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「AIに小説は書けない」—Valve脚本家エリック・ウォルポウが語る生成AIの可能性と限界

[更新]2026年3月29日

『Half-Life 2』および『Portal』の共同脚本家であるエリック・ウォルポウは、2026年3月19日放送のMinnMax Showに出演し、ValveにおけるAI活用の現状についてコメントした。

同社内の少人数のグループがAIツールの調査を行っていることを明かしつつ、現時点でAI生成コンテンツを自社ゲームに組み込む予定はないと述べた。ウォルポウ自身は2017年にValveを離れ『Half-Life: Alyx』にコントラクターとして参加している。同氏は、AIがプレイヤーの行動に反応するキャラクターのセリフ生成において補助的な可能性を持つ点には関心を示した一方、近い将来に人間を超える小説を書けるようになるとは考えていないと語った。Capcomがすでに生産性向上を目的としたAI活用を公式発表していることとの比較も言及された。

From: 文献リンクHalf-Life 2 writer Erik Wolpaw says some people at Valve are looking at AI tools, but he’s not “worried about AI taking over creative writing” anytime soon

【編集部解説】

今回の発言が注目を集めているのは、エリック・ウォルポウが「Valveの代表」としてではなく、「Valve内の少人数グループの一員」として語った点にあります。彼自身が繰り返し強調したように、これはValve全社的な方針でも、公式プロジェクトでもありません。「これはValveの取り組みではない。Valve内の少人数のグループとして調べているだけだ」という言葉は、報道が一人歩きすることへの自覚的な予防線でもありました。

元記事(Eurogamer)では触れられていなかった重要な発言がいくつかあります。まず、ウォルポウはAIをコスト削減の手段として使うことに「完全に反対(fully against)」と明言しています。彼の関心はあくまで「プレイヤーにとってより良い体験をつくること」に向いており、開発費の圧縮が目的ではないと断言しました。

AIへの関心の核心は、リアルタイムでプレイヤーの行動に反応するNPCの台詞生成にあります。従来のゲームライティングは、プレイヤーが何をするかをあらかじめ想定して台詞を用意する「マトリクス型」の手法でした。『Left 4 Dead』を例に挙げ、「もしこれが起きて、これが起きたら、このセリフを再生する」という条件分岐が積み重ねられてきたと説明しています。生成AIはその制約を超え、予測不能なプレイヤーの行動にリアルタイムで応答できる可能性を持ちます。

一方、現状の限界も正直に語られました。中世日本を舞台にしたゲーム『Where Winds Meet』のAI駆動NPCが、米国の都市ミルウォーキーの存在を知っていたという事例を挙げ、文脈の整合性を保つことの難しさを指摘しています。また、AIボイスについても実際に試した上で、「本物の声優と比べて圧倒的に劣る」と評しました。創造性やユーモアの生成においても現状は不十分だという見解です。

見逃せないのは、ウォルポウがAIをより大きな文明論的文脈で捉えている点です。「写真の発明と原子爆弾を混ぜ合わせたようなものだ。創造的な意味で破壊的であると同時に、文字通り存在論的に破壊的にもなりうる」という言葉は、一技術者の冷静な観察であると同時に、深い倫理的逡巡を示しています。

ゲーム業界全体を見渡すと、Capcomのような大手が生産性向上を目的にAI活用を公式化している一方で、Valveはあくまで探索的な姿勢を崩していません。この対比は、「技術を使う目的が何か」という問いを業界全体に突きつけています。コスト削減のためのAIか、体験の拡張のためのAIか——その答えが、今後のゲームの質を左右する分岐点となるでしょう。

【用語解説】

NPC(Non-Player Character)
ゲーム内でコンピューターが操作するキャラクターの総称。プレイヤーが操作しない住民、敵、仲間などがすべてこれにあたる。ゲームライティングの文脈では、NPCがプレイヤーの行動に対してどう反応するかを事前に設計することが、ライターの重要な仕事のひとつである。

マトリクス型対話システム(条件分岐)
「もしAが起きて、Bが起きたら、このセリフを再生する」という条件の組み合わせで、NPCの反応をあらかじめ設計する手法。ウォルポウが『Left 4 Dead』を例に挙げて説明したシステムであり、想定外のプレイヤー行動への対応には限界がある。

生成AI(Generative AI)
テキスト・画像・音声などのコンテンツをゼロから生成できるAIの総称。大量のデータを学習し、指示に応じて新しいアウトプットを生成する。ゲーム開発においては、NPC対話のリアルタイム生成や、アートアセットの自動生成といった用途が議論されている。

コントラクター(Contractor)
特定のプロジェクトや期間を限定して雇用される外部委託の専門家。正社員とは異なり、複数の企業やプロジェクトをまたいで働くことができる。ウォルポウはValveを一度退社した後、コントラクターとして『Half-Life: Alyx』に参加した。

【参考リンク】

Valve 公式サイト(外部)
『Half-Life』『Portal』『Left 4 Dead』などを手がけ、Steamを運営するゲームデベロッパー兼パブリッシャー。

Capcom 公式サイト(外部)
『バイオハザード』などを擁する日本の大手ゲームメーカー。生産性向上を目的としたAI活用を公式に表明している。

The MinnMax Show 公式サイト(外部)
元Game Informerスタッフが運営するゲーム系ポッドキャスト・メディア。今回の発言が収録されたエピソードの配信元。

【参考動画】

The MinnMax Show(2026年3月19日放送)|Slay The Spire II, DLSS 5 Outrage, Portal Writer Erik Wolpaw
エリック・ウォルポウによるAIに関する発言は1:09:33から始まる。

【参考記事】

Valve Writer Says Some At The Studio Are Testing Out AI Tools(外部)
ウォルポウの発言を網羅した詳細報道。コスト削減への反対姿勢と2019年のValve復帰経緯も記載。

Portal writer Erik Wolpaw is “not worried about AI taking over creative writing”(外部)
AIを「写真の発明と原子爆弾の混合」と表現した哲学的発言や、AIボイスへの評価を詳しく記録。

Half-Life & Portal Writer Details How His Team Has Been Using Generative AI For R&D At Valve(外部)
『Where Winds Meet』のAI NPC失敗事例や、大規模実装におけるコスト面の課題を詳述。

Erik Wolpaw Explores Generative-AI For Game Dialogue(外部)
生成AIの対話応用の可能性と、創造性・コスト面での限界をデータサイエンスの視点で整理。

Valve Writer Erik Wolpaw Reveals a Potential AI Use Case He’s Been Quietly Exploring(外部)
ウォルポウの代表作クレジットを網羅。発言者の背景と信頼性を確認するうえで有用な記事。

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【編集部後記】

AIがゲームの「物語」を書く日は、まだ遠い——ウォルポウ自身がそう語っています。でも、プレイヤーの行動にリアルタイムで反応するキャラクターという発想は、ゲーム体験そのものの概念を変えるかもしれません。あなたが思う「AIに任せてもいいこと」と「人間にしかできないこと」の境界線は、どのあたりにありますか?

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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