Last Updated on 2025-07-06 06:34 by admin
英国ケンブリッジ大学のMRC毒性学ユニットに所属するキラン・パティル分子生物学者とインドラ・ルー分子生物学者らの国際研究チームが2025年7月に報告した研究で、ヒト腸内細菌がPFAS(パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質)を吸収・蓄積する能力を持つことが判明した。
研究では38種類の腸内細菌株がPFASを吸収できることを確認し、特に繊維分解細菌バクテロイデス・ユニフォルミスが最も効果的であった。大腸菌を用いた実験では、細菌がPFASを細胞内で塊状に蓄積し、表面積を減らすように集合することで自身を毒性から保護するメカニズムが判明した。マウス実験では9種の細菌を腸内に移植し、PFASが糞便を通じて迅速に排出されることを確認した。
研究成果はネイチャー・マイクロバイオロジー誌に掲載された。PFASは化粧品、飲料水、食品包装に含まれ、腎臓損傷などの健康問題との関連が指摘されている永続性化学物質である。
From: Gut Bacteria Found to Soak Up Toxic Forever Chemicals
【編集部解説】
この研究が示す科学的発見は、従来の環境毒性学の常識を覆す画期的なものです。PFAS(パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質)は、その化学的安定性から「永続性化学物質」と呼ばれ、自然界では数千年にわたって分解されないとされてきました。しかし、私たちの腸内に住む微生物が、この「不滅の化学物質」を効率的に吸収・隔離できることが判明したのです。
特に注目すべきは、細菌がPFASを細胞内で「クラスター」として凝集させる独特なメカニズムです。これにより細菌自体が毒性から保護されながら、同時にPFASを体外へ排出する生物学的フィルターとして機能します。この発見は、従来の物理化学的な除去方法では困難とされていたPFAS除去に、生物学的アプローチという新たな選択肢を提示しています。
研究チームが特定した38種の腸内細菌株の中でも、バクテロイデス・ユニフォルミスは特に高い吸収能力を示しました。また試験管レベルの実験では、PFAS濃度が上昇しても一定の割合で除去し続けることが確認されています。
この技術の将来的な実用化により、プロバイオティクス(善玉菌)サプリメントを通じた体内PFAS除去が可能になる可能性があります。研究者らは、適切な腸内微生物の組み合わせを増やし、システムからPFASを安全に除去するプロバイオティクス栄養補助食品の開発可能性を示唆しています。
ただし、マウス実験から人間への応用には慎重な検証が必要です。人間の腸内環境は個人差が大きく、食事や生活習慣、既存の腸内細菌叢の構成によって効果が左右される可能性があります。また、PFAS吸収細菌を人工的に増やすことで、腸内細菌バランスに予期しない影響を与えるリスクも考慮する必要があります。
規制面では、この発見がPFAS規制政策に与える影響も注目されます。現在、多くの国でPFAS使用制限が議論されていますが、体内からの除去技術が確立されれば、既存の汚染に対する新たな対策手段として位置づけられる可能性があります。
長期的な視点では、この研究は「マイクロバイオーム工学」という新しい医療分野の発展を示唆しています。腸内細菌を環境毒素の除去に活用する技術は、PFAS以外の有害物質にも応用できる可能性があり、予防医学の新たなパラダイムを創出する可能性を秘めています。
【用語解説】
PFAS(パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質)
炭素とフッ素が強固に結合した人工化学物質の総称で、1万種類以上が存在する。自然界では分解されにくく「永続性化学物質」「フォーエバー・ケミカル」と呼ばれる。化粧品、飲料水、食品包装、フライパンのコーティング剤など幅広く使用されている。
バクテロイデス・ユニフォルミス(Bacteroides uniformis)
ヒトの腸内に一般的に棲息する嫌気性グラム陰性桿菌。繊維を分解し、酢酸やプロピオン酸などの短鎖脂肪酸を産生する。持久運動パフォーマンスの向上や大腸炎の軽減効果が報告されている。
腸内細菌叢(マイクロバイオーム)
ヒトや動物の腸管内に棲息する、主として細菌によって構成される微生物集団。健康維持、免疫調節、栄養代謝に重要な役割を果たす。
短鎖脂肪酸
腸内細菌が産生する酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短い脂肪酸の総称。腸の健康維持、免疫調節、エネルギー代謝に重要な役割を果たす。
バイオアキュムレーション(生物蓄積)
生物が環境中の化学物質を体内に取り込み、蓄積する現象。今回の研究では、腸内細菌がPFASを細胞内で凝集させて蓄積することが確認された。
【参考リンク】
MRC Toxicology Unit(外部)
英国ケンブリッジ大学内にある医学研究評議会の毒性学研究機関
ケンブリッジ大学(外部)
1209年に設立された英国の名門大学。世界トップクラスの研究機関
環境省 – 有機フッ素化合物(PFAS)について(外部)
日本の環境省によるPFASに関する公式情報サイト
【参考動画】
【参考記事】
Gut microbes could protect us from toxic ‘forever chemicals’(外部)
ケンブリッジ大学公式発表。腸内微生物がPFASを25-74%吸収し、マウス実験で糞便排出を確認した研究の詳細報告
Human Gut Bacteria Can Gather Up PFAS ‘Forever Chemicals’(外部)
サイエンティフィック・アメリカン誌による研究解説。腸内細菌のPFAS蓄積メカニズムと将来の応用可能性を詳細分析
Researchers find gut bacteria rapidly soak up ‘forever chemicals’(外部)
医学専門メディアによる研究報告。細菌内でのPFAS「貯蔵ユニット」形成と50倍濃縮メカニズムの解説
【編集部後記】
私たちの体内で静かに働く腸内細菌が、実は「永続性化学物質」という現代社会の大きな課題に立ち向かう可能性を秘めていたなんて、驚きませんか?
日々口にする食べ物や使っている製品から知らず知らずのうちに体内に蓄積されているPFAS。もしかすると、あなたの腸内にも、この「見えない守護者」たちが住んでいるかもしれません。
普段、プロバイオティクスや発酵食品を意識して摂取されていますか?また、ご自身の腸内環境について考えたことはありますか?この研究が実用化されれば、私たちの健康管理の考え方も大きく変わりそうです。皆さんは、この技術にどんな可能性を感じられるでしょうか?
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