ワシントン州レドモンドで開催されたTechnology Alliance主催のSeattle Investor Summit+Showcaseで、米国の核融合技術企業が中国の核融合投資戦略に対する懸念を表明した。
Zap EnergyのR&D責任者Ben Levitt氏は「米国は核融合にコミットしていない。中国は桁違いにコミットしている」と述べ、米国が劣勢に立たされていると警告した。バイデン政権下で米国政府は核融合に年間約8億ドルを投資していたが、中国は年間でその2倍以上の投資を行っている。
トランプ政権は核分裂を支援する一方で核融合への関心は低く、科学研究予算を削減している。2022年12月、米国のローレンス・リバモア国立研究所の国立点火施設(NIF)が核融合反応で投入エネルギーを上回る出力を実証した。
2025年1月に公開された画像により、中国がNIFをモデルにしたより大規模な核融合研究施設を建設していることが判明した。Helion EnergyのAnthony Pancotti氏は「中国でコピーキャットを見ており恐ろしい」と述べ、中国の技術模倣への懸念を示した。
【編集部解説】
核融合は太陽や星のエネルギー源と同じ原理で、水素原子核同士を1億度という超高温で融合させることで膨大なエネルギーを生み出します。理論上、海水中の重水素だけで人類の数万年分のエネルギーを賄えるとされ、温室効果ガスや長期間の放射性廃棄物を生成しない「究極のクリーンエネルギー」として期待されています。
投資格差が示す国家戦略の違い
中国の年間15億ドル超に対し、米国の8億ドルという投資格差は、単純な予算規模以上に、国家としてのエネルギー戦略における優先度の違いを如実に表しています。特に重要なのは、中国が核融合物理学者・エンジニアの人材育成に注力している点で、長期的な技術開発力において深刻な格差を生む可能性があります。
技術模倣と知的財産権の深刻な課題
Helion Energyが指摘した「コピーキャット」問題は、核融合分野特有の深刻な課題です。核融合技術は軍民両用性が高く、技術流出は商業的損失にとどまらず、国家安全保障上の重大なリスクを孕んでいます。中国のNIFモデル施設建設は、技術獲得戦略の一環として理解する必要があります。
AI時代のエネルギー需要と戦略的価値
現在のAIブームによるデータセンターの電力需要急増は、核融合技術の戦略的価値を一層高めています。大規模言語モデルの学習・運用には膨大な電力が必要で、安定的かつ大容量の電力供給源として核融合への期待が高まっています。この分野で先行する国が、次世代AI開発競争においても優位に立つ可能性が高いのです。
商業化への技術的課題
2022年12月の米国NIF施設での「点火達成」は画期的な成果でしたが、これは科学的実証段階であり、商業化までには多くの技術的ハードルが残されています。プラズマの安定制御、超高温環境での材料耐久性、エネルギー変換効率の向上など、解決すべき課題は山積しています。
地政学的影響とエネルギー覇権の再編
核融合技術の実用化は、従来の化石燃料に依存したエネルギー地政学を根本的に変革する可能性があります。中国が核融合で先行した場合、エネルギー自給を達成するだけでなく、技術輸出を通じて新たなエネルギー同盟を構築し、資源依存地域における西側諸国の影響力を削ぐ可能性があります。
日本の立ち位置と今後の課題
この米中核融合競争は、日本にとっても重要な意味を持ちます。日本はITER計画の主要参加国として核融合研究で一定の存在感を示していますが、商業化競争では米中に大きく後れを取っているのが現状です。エネルギー安全保障の観点から、日本独自の核融合戦略の構築が急務となっています。
【用語解説】
核融合(Nuclear Fusion)
水素などの軽い原子核同士を超高温・超高圧下で融合させ、より重い原子核を作る際に膨大なエネルギーを放出する反応。太陽や星のエネルギー源と同じ原理。
Z-pinch(Zピンチ)
プラズマに電流を流すことで発生する磁場によってプラズマ自体を圧縮する核融合方式。磁気コイルやレーザーを使わずに済むため、装置をコンパクトかつ低コストで構築できる可能性がある。
点火(Ignition)
核融合反応で放出されるエネルギーが、反応を開始・維持するために投入したエネルギーを上回る状態。核融合の商業化における重要なマイルストーン。
慣性閉じ込め核融合(ICF)
レーザーや粒子ビームで燃料ペレットを瞬間的に加熱・圧縮して核融合を起こす方式。NIFで採用されている技術。
ITER計画
国際熱核融合実験炉計画。日本、EU、米国、ロシア、中国、韓国、インドが参加する国際プロジェクトで、フランスで建設中。
【参考リンク】
Zap Energy(外部)
Z-pinch技術を用いた核融合エネルギーシステムを開発するシアトル拠点のスタートアップ
Helion Energy(外部)
パルス型磁気慣性核融合技術を開発する核融合企業。直接発電方式の核融合炉開発で注目
Avalanche Energy(外部)
コンパクト核融合マシンを開発するシアトル拠点のスタートアップ
Technology Alliance(外部)
ワシントン州の技術系企業と研究機関のリーダーによる非営利組織
Lawrence Livermore National Laboratory(外部)
米国エネルギー省傘下の国立研究所。国立点火施設(NIF)を運営
【参考動画】
【参考記事】
American Institute of Physics – NIF Achieves Fusion Goal(外部)
2022年12月のNIF施設での歴史的な点火達成について詳細に解説
Chinese Academy of Sciences – China Fusion Power Plans(外部)
中国の核融合技術開発状況と今後30-50年での実用化計画について報告
【編集部後記】
核融合エネルギーは私たちの未来を大きく左右する技術です。この米中競争をどう見られますか?また、日本がこの分野でどのような役割を果たすべきか、皆さんのご意見をお聞かせください。一緒に未来のエネルギーについて考えてみませんか?