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中国科学技術大学が開発した赤外線コンタクトレンズ、完璧な夜間視覚を実現 – 電源不要で目を閉じても機能

中国科学技術大学が開発した赤外線コンタクトレンズ、完璧な夜間視覚を実現 - 電源不要で目を閉じても機能 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-05-27 09:21 by admin

中国科学技術大学(USTC)の研究チームが、Cell誌に赤外線視覚コンタクトレンズの研究成果を発表した。

このレンズは希土類金属のイッテルビウムとエルビウムを含むナノ粒子を埋め込み、800から1600ナノメートルの近赤外線を400から700ナノメートルの可視光に変換する。人間の通常の視覚範囲外にある赤外線を電源なしで検出可能にする技術である。

マウス実験では、赤外線照射エリアを回避する行動、瞳孔反応、視覚皮質の活動が確認された。人間の被験者はモールス信号の検出と赤外線の方向特定が可能で、目を閉じた状態でより良好な結果を示した。

製造コストは1ペア約200ドルと推定される。現在の制約として強いLED赤外線源が必要で、ナノ粒子による光散乱で画像が不鮮明になる問題がある。
研究チームは同技術を応用したメガネも開発し、解像度向上を図っている。

References:
文献リンクThese contact lenses could give you perfect night vision

【編集部解説】

中国科学技術大学(USTC)の田雪教授らが開発したこの赤外線コンタクトレンズは、人間の感覚拡張技術において画期的な突破口を開いたといえます。従来の暗視ゴーグルが重量とバッテリーという制約を抱えていたのに対し、この技術は完全にパッシブな光変換システムを実現しています。

最も革新的な点は、アップコンバージョンと呼ばれる物理現象を活用していることです。希土類元素のイッテルビウムとエルビウムを含むナノ粒子が、低エネルギーの近赤外線(800-1600nm)を高エネルギーの可視光(400-700nm)に変換します。この変換プロセスは電源を必要とせず、装着者が日常生活を送りながら赤外線視覚を活用できる可能性を示しています。

特筆すべきは、目を閉じた状態でも機能する点です。近赤外線がまぶたを透過しやすい性質を持つため、可視光による干渉を受けにくく、むしろ性能が向上するという逆説的な結果が得られています。これは睡眠中や瞑想状態でも周囲の赤外線環境を感知できる可能性を示唆しており、人間の感覚体験そのものを再定義する技術といえるでしょう。

研究チームは色分け機能も実装しており、980nmの赤外線を青色、808nmを緑色、1532nmを赤色に変換することで、複数の赤外線波長を同時に識別できます。この技術は色覚異常者の支援にも応用可能で、見えない色を別の色に変換することで視覚体験を改善できる可能性があります。

しかし、現段階では重要な制約が存在します。ナノ粒子による光散乱により画像が不鮮明になり、LED光源のような強い赤外線源のみ検出可能という限界があります。研究チームはこれらの課題に対し、同じナノ粒子技術を応用したメガネタイプのデバイスを開発し、より高い解像度を実現しています。

応用範囲は極めて広範囲に及びます。セキュリティ分野では偽造防止マークの検証、医療分野では近赤外線蛍光手術での癌組織の直接視認、救助活動では煙や霧に覆われた環境での作業効率向上が期待されます。また、情報伝達手段としても活用でき、赤外線による暗号化通信の新たな可能性を開いています。

一方で、プライバシーや倫理的な課題も浮上します。赤外線視覚能力の普及により、従来の「見えない」という前提で設計されたセキュリティシステムの見直しが必要になる可能性があります。また、この技術へのアクセス格差が新たな社会階層を生み出すリスクも考慮すべきでしょう。

長期的な視点では、この技術は人間の感覚拡張技術の出発点に過ぎません。研究チームは現在、ナノ粒子の感度向上と高密度化に取り組んでおり、将来的には他の電磁波スペクトラムへの対応や、AIとの連携による高度な画像解析機能の統合も期待されます。人間の知覚能力そのものが技術によって再定義される時代の幕開けといえるでしょう。

【用語解説】

アップコンバージョン
低エネルギーの光(赤外線)を高エネルギーの光(可視光)に変換する現象。希土類元素の特殊な電子構造を利用し、複数の赤外線フォトンを吸収して1つの可視光フォトンを放出する。

希土類元素(イッテルビウム、エルビウム)
レアアースとも呼ばれる特殊な金属元素群。イッテルビウム(Yb)とエルビウム(Er)は特に光変換特性に優れ、レーザー技術や光通信分野で重要な役割を果たす。今回の研究では光変換の「触媒」として機能している。

近赤外線(800-1600ナノメートル)
人間の視覚範囲(400-700nm)のすぐ外側にある光。医療用光治療、光通信、リモートセンシングなどに使用される。生体組織を透過しやすく、熱損傷を与えにくい特性を持つ。

Cell誌
生命科学分野で最も権威のある国際学術誌の一つ。インパクトファクターが極めて高く、掲載されること自体が研究の質の高さを示す指標とされる。

【参考リンク】

中国科学技術大学(USTC)(外部)
1958年設立の中国トップクラスの理工系大学。量子通信研究で世界をリードし、今回の赤外線コンタクトレンズ研究の中心機関

Cell(学術誌)(外部)
今回の研究成果が2025年5月22日に掲載された権威ある生命科学誌。革新的な研究成果を世界に発信する重要なプラットフォーム

Nature(外部)
今回の研究を詳細に解説した記事を2025年5月23日に掲載。科学技術の最新動向を追跡する世界最高峰の科学誌

【編集部後記】

この赤外線コンタクトレンズの登場で、私たちの「見る」という体験そのものが変わろうとしています。皆さんは、もし日常的に赤外線が見えるようになったら、どんな場面で活用してみたいでしょうか?夜道での安全確保、写真撮影での新しい表現、それとも全く違う用途を思い浮かべますか?また、人間の感覚が技術で拡張される時代において、どこまでが「自然な人間」でどこからが「拡張された人間」なのか、その境界線についても一緒に考えてみませんか?

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TaTsu
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