Last Updated on 2025-06-22 08:19 by admin
Oxylabs最高経営責任者Julius Černiauskasが2025年6月21日にVentureBeatで発表した記事によると、量子コンピューティング市場は2025年から2035年の間に世界経済に1兆ドル以上を追加する可能性がある。
IBM、Google、Microsoft、Amazonが商用量子コンピューティングクラウドサービスを展開済みで、QuantinuumとPsiQuantumはユニコーン企業となった。
KPMGの調査では米国企業の78%、カナダ企業の60%が2030年までに量子コンピューターが主流になると予想している。米国回答者の73%、カナダ回答者の60%がサイバー犯罪者による量子コンピューティング悪用は時間の問題と考えている。
RSA暗号の大きな素数の因数分解は従来のコンピューターで300兆年かかるが、ショアのアルゴリズムにより量子コンピューターは指数関数的に高速化できる。
MITREの報告書はRSA-2048暗号化を破る量子コンピューターの登場を2055年から2060年頃と予測している。米国国立標準技術研究所(NIST)は2016年にポスト量子暗号標準化プロジェクトを開始し、2024年に詳細な標準を展開した。
AppleはiMessage用のポスト量子プロトコルPQ3を発表し、GoogleはChromeで2016年からポスト量子アルゴリズムを実験している。
From: Cloud quantum computing: A trillion-dollar opportunity with dangerous hidden risks
【編集部解説】
量子コンピューティングが1兆ドル規模の経済効果をもたらすという予測は、決して誇張ではありません。実際に2025年時点で量子コンピューティング市場は約12億ドルに達し、2035年には約96億ドルまで成長する見込みです。この急成長の背景には、IBM、Google、Microsoft、Amazonといった巨大テック企業による本格的な商用サービス展開があります。
最も注目すべきは「今収集し、後で復号化する」(HNDL)攻撃の現実性です。これは現在暗号化されたデータを収集しておき、将来量子コンピューターが実用化された時点で復号化するという戦略で、健康記録や金融データなど長期的価値を持つ情報に深刻な脅威となります。
技術的な核心は、ショアのアルゴリズムによる暗号解読能力にあります。従来のコンピューターでRSA暗号の大きな素数を因数分解するには300兆年かかりますが、量子コンピューターは指数関数的に高速化できる可能性があります。グローバーのアルゴリズムも対称暗号化手法のセキュリティ強度を実質的に半減させ、AES-128暗号化を64ビットシステムと同等の脆弱性にします。
量子機械学習の「究極のブラックボックス」問題も見逃せません。量子コンピューティングが機械学習と融合すると、重ね合わせやもつれといった量子特性により、人間が理解困難な推論プロセスが生まれる可能性があります。これは医療や金融など、AI決定の透明性が重要な分野で新たな課題を提起します。
対策として米国国立標準技術研究所(NIST)は2024年にポスト量子暗号標準を発表し、構造化格子とハッシュ関数に依存する手法を選択しました。AppleのPQ3プロトコルやGoogleのChromeでの実装など、主要企業も対応を加速させています。
しかし移行には10年から15年かかる見込みで、特に衛星やATMなど到達困難な場所のハードウェア更新が課題となります。また、ポスト量子暗号は大きなキーサイズと複雑な数学的操作を要求するため、パフォーマンス低下も懸念されています。
量子コンピューティングの脅威タイムラインについて専門家の見解は分かれており、MITREは2055年から2060年頃、一方で研究者Jaime SevillaとJess Riedelは2020年後半のレポートで2060年以前にRSA-2048が因数分解される可能性について90%の信頼度を表明しています。不確実性はありますが、専門家は量子脅威の到来時期に関係なく、組織は今すぐ準備を始める必要があることに同意しています。
【用語解説】
量子コンピューティング(QC)
量子力学の原理である重ね合わせ、もつれ、干渉を利用して計算を行う技術。従来のビット(0または1)に対し、量子ビット(キュービット)は同時に複数の状態を取れるため、指数関数的な計算能力を持つ。
ショアのアルゴリズム
1994年に開発された量子アルゴリズムで、大きな数の素因数分解を多項式時間で解くことができる。RSA暗号などの公開鍵暗号の安全性を脅かす可能性がある。
グローバーのアルゴリズム
未整序データベースから特定の値を検索する量子アルゴリズム。古典コンピューターがO(N)時間を要するのに対し、O(√N)時間で実行できる。対称暗号の安全性を実質的に半減させる。
HNDL攻撃(今収集し、後で復号化)
現在暗号化されたデータを収集しておき、将来量子コンピューターが実用化された時点で復号化する攻撃戦略。長期的価値を持つデータに深刻な脅威となる。
ポスト量子暗号(PQC)
量子コンピューターによる攻撃にも耐性を持つ暗号技術。格子暗号、ハッシュベース暗号、コードベース暗号、多変量多項式暗号などのアプローチがある。
暗号の俊敏性
新しい脆弱性が発見された際に、暗号化アルゴリズムと実装を迅速に交換できる能力。量子脅威に対する重要な対策とされる。
量子ボリューム
異なる量子コンピューターの品質や性能を比較するために使用される指標。量子回路の深さと幅の両方を考慮した総合的な性能評価指標。
トポロジカルキュービット
Microsoftが開発した新しいタイプの量子ビット。従来の量子ビットよりもエラー耐性が高く、より安定した量子計算を可能にする。
CRYSTALS-Kyberアルゴリズム
NISTが選択したポスト量子暗号アルゴリズムの一つ。格子暗号に基づく鍵交換メカニズムだが、隠れた弱点が発見される可能性も指摘されている。
【参考リンク】
IBM Quantum(外部)
IBMの量子コンピューティング部門。商用量子クラウドサービス「IBM Quantum Network」を提供
Google Quantum AI(外部)
Googleの量子コンピューティング研究部門。2019年に量子超越性を実証したSycamoreチップを開発
Microsoft Quantum(外部)
Microsoftの量子コンピューティングプラットフォーム。Azure Quantumクラウドサービスを提供
Amazon Braket(外部)
AWSが提供する量子コンピューティングクラウドサービス。様々な量子ハードウェアへのアクセスを提供
NIST(米国国立標準技術研究所)(外部)
米国商務省の機関で、2024年にポスト量子暗号標準を発表。世界の暗号標準化をリード
Quantinuum(外部)
2021年に設立された量子コンピューティング企業。トラップイオン方式の量子コンピューターを開発
PsiQuantum(外部)
フォトニック量子コンピューティングに特化したスタートアップ。100万量子ビット規模を目指す
Oxylabs(外部)
ウェブデータ収集とプロキシサービスを提供するリトアニア企業。2015年設立
【参考記事】
NIST Standardises IBM’s Post-Quantum Cryptography Algorithms
2024年8月にNISTが発表したポスト量子暗号標準について報じた記事。IBMが開発したML-KEMとML-DSAアルゴリズムの標準化について解説している。
Microsoft’s Majorana 1 chip carves new path for quantum computing
Microsoftが2025年2月に発表したトポロジカル量子チップ「Majorana 1」について報じた記事。100万キュービット規模の量子システム実現への道筋を示している。
Quantum Computing Will Breach Your Data Security
量子コンピューティングがデータセキュリティに与える脅威について分析した記事。20年以内に現在の公開鍵暗号が数秒で破られる可能性を指摘している。
【編集部後記】
量子コンピューティングの世界は、まさに私たちが生きている間に実現する「SF映画の技術」そのものです。2025年を迎えた今、この技術は研究室から実社会へと歩みを進めています。
皆さんは普段使っているスマートフォンやパソコンが、将来的に量子コンピューターに置き換わる可能性があることをご存知でしょうか?また、現在の暗号化技術が数年後には通用しなくなるかもしれないという現実に、どのような備えをお考えでしょうか。
量子コンピューティングは「高校数学+α」の知識があれば入門できる分野でもあります。この記事をきっかけに、量子の世界に足を踏み入れてみませんか?
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