ワシントン州エベレットに拠点を置く核融合エネルギー企業Helionは2026年2月13日、第7世代プロトタイプ「Polaris」が民間開発の核融合装置として初めて測定可能な重水素-三重水素(D-T)核融合を実証し、プラズマ温度1億5000万度(摂氏)を達成したと発表した。いずれも民間核融合業界初の成果である。
Helionは2024年末にPolarisの稼働を開始し、2026年1月に民間初かつ唯一の重水素-三重水素燃料による運転を実施した。今回の1億5000万度は、第6世代「Trenta」で記録した1億度の自己記録を更新したものである。
同社は今後、商用運転で使用する重水素-ヘリウム3燃料に最適な温度の達成に向け試験を継続する。2025年7月にはワシントン州マラガで初の商用機「Orion」の建設に着工しており、Microsoftへの送電を予定している。
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Helion Achieves New Industry-First Fusion Energy Milestones, Accelerating Path to Commercial Fusion

【編集部解説】
今回のHelionの発表を理解するには、まずその技術的なアプローチの独自性を把握する必要があります。現在、世界の核融合開発で主流とされるのは、トカマク型と呼ばれるドーナツ状の装置に超伝導磁石で高温プラズマを閉じ込める方式です。フランスで建設中の国際プロジェクトITERや、米国のCommonwealth Fusion Systems(CFS)が開発中のSPARCがこのアプローチを採用しています。一方、Helionが採用する「磁化慣性核融合(MIF)」は、砂時計型の装置の両端からプラズマの塊(FRC:磁場反転配位)を時速約160万キロメートルで衝突・圧縮させ、1ミリ秒にも満たないパルスで核融合条件を生み出すという、根本的に異なる設計思想に基づいています。
もう一つの決定的な違いは、エネルギーの取り出し方にあります。ほとんどの核融合スタートアップは、核融合反応から生じる熱で蒸気を発生させてタービンを回すという、従来の火力発電と同じ原理で電力を得る計画です。Helionはこの工程を省略し、核融合で膨張するプラズマの磁場変化を利用して、コイルに直接電流を誘起させる「直接エネルギー回収」を目指しています。同社はこの仕組みを電気自動車の回生ブレーキに例えており、熱変換の損失を回避できるため、理論上はより高い効率が期待できます。
この効率性が意味するところは重大です。Helion自身が公式に説明しているように、入力エネルギーの95%を回収・再利用できる場合、核融合反応が投入エネルギーを上回る「科学的ブレークイーブン」に到達しなくても、システム全体として正味の発電が可能になるとされています。実際、TechCrunchのインタビューでCEOのカートリー氏は科学的ブレークイーブンの達成について明言を避け、「我々は純粋な科学的マイルストーンよりも、電力を作ることに集中している」と述べています。このアプローチが本当に機能するかどうかは、業界内でも見解が分かれるポイントです。
今回発表された1億5000万度というプラズマ温度は、核融合の商用化に必要とされる最低閾値(1億度)を大幅に超えていますが、Helionの最終目標はさらに高い2億度とされています。これは、同社が商用運転で使用を計画している重水素-ヘリウム3燃料が、一般的な重水素-三重水素燃料よりも高い温度を必要とするためです。つまり現在の1億5000万度は最終目標の75%地点であり、道のりの途上にあることも理解しておく必要があります。
燃料選択にも注目すべき点があります。重水素-ヘリウム3核融合は、エネルギーの約95%を荷電粒子として放出し、中性子の放出はわずか約5%にとどまります。これは、重水素-三重水素核融合と比べて放射化の問題が大幅に軽減されることを意味し、装置の長寿命化や放射性廃棄物の低減という大きな利点につながります。ただし、ヘリウム3は地球上ではきわめて希少な物質です。Helionは重水素同士の核融合反応からヘリウム3を自家生産し、閉じた燃料サイクルで再利用するという独自の計画を掲げています。この燃料サイクルの実証も、今後の重要な技術課題となります。
競合環境にも目を向けましょう。CFSは約30億ドルの資金を調達し、マサチューセッツ州デベンズでSPARCの組み立てを進めています。2026年1月には18基の超伝導磁石のうち最初の1基を設置し、2027年のファーストプラズマを目指すと発表しています。また、2026年2月にはInertia Enterprisesが4億5000万ドルのシリーズAを発表し、1月にはType One Energyが2億5000万ドルの調達を進めていると報じられるなど、業界全体に巨額の資本が流入しています。
一方で、慎重な視点も必要です。Helionは2013年の創業翌年にあたる2014年のシードラウンド時点では、数年以内のネットエネルギーゲイン達成を見込んでいたものの、その目標は達成されていません。当初2024年とされていたPolarisでの正味電力生産の実証も、現時点では未発表のままです。また、2028年にMicrosoftへ電力を供給する商用機「Orion」は、今回マイルストーンを達成したPolarisとは別の装置であり、まだ核融合炉本体の組み立ては始まっていない段階です。
規制面では、Helionがトリチウムの保有・使用に関する規制承認を民間核融合企業として初めて取得した点が重要です。核融合の商用化には、従来の核分裂炉とは異なる規制枠組みの整備が求められ、今回の承認はその先行事例として参考になる可能性があります。
このニュースの本質的な意義は、単一のマイルストーン達成にとどまりません。国家プロジェクトや大学の研究機関ではなく、民間企業が重水素-三重水素燃料による核融合と1億5000万度のプラズマ温度を実証したという事実は、核融合の商用化がもはや「科学的に可能かどうか」の議論から「工学的・経済的に実現できるか」という段階へ移行しつつあることを示唆しています。2028年という同社の目標が実現するかどうかは依然として不透明ですが、核融合エネルギーの開発競争が確実に加速していることは間違いありません。
【用語解説】
重水素-三重水素(D-T)核融合
重水素(デューテリウム)と三重水素(トリチウム)という水素の2つの同位体を燃料とする核融合反応である。核融合の中で最も低い温度で反応が起こるため、多くの核融合プロジェクトが採用している。ただしトリチウムは放射性物質であり、取り扱いには規制承認が必要となる。
重水素-ヘリウム3(D-He3)核融合
重水素とヘリウム3を燃料とする核融合反応である。エネルギーの約95%が荷電粒子として放出され、高エネルギー中性子の発生が約5%と少ないため、放射化や放射性廃棄物の問題が大幅に軽減される。一方、D-T核融合よりも高いプラズマ温度(約2億度)を必要とする。Helionが商用運転で使用を計画している燃料である。
FRC(磁場反転配位)
Field-Reversed Configurationの略。プラズマ自体が閉じた磁力線構造を形成する閉じ込め方式である。トカマクやステラレーターと異なり、プラズマ内部に物理構造を必要とせず、プラズマの圧力と磁気圧力の比(ベータ値)が約1と高いことが特徴である。この高ベータ特性により、比較的小さな磁場で高圧プラズマを閉じ込めることが可能になる。Helionはこの方式を採用し、砂時計型の装置の両端からFRCプラズマを衝突・圧縮させて核融合条件を生み出す。
直接エネルギー回収
核融合で膨張するプラズマが周囲の磁場を押し返す力を利用し、コイルに電流を誘起させて直接電力を得る方式である。蒸気タービンによる熱変換を省略できるため、理論上は高い効率が期待できる。Helionはこれを電気自動車の回生ブレーキに例えている。
科学的ブレークイーブン
核融合反応から得られるエネルギーが、反応を起こすために投入したエネルギーを上回る状態を指す。2022年12月に米国Lawrence Livermore National LaboratoryのNational Ignition Facility(NIF)が初めて達成した。Helionは、自社の高効率エネルギー回収システムにより、科学的ブレークイーブンに到達しなくても正味の発電が可能であると主張している。
トカマク
ドーナツ型(トーラス状)の磁場構造でプラズマを閉じ込める核融合装置である。最も研究の歴史が長く、ITERやCommonwealth Fusion SystemsのSPARCがこの方式を採用している。
keV(キロ電子ボルト)
プラズマ物理学で温度を表す単位である。1keVは約1160万度(摂氏)に相当する。今回Helionが達成した13keVは約1億5000万度に相当する。
【参考リンク】
Helion Energy 公式サイト(外部)
FRC方式の磁化慣性核融合で発電を目指す核融合企業。2013年設立、Microsoft向け送電を2028年に予定。
Helion Energy — Polaris(外部)
第7世代プロトタイプPolarisの技術詳細ページ。直接エネルギー回収やFRCプラズマの仕組みを解説。
Helion Energy — Technology(外部)
Helionの磁化慣性核融合技術の全体像を図解する公式ページ。加速・衝突・圧縮から電力回収まで。
Commonwealth Fusion Systems 公式サイト(外部)
MITと共同でトカマク型SPARC炉を建設中の核融合企業。累計約30億ドル調達、2027年ファーストプラズマ目標。
ITER 公式サイト(外部)
35カ国参加の国際熱核融合実験炉プロジェクト。フランス南部でトカマク型装置を建設中。
米国エネルギー省 核融合エネルギー科学局(外部)
米国の核融合エネルギー研究を統括する連邦機関。民間向けマイルストーン型資金提供プログラムも運営。
【参考動画】
A New Way to Achieve Nuclear Fusion: Helion — Real Engineering
登録者数700万人超の工学系チャンネルが、Helion施設に独占アクセス。第6世代「Trenta」の映像を世界初公開し、FRC方式の原理と直接エネルギー回収の仕組みを解説している(2022年12月公開)。
【参考記事】
Fusion startup Helion hits blistering temps as it races toward 2028 deadline — TechCrunch(外部)
CEO独自取材。最終目標2億度、科学的ブレークイーブン未言及、競合各社の資金調達額を詳報。
Sam Altman’s fusion startup Helion Energy hits 150 million degree plasma temperature — Fortune(外部)
アルトマン会長の関与や創業経緯に焦点。懐疑派の見方と科学的アップデートの少なさにも言及。
Helion reaches record 150 million degrees Celsius — GeekWire(外部)
DOE副局長とミシガン大教授の第三者検証コメントを含む詳報。診断データの論文準備にも言及。
Commonwealth Fusion Systems installs reactor magnet, lands deal with Nvidia — TechCrunch(外部)
CFS、CES 2026でSPARC初号磁石設置を発表。24トン・20テスラ磁石を2026年夏までに全18基設置予定。
This startup says its first fusion plant is five years away. Experts doubt it. — MIT Technology Review(外部)
2023年時点の専門家による懐疑的見解を集約。技術的障壁とブレークイーブン未開示を問題視。
Helion Energy Business Breakdown & Founding Story — Contrary Research(外部)
創業経緯・資金調達・技術開発の変遷を体系的に整理。2014年シード期の目標と方針転換の経緯を記録。
【編集部後記】
核融合エネルギーの商用化は、私たちが生きている間に実現するのでしょうか。「あと10年」と言われ続けてきたこの技術が、いま確かに動き始めています。Helion、Commonwealth Fusion Systems、そして世界中のスタートアップが、それぞれ異なるアプローチで同じ夢を追いかけています。
もし核融合が実現したら、皆さんの暮らしや仕事はどう変わるでしょうか。ぜひ一緒に考えていければうれしいです。





































