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Microsoft Discoveryが科学研究を変革 – 200時間で新化学物質を発見、従来の数年を短縮

Microsoft Discoveryが科学研究を変革 - 200時間で新化学物質を発見、従来の数年を短縮 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-05-20 09:44 by admin

Microsoftは2025年5月19日、年次開発者会議「Build 2025」において、科学研究開発を劇的に加速させる新しいエンタープライズAIプラットフォーム「Microsoft Discovery」を発表しました。

このプラットフォームは、専門的なAIエージェントと高性能コンピューティングを組み合わせ、科学者やエンジニアがコーディングスキルなしで複雑な研究課題に取り組めるようにするものです。

Microsoft Discoveryの中核技術は「グラフベースの知識エンジン」で、独自データと外部の科学研究データとの間に微妙な関係性を構築し、分野を超えた矛盾する理論や多様な実験結果を理解することができます。ユーザーインターフェースとしては、研究者のプロンプトに基づいて専門AIエージェント(「AIポスドク」)を調整するCopilotが採用されています。

Microsoftの戦略ミッションおよびテクノロジー担当コーポレート副社長であるJason Zanderによれば、同社の研究者たちはすでにこのプラットフォームを使用して、データセンターの浸漬冷却用の新しい冷却剤を約200時間で発見することに成功しました。これは従来の方法では数ヶ月から数年かかるプロセスです。具体的には、367,000の潜在的候補をスクリーニングし、有望な候補を特定した後、パートナー企業と協力して冷却剤を合成・検証しました。

この冷却剤は、環境に有害な「永遠の化学物質」(PFAS)を含まず、データセンターの冷却効率を空冷と比較して60〜90%向上させることができるという特徴があります。

Microsoft Discoveryはすでに様々な業界のパートナーと協力関係を構築しています。製薬大手のGSKは医薬品化学の革新に、化粧品会社エスティローダーはスキンケア、メイクアップ、フレグランスの開発加速に、半導体分野ではSynopsysがチップ設計・開発の効率化に活用する計画です。また、NvidiaとはALCHEMIおよびBioNeMo NIMマイクロサービスとの統合を進め、材料科学とライフサイエンス分野でのブレークスルーを加速させます。

Microsoft Discoveryは本日からプライベートプレビューが開始され、Azureを通じて提供される予定です。価格の詳細はまだ発表されていません。

References:
文献リンクMicrosoft just launched an AI that discovered a new chemical in 200 hours instead of years

【編集部解説】

Microsoft Discoveryの発表は、科学研究の世界に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。今回のニュースを深く掘り下げ、その意義と影響について解説していきましょう。

AIが科学研究を加速させる新時代の幕開け

Microsoft Discoveryの最も革新的な点は、科学者が専門的なプログラミングスキルを必要とせずに、高度な計算能力を活用できるようにしたことです。これまで科学者は自分の専門分野の知識に加えて、コンピュータサイエンスのスキルも習得する必要がありましたが、このプラットフォームによってその障壁が取り除かれます。

特筆すべきは、AIエージェントが「AIポスドク」として機能する点です。Jason Zanderの言葉を借りれば、「博士号を取得したばかりの人々のチームがいるようなもの」であり、文献レビューから計算シミュレーションまで、研究プロセスの様々な側面を担当します。人間の科学者がチームリーダーとして方向性を示し、AIエージェントがその指示に基づいて作業を進めるという新しい研究モデルが生まれつつあります。

「グラフベースの知識エンジン」の革新性

Microsoft Discoveryの中核技術である「グラフベースの知識エンジン」は、単なる大規模言語モデル(LLM)とは一線を画しています。このエンジンは科学的知識の複雑な関係性を構造化して理解し、異なる分野の矛盾する理論や多様な実験結果を包括的に分析できます。

これは科学研究における重要な課題の一つである「サイロ化」(専門分野の孤立)に対する解決策となり得ます。異なる研究分野間の知識の統合は、しばしば画期的な発見につながりますが、従来はそれぞれの分野の専門知識を持つ研究者の協力が必要でした。Microsoft Discoveryはこのプロセスを自動化し、加速させる可能性を秘めています。

実証例から見る実用性と効果

Microsoftが自社のデータセンター冷却剤開発に本プラットフォームを活用した事例は、その実用性を示す好例です。367,000もの候補物質を200時間でスクリーニングし、有望な候補を特定した後、パートナー企業と協力して冷却剤を合成・検証しました。

特に注目すべきは、この冷却剤が環境に有害な「永遠の化学物質」(PFAS)を含まないという点です。PFASは分解されにくく環境中に蓄積する有害物質で、多くの国で規制強化が進んでいます。Microsoft Discoveryのような技術が環境負荷の低い代替物質の発見を加速できれば、サステナビリティの観点からも大きな意義があります。

Zanderによれば、この冷却技術は8年前にAzureチームで最初のプロトタイプが作られ、空冷よりも60〜90%効率的であることが確認されていましたが、市場にある冷却材にPFASが含まれていることが大きな問題でした。Microsoft Discoveryによって、この長年の課題に対する解決策を迅速に見つけることができたのです。

産業界への波及効果

Microsoft Discoveryの応用範囲は幅広く、すでに様々な業界からの関心を集めています。GSKのような製薬企業では新薬開発の加速、エスティローダーのような化粧品企業ではパーソナライズされた製品開発、半導体業界ではチップ設計の効率化など、それぞれの分野で大きな変革をもたらす可能性があります。

特に製薬分野では、新薬の開発には平均10年以上の期間と数十億ドルのコストがかかるとされていますが、Microsoft Discoveryのような技術によって、この期間とコストが劇的に削減される可能性があります。

システムインテグレーターのAccentureとCapgeminiも、顧客がMicrosoft Discoveryの導入を実装・拡大するのを支援し、Microsoftのテクノロジーと業界固有のアプリケーションの間のギャップを埋める役割を担います。

量子コンピューティングへの橋渡し

Microsoft Discoveryは同社の量子コンピューティング戦略の一環としても位置づけられています。現在は従来の高性能コンピューティングを使用していますが、将来的には量子コンピューティングとの統合も視野に入れています。

Microsoftは最近、Majorana oneチップによる量子コンピューティングの進歩を発表しており、将来的には「手のひらに100万量子ビットを収める可能性がある」と主張しています。これに対し、競合するアプローチでは「フットボール場分の機器」が必要になる可能性があるとのことです。もしこれが実現すれば、現在のAIと量子コンピューティングを組み合わせることで、さらに複雑な科学的問題の解決が可能になるでしょう。

Zanderは、量子コンピュータの「ヒーローシナリオ」は科学、特に化学分野だと考えています。「少量のデータを取り、従来の最大のスーパーコンピュータでも何百万年もかかるような空間を探索できる」と彼は説明しています。

責任あるAIの実践

Microsoft Discoveryのような強力なツールには、誤用の可能性も懸念されます。Microsoftは2016年からResponsible AI(責任あるAI)の取り組みを進めており、現在は350人以上の専門家がこの分野に取り組んでいるとのことです。

Zanderによれば、Microsoft Discoveryには倫理的使用ガイドラインやコンテンツモデレーションが組み込まれており、「有害となる可能性のある特定のタイプのアルゴリズムを探し、コンテンツモデレーションスタイルでそれらにフラグを立てる」という積極的なアプローチが取られています。しかし、科学研究用AIの倫理的ガイドラインは消費者向けAIとは異なる考慮が必要であり、この分野でのベストプラクティスはまだ発展途上です。

科学研究の民主化と課題

Microsoft Discoveryがもたらす最も大きな変化の一つは、科学研究の「民主化」です。高度な計算リソースへのアクセスが限られていた小規模な研究機関や新興国の研究者も、Azureを通じてこのプラットフォームを利用できるようになります。

しかし、科学コミュニティは新しい方法論に対して厳格で懐疑的であることも事実です。AIが提案する仮説や発見の検証方法、再現性の確保など、解決すべき課題も残されています。また、AIによる発見が増えるにつれ、科学者の役割も変化していくでしょう。人間の創造性、直感、批判的思考とAIの計算能力をどのように組み合わせるかが、今後の科学研究の鍵となります。

【用語解説】

エージェント型AI(Agentic AI)
単に質問に答えるだけでなく、目標達成のために自律的に行動できるAIシステム。Microsoft Discoveryでは、文献レビューや実験計算など特定のタスクに特化した「AIポスドク」として機能する。これは、研究室で各自が専門分野を持つ研究チームのようなものだ。

グラフベースの知識エンジン
データ間の関係性を「グラフ」として構造化して理解するAI技術。単に情報を羅列するのではなく、情報同士のつながりや矛盾点を把握できる。例えるなら、単なる辞書ではなく、すべての知識が相互参照できる百科事典のようなものだ。

PFAS(Per- and Polyfluoroalkyl Substances)
「永遠の化学物質」とも呼ばれる人工化学物質群。分解されにくく環境中に長期間残存する。データセンターの冷却剤など様々な製品に使用されてきたが、健康や環境への悪影響が懸念され、世界各国で規制が強化されている。

浸漬冷却(Immersion Cooling)
電子機器を特殊な液体に直接浸して冷却する技術。従来の空冷方式よりも60〜90%効率的だが、使用される冷却液にPFASが含まれることが多く、環境問題となっていた。

量子コンピューティング
量子力学の原理を利用した次世代コンピューティング技術。従来のコンピュータでは何百万年もかかる計算を短時間で処理できる可能性がある。Microsoftは「Majorana one」という量子チップを開発中で、将来的にはMicrosoft Discoveryと統合される可能性がある。

AIポスドク
Zanderが使用した表現で、文献レビューから計算シミュレーションまで科学プロセスの様々な側面を実行できる専門AIエージェント。「博士号を取得したばかりの人々のチーム」や「医学における研修医」に例えられている。

【参考リンク】

Microsoft(外部)
1975年設立の世界的テクノロジー企業。クラウドプラットフォーム「Azure」やAIアシスタント「Copilot」などを提供している。

GSK(外部)
世界70か国以上で事業を展開し、ワクチンや医薬品の研究開発・製造を行う製薬大手企業。

エスティローダー(外部)
70年以上の歴史を持つ高級化粧品ブランドで、スキンケアからメイクアップ、フレグランスまで幅広い製品を展開。

Nvidia(外部)
GPUの世界的リーダーであり、AI、高性能コンピューティング、自動車技術などの分野で革新的な技術を提供。

Synopsys(外部)
半導体設計ソフトウェアのリーダー企業で、シリコンからソフトウェアまでの包括的なソリューションを提供。

Submer(外部)
環境に配慮したデータセンター冷却ソリューションを専門とし、持続可能なITインフラの構築を支援。

Microsoft Build 2025(外部)
Microsoft Build 2025カンファレンスの公式ブログ。最新のAI技術発表の概要が掲載されている。

【参考動画】

【編集部後記】

AIと科学研究の融合が、私たちの未来をどう変えていくのでしょうか。もし皆さんの研究や業務にMicrosoft Discoveryのような技術があったら、どんな課題に挑戦したいですか?また、科学の民主化が進むことで、これまで大企業や研究機関だけが取り組めた領域に、個人や小規模チームも参入できる時代が来るかもしれません。皆さんの専門分野で、AIと人間の協働によってどんな可能性が広がるか、ぜひSNSでお聞かせください。innovaTopiaでは今後も最先端テクノロジーの可能性を探っていきます。

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TaTsu
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