Last Updated on 2025-05-20 09:11 by admin
マイクロソフトは2025年5月19日、年次開発者会議「Build 2025」において、同社が「オープンエージェンティックウェブ」と呼ぶAIエコシステムの構築を目指した50以上のAIツールとプラットフォームを発表した。
これらは最小限の人間の介入で意思決定やタスク実行が可能な自律型AIエージェントの開発と展開を支援するものである。
主な発表内容は以下の通りである:
1. Azure AI Foundry Agent Serviceの一般提供開始 – 複数の専門エージェントを調整して複雑なワークフローを処理する機能を提供する。Agent2Agent(A2A)やModel Context Protocol(MCP)などのオープンプロトコルをサポートし、エンタープライズグレードのAIエージェントを構築可能にする。
2. Microsoft Entra Agent IDのプレビュー版リリース – Microsoft Copilot StudioやAzure AI Foundryで作成されるエージェントに自動的に一意のIDを割り当て、企業が「エージェント拡散(agent sprawl)」を防止し、エージェントを安全に管理できるようにする。
3. GitHub Copilotコーディングエージェントの進化 – コードのリファクタリング、テストカバレッジの向上、欠陥の修正、新機能の実装を自律的に行うことができる。また、GitHub Copilot ChatのVisual Studio Code版をオープンソース化し、開発者コミュニティが貢献できるようにした。
4. Windows AI Foundryの発表 – Windows Copilot Runtimeの進化形として、Windows上でのローカルAI開発のための統一プラットフォームを提供する。Windows MLを含み、CPUやGPU、NPUなど様々なハードウェアでのAIモデル展開をサポートする。「Foundry Local」はWindows 11やMacOSでAIモデル、ツール、エージェントを直接デバイス上で実行することを容易にする。
5. Microsoft Discoveryプラットフォームの導入 – 科学研究開発を加速するためのプラットフォームで、例えばデータセンター用の非PFAS浸漬冷却剤を従来の何年もかかるプロセスからわずか200時間で発見することに成功した。367,000の潜在的候補をスクリーニングし、パートナー企業と協力して結果を合成した。
6. NLWebの発表 – エージェンティックウェブにおいてHTMLと同様の役割を果たす新しいオープンプロジェクト。ウェブサイトがユーザーの選択したモデルと自分のデータを使用して会話型インターフェースを提供できるようにする。
7. Model Context Protocol (MCP)への参加 – マイクロソフトはMCPステアリング委員会に参加し、更新された認可仕様とMCPサーバーレジストリサービスの設計という2つの新しい貢献を発表した。
マイクロソフトのCTOであるKevin Scottは、AIエージェントの発展において「メモリ」が重要な要素であると強調し、構造化されたRAG(検索拡張生成)などのメモリ関連技術を導入していると述べた。
この取り組みは、現在のAIアシスタント(人間の指示に反応するだけ)から、自律的にタスクを開始し、独自に意思決定を行い、他のAIシステムと協調して動作する真のAIエージェントへの進化を示している。
References:
Microsoft announces over 50 AI tools to build the ‘agentic web’ at Build 2025
【編集部解説】
マイクロソフトが発表した「エージェンティックウェブ」構想は、AIの未来における重要な転換点を示しています。現在のAIアシスタントは主に人間からの指示に反応するだけですが、エージェンティックウェブでは、AIが自律的に判断し、行動し、他のAIと協力して複雑なタスクを遂行します。
特に注目すべきは「メモリ」の概念です。マイクロソフトのCTOであるKevin Scott氏が指摘するように、現在のAIは、非常に長大な文脈や複数の対話セッションを跨いだ一貫した記憶の維持、あるいは外部知識との動的な連携には依然として課題があります。しかし、構造化されたRAG(検索拡張生成)技術により、AIエージェントはより高度な長期的なメモリを持ち、ユーザーの好みや過去の行動、さらには外部の膨大な情報源を参照することで、より文脈に即した個人化されたサポートを提供できるようになります。
NLWeb(Natural Language Web)というオープンプロジェクトの発表も重要です。これはウェブの次の進化形を示唆しています。HTMLがウェブページの構造を定義したように、NLWebはAIエージェントがウェブコンテンツと自然に対話するための基盤を提供します。これにより、ウェブサイトはAIエージェントにとって「理解可能」になり、ユーザーに代わって情報収集や予約などのタスクを実行できるようになるでしょう。
企業にとっては、Microsoft 365 Copilot TuningやAzure AI Foundry Agent Serviceなどのツールにより、独自のデータを活用したカスタムAIエージェントの構築が容易になります。特に、Ray Smith氏(マイクロソフトのAIエージェント担当VP)が指摘するように、複雑なタスクを複数のエージェントに分割することで、保守性と信頼性が向上します。「1つのエージェントに詰め込む信頼性の高いプロセスを作成するのは非常に難しい」という課題に対して、マルチエージェントシステムは効果的な解決策となります。
また、ローカルAI(オンデバイスAI)への注力も見逃せません。Windows AI FoundryやFoundry Localにより、クラウドに依存せずにデバイス上で直接AIを実行できるようになります。これはプライバシー保護、コスト削減、インターネット接続に依存しない動作という点で大きなメリットがあります。
セキュリティとガバナンスの面では、Microsoft Entra Agent IDが「エージェント拡散」という新たな課題に対応します。企業内で無秩序にAIエージェントが増殖すると、セキュリティ上の盲点が生じる可能性がありますが、一元管理によってこのリスクを軽減できます。
科学研究におけるAIエージェントの応用も注目に値します。Microsoft Discoveryプラットフォームを使用して、データセンター用の非PFAS浸漬冷却剤を200時間で発見した事例は、従来何年もかかっていたR&Dプロセスを劇的に短縮できることを示しています。
このようなAIエージェントの普及には、異なるプラットフォーム間での相互運用性が不可欠です。マイクロソフトはModel Context Protocol(MCP)やAgent2Agent(A2A)などのオープンプロトコルを積極的にサポートし、エージェント間の連携を促進しています。
日本企業にとっても、AIエージェント技術は大きな機会をもたらします。少子高齢化による労働力不足や生産性向上の必要性が高まる中、AIエージェントは業務の自動化や効率化に貢献できるでしょう。特に、複雑な意思決定や専門知識を要する業務において、AIエージェントが人間の能力を補完・拡張する可能性があります。
長期的には、AIエージェントは私たちの働き方や生活様式を大きく変える可能性があります。日常的なタスクの多くがAIエージェントによって自動化され、人間はより創造的で戦略的な活動に集中できるようになるかもしれません。
【用語解説】
エージェンティックウェブ(Agentic Web):
現在のウェブの次の進化形態を指す。従来のウェブが情報を表示するだけなのに対し、エージェンティックウェブではAIエージェントが自律的に行動し、ユーザーに代わってタスクを実行する。例えるなら、現在のウェブが「本」だとすれば、エージェンティックウェブは「秘書」のようなものである。
RAG(検索拡張生成):
Retrieval-Augmented Generationの略。AIモデルが外部の知識ベースから関連情報を検索・取得し、それを基に回答を生成する技術。これにより、AIは自身の訓練データだけでなく、最新の情報や特定のドメイン知識を活用できる。
Microsoft Entra ID:
以前はAzure Active Directoryと呼ばれていた、マイクロソフトのクラウドベースのID管理サービス。企業がユーザー、アプリケーション、デバイスのアクセス権を管理するためのプラットフォーム。
Model Context Protocol (MCP):
異なるAIモデルやサービス間で情報やコンテキストを共有するための標準プロトコル。これにより、異なるプラットフォームのAIエージェントが連携して動作できるようになる。
Agent2Agent (A2A):
AIエージェント同士が直接通信するためのプロトコル。複数のエージェントが協力して複雑なタスクを実行する際に使用される。
NLWeb:
Natural Language Webの略と考えられる。エージェンティックウェブにおいてHTMLに相当する役割を果たす新しいオープンプロジェクト。ウェブサイトがAIエージェントと自然言語で対話できるようにする仕組み。
エージェント拡散(Agent Sprawl):
企業内で無秩序にAIエージェントが増殖し、管理が困難になる状態。セキュリティ上の盲点を生み出す可能性があり、Microsoft Entra Agent IDはこの問題に対処するために設計されている。
【参考リンク】
Microsoft Azure AI Foundry(外部)
マイクロソフトが提供する生成AIアプリケーション開発のための統合プラットフォーム。
GitHub Copilot(外部)
AIを活用したコード補完・生成ツール。プログラミング作業を効率化し、開発者の生産性を向上させる。
Microsoft Entra(外部)
マイクロソフトのID管理およびアクセス管理ソリューション。セキュアなアクセス制御を提供する。
Microsoft 365 Copilot(外部)
マイクロソフトのオフィスアプリケーション向けAIアシスタント。文書作成やデータ分析などを支援する。
Windows AI Foundry(外部)
Windows上でのAI開発を支援する統合プラットフォーム。ローカルAIアプリケーションの構築を可能にする。
【参考動画】
【編集部後記】
AIエージェントの時代は、私たちの日常やビジネスをどう変えていくでしょうか?例えば、あなたの仕事の中で、AIに任せたい煩雑な作業はありますか?あるいは、複数のAIが連携して解決してほしい課題はありますか?マイクロソフトが描く未来では、AIは単なる道具ではなく、私たちと協働するパートナーになります。また、「エージェント拡散」のようなリスクにどう対処すべきか、セキュリティとプライバシーのバランスをどう取るべきかも考える必要があります。ぜひSNSで皆さんの考えをシェアしてください。
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