか、という問いです。
また、この事例は、AI技術の透明性と倫理的使用に関する重要な問題を提起しています。観客は映画を鑑賞する際、どの部分がAIによって加工されているのかを知る権利があるのでしょうか。あるいは、そのような情報開示は映画の魔法を損なうのでしょうか。
長期的には、この技術が映画の国際化やローカライゼーションに革命をもたらす可能性があります。異なる言語版の映画制作が効率化され、俳優の元の演技の微妙なニュアンスを保ちながら、様々な言語に対応できるようになるかもしれません。
しかし同時に、文化的特性や言語の独自性が均質化される危険性も指摘されています。技術の進歩と芸術的多様性のバランスをどう取るか、これは今後の映画業界全体の課題となるでしょう。
この騒動は、AIが芸術分野に与える影響について、私たちに深い洞察を提供しています。技術革新と創造性、倫理、そして伝統的な技巧の共存をどう実現するか。これは映画業界だけでなく、あらゆる創造的分野で直面する課題となっていくでしょう。
【用語解説】
ネガティブキャンペーン:
対立する相手の弱点や欠点を強調することで自分の立場を有利にする戦略的な手法である。主に政治選挙で使用されるが、映画業界などのエンターテインメント分野でも見られる。
【参考リンク】
ザ・ブルータリスト(The Brutalist)(外部)
2024年に公開されたブレイディ・コルベット監督の映画。ハンガリー系ユダヤ人のホロコースト生存者がアメリカに移住し、建築家として成功を目指す物語。予算約960万ドルに対し、全世界で4760万ドルの興行収入を記録した作品である。
A24(外部)
「ザ・ブルータリスト」の配給元。インディーズ映画を中心に配給・製作を行う米国の映画会社。
Respeecher(外部)
既存の声から新しい音声を生成するAI技術を提供。映画やテレビ番組での声の加工に使用。今回の「ザ・ブルータリスト」だけでなく、過去には「スター・ウォーズ」シリーズなど多くの映画で使用されている。ルーク・スカイウォーカーの若い声の再現などに活用された。