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AstraZeneca、経口SERD「camizestrant」のPhase III試験で56%のリスク減少を達成 – SERENA-6試験がctDNA監視による治療切り替えの有効性を実証

AstraZeneca、経口SERD「camizestrant」のPhase III試験で56%のリスク減少を達成 - SERENA-6試験がctDNA監視による治療切り替えの有効性を実証 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-06-03 07:34 by admin

AstraZenecaは2025年6月1日、シカゴで開催されたAmerican Society of Clinical Oncology(ASCO)年次総会で、経口選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD)camizestrantのPhase III試験SERENA-6の結果を発表した。

この試験では、HR陽性・HER2陰性乳がん患者3,200人以上を対象に、ESR1変異出現時にアロマターゼ阻害薬からcamizestrantとCDK4/6阻害薬の併用に切り替える治療法を評価した。
最終的に315人の患者をランダム化し、切り替え群では無増悪生存期間の中央値が16カ月、継続群では9.2カ月となり、疾患進行または死亡リスクが56%減少した(p<0.00001)。

同社は2030年までに年間収益800億ドル達成を目標とし、camizestrantの年間売上高は50億ドルを超えると予想している。Dana-Farber Cancer InstituteのHarold Burstein医師やCity of HopeのHope Rugo医師らが実現可能性について議論を提起している。

From: 文献リンクAstraZeneca details its oral SERD ‘switching’ regimen as feasibility questions remain

【編集部解説】

今回のSERENA-6試験の最も革新的な側面は、従来の「腫瘍が進行してから治療を変更する」という概念を根本的に覆した点にあります。これまでがん治療では、画像診断で明確な進行が確認されてから次の治療に移行するのが一般的でした。

しかし、この試験では循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いたリキッドバイオプシーにより、ESR1変異という耐性の兆候を早期に検出し、腫瘍が実際に進行する前に治療を切り替えるという先制的アプローチを採用しています。

この手法が実現する最大の価値は、患者の生活の質を維持しながら治療効果を最大化できることです。従来であれば腫瘍が明らかに増大してから治療変更を行うため、その間に患者の状態が悪化する可能性がありました。SERENA-6では、無増悪生存期間が16カ月対9.2カ月という大幅な改善を示しており、これは患者にとって約7カ月もの延命効果を意味します。

一方で、実用化には重要な課題が残されています。最も大きな懸念は、2〜3カ月ごとのリキッドバイオプシー実施の現実性です。元記事によると、3,200人以上の患者を監視して最終的に315人のみがランダム化されており、約10%という低い該当率が示されています。これは医療経済学的な観点から、多くの患者を監視して少数の該当者を見つけるという効率性の問題を提起しています。

特に地方や中小規模の医療機関では、頻繁なリキッドバイオプシーの実施体制構築が困難な可能性があります。Dana-Farber Cancer InstituteのBurstein医師が指摘するように、候補者1人を見つけるために8〜10人のスクリーニングが必要となれば、医療現場への負担は相当なものになるでしょう。

しかし、AstraZenecaが2030年までに年間収益800億ドルを目指す戦略の中で、camizestrantは50億ドル超の売上を見込む重要な柱となっています。同社のSusan Galbraith氏が述べるように、この技術は個別化医療とがん治療の未来を象徴するものであり、長期的には医療パラダイムの転換点となる可能性を秘めています。

規制当局への影響も注目すべき点です。FDAがこの新しい治療戦略をどう評価するかは、今後の精密医療の発展方向を左右する重要な判断となるでしょう。承認されれば、他のがん種でも同様のctDNAベースの治療切り替え戦略が広がる可能性があります。

【用語解説】

SERD(Selective Estrogen Receptor Degrader)
選択的エストロゲン受容体分解薬。エストロゲン受容体に結合してその分解を促進し、エストロゲンシグナルを阻害する薬剤クラス。従来の注射型に対し、経口型の開発が進んでいる。

ESR1変異
エストロゲン受容体1遺伝子の変異。乳がんの内分泌療法に対する耐性の主要な原因となる。原発腫瘍では約1%だが、転移性・治療抵抗性がんでは10-50%に検出される。

ctDNA(Circulating Tumor DNA)
循環腫瘍DNA。血液中に存在する腫瘍由来のDNA断片。リキッドバイオプシーによる非侵襲的な検査で検出可能で、腫瘍の遺伝子変異や治療抵抗性の早期発見に活用される。

CDK4/6阻害薬
サイクリン依存性キナーゼ4/6阻害薬。細胞周期を制御する酵素を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。HR陽性乳がんの標準治療として広く使用されている。

無増悪生存期間(PFS)
病気の進行や死亡が確認されるまでの期間。がん治療の有効性を評価する重要な指標の一つ。

アロマターゼ阻害薬
エストロゲン合成酵素であるアロマターゼを阻害し、エストロゲン産生を抑制する薬剤。HR陽性乳がんの標準的な内分泌療法。

【参考リンク】

AstraZeneca公式サイト(外部)
英国を拠点とする多国籍製薬企業。がん治療薬、循環器系薬剤、呼吸器系薬剤などの開発・製造を行う。camizestrantの開発元。

American Society of Clinical Oncology(ASCO)(外部)
1964年設立の腫瘍専門医の国際的な学術組織。世界最大規模のがん学会で、年次総会では最新の臨床試験結果が発表される。

Pfizer(ファイザー)(外部)
米国の大手製薬企業。CDK4/6阻害薬Ibrance(パルボシクリブ)の開発・販売元。乳がん治療における重要なパートナー薬剤を提供。

Novartis(ノバルティス)(外部)
スイスの多国籍製薬企業。CDK4/6阻害薬Kisqali(リボシクリブ)の開発・販売元。革新的ながん治療薬の開発に注力している。

Eli Lilly(イーライリリー)(外部)
米国の製薬企業。CDK4/6阻害薬Verzenio(アベマシクリブ)の開発・販売元。糖尿病治療薬やがん治療薬で知られる。

【参考動画】

【参考記事】

AstraZeneca’s camizestrant gains momentum, but questions remain(外部)
Clinical Trials Arenaによるcamizestrantの市場分析と競合状況の詳細な解説記事。

Validation of liquid biopsy for ESR1-mutation analysis in hormone-sensitive breast cancer(外部)
Frontiers in Oncologyに掲載されたESR1変異検出におけるリキッドバイオプシーの有効性に関するメタ解析論文。

‘Transformational’ new drug could stop breast cancer tumours before they grow(外部)
Sky Newsによるcamizestrantの臨床試験結果に関する一般向け報道記事。

【編集部後記】

今回のSERENA-6試験は、がん治療における「予防的介入」という新しいパラダイムを提示しています。従来の「症状が現れてから対処する」医療から、「問題が起こる前に先手を打つ」医療への転換点かもしれません。この考え方は、がん治療だけでなく、他の疾患領域にも応用できる可能性があります。皆さんは、このような予測医療の発展について、どのような期待や懸念をお持ちでしょうか?また、頻繁な検査による早期発見と、医療費や患者負担のバランスについて、どうお考えになりますか?

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TaTsu
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