Last Updated on 2025-05-27 12:14 by admin
スイスの探検家ベルトラン・ピカール(67歳)が、水素燃料電池航空機「クライメート・インパルス」による世界初の無着陸ゼロエミッション世界一周飛行を2028年に実施すると発表した。
ピカールは1999年に気球「ブライトリング・オービター3」で世界初の無着陸世界一周を達成し、太陽光飛行機「ソーラー・インパルス」で段階的世界一周を成功させた探検家である。
新プロジェクトではフランス人エンジニアのラファエル・ディネリと共同でパイロットを務める。
航空機はマイナス253度に冷却した液体グリーン水素を燃料とし、蒸発する水素のボイルオフを燃料電池に通して電気モーター用の電気を生成する。飛行期間は推定9日間で、エアバス、アリアングループ、シエンスコなどが技術パートナーとして参画している。フランスの49Sudが機体製造を担当し、現在航空機は約40%完成している。
2025年2月13日にフランスのレ・サーブル・ドロンヌで公開発表された。
References:
Bertrand Piccard’s Big Hydrogen Adventure He’ll fly around the world in a hydrogen fuel-cell aircraft
【編集部解説】
ピカールのClimate Impulseプロジェクトは、航空業界における水素燃料電池技術の実用化に向けた重要なマイルストーンとなります。最大の技術的挑戦は、液体水素をマイナス253度で9日間維持することです。これはロケット技術の応用が必要な領域で、ArianeGroupのような宇宙産業の専門知識が不可欠となっています。
従来のジェット燃料と比較して、水素は重量あたりのエネルギー密度が約3倍高い一方で、体積あたりでは4分の1程度となるため、タンク設計が極めて重要になります。Syensqoが開発する複合材料技術により、従来計画より10%軽量化を実現したことは、この課題への具体的な解決策を示しています。
このプロジェクトの成功は、商用航空における水素燃料電池技術の実用化を大きく前進させる可能性があります。ピカール自身が携帯電話産業の発展と同様の道筋を描いているように、初期の高コストと技術的制約を乗り越えて、最終的には一般化する可能性が高いと考えられます。
Airbusが実現可能性調査を実施し、機体設計の再設計を行ったことは、商用航空機メーカーが水素技術を真剣に検討していることを示しています。これにより、航空業界の脱炭素化目標達成に向けた現実的な道筋が見えてきました。
インフラ整備の課題
水素航空機の普及には、空港インフラの大幅な改修が必要です。液体水素の製造、貯蔵、給油システムの構築には莫大な投資が必要で、安全基準の策定と空港スタッフの訓練体制構築が急務となります。
しかし、ピカールが指摘するように、携帯電話が「スーツケースサイズで15,000ドル」から現在のポケットサイズまで進化したように、技術革新と量産効果により、これらの課題は段階的に解決されると予想されます。
長期的な展望
ピカールが描く最終的なビジョンは、液体水素と酸素を使用するロケットエンジンによる準軌道飛行です。これが実現すれば、ニューヨーク-シドニー間を2時間で結ぶ超高速輸送が可能になります。
現在67歳のピカールがこの技術革新の完成を見届けられるかは不明ですが、Climate Impulseプロジェクトがその礎となることは間違いありません。彼の家族が3世代にわたって築いてきた探検精神と技術革新の伝統が、次世代の航空技術発展に重要な役割を果たしています。
【用語解説】
液体水素:
水素ガスを極低温(マイナス253度)で冷却して液体状態にしたもの。体積が大幅に圧縮されるため、航空機の燃料タンクに効率的に貯蔵できる。
燃料電池:
水素と酸素を化学反応させて電気を作る装置。
ボイルオフ:
液体水素が自然に蒸発する現象。魔法瓶に入れた氷が徐々に溶けるのと同じで、完全に蒸発を防ぐことは困難。Climate Impulseはこの蒸発分を燃料として活用する設計になっている。
複合材料(コンポジット):
炭素繊維とエポキシ樹脂を組み合わせた軽量で強度の高い材料。釣り竿やゴルフクラブに使われる技術の航空機版で、アルミニウムより軽く、鉄より強い特性を持つ。
エアバス:
ヨーロッパの航空機メーカー。ボーイングと並ぶ世界2大航空機メーカーの一つ。Climate Impulseプロジェクトでは実現可能性調査と機体設計の再設計を担当した。
アリアングループ:
ヨーロッパの宇宙ロケット製造会社。液体水素をロケット燃料として使用する技術を持ち、Climate Impulseの水素貯蔵技術開発に協力している。
シエンスコ(Syensqo):
ベルギーの化学会社。2023年にソルベイからスピンオフした企業で、複合材料、燃料電池用膜、航空機コーティング、接着剤の専門家として主要技術パートナーを務める。
49Sud:
フランスの航空機製造会社。海洋レース用ヨットの製造技術を航空機に応用し、Climate Impulseの機体製造を担当している。
【参考リンク】
Climate Impulse公式サイト(外部)
プロジェクトの詳細情報、技術仕様、パートナー企業情報を掲載している公式サイト
Syensqo公式サイト(外部)
主要技術パートナーであるシエンスコの企業情報と技術詳細を紹介するサイト
ArianeGroup公式サイト(外部)
液体水素技術を提供するアリアングループの企業情報とロケット技術を紹介するサイト
ベルトラン・ピカール公式サイト(外部)
プロジェクトリーダーの経歴と過去の探検実績、現在のプロジェクト情報を掲載するサイト
【参考動画】
【編集部後記】
ピカールの水素航空機プロジェクトを見ていると、私たちが当たり前に使っているスマートフォンも、かつては「スーツケースサイズで15,000ドル」だったことを思い出します。今、皆さんの身の回りにある技術で「まだ高価で実用的でない」と思われているものは何でしょうか?電気自動車、量子コンピューター、それとも別の何かでしょうか?10年後、20年後を想像しながら、どの技術が次の「携帯電話革命」を起こすと思われますか?ぜひSNSで皆さんの予想をお聞かせください。