中国の研究チームがThe BMJで発表した臨床試験結果によると、2型糖尿病治療薬ダパグリフロジン(SGLT-2阻害薬)が代謝機能障害関連脂肪性肝炎(MASH)患者の肝炎症と線維化を改善することが判明した。
2018年11月から2023年3月まで中国の6つの医療センターで実施された48週間の無作為化対照試験では、肝生検でMASHと診断された154名の成人(平均年齢35歳、男性85%)が対象となった。参加者の45%が2型糖尿病を併発し、97%が肝線維化を有していた。
ダパグリフロジン10mgを1日1回投与した群では、線維化悪化を伴わないMASH改善が53%(78名中41名)で認められ、プラセボ群の30%(76名中23名)を大幅に上回った。線維化悪化を伴わないMASH完全寛解は投与群23%、プラセボ群8%、MASH悪化を伴わない線維化改善は投与群45%、プラセボ群20%であった。
有害事象による治療中止は投与群1%、プラセボ群3%と安全性も確認された。
From: Clinical trial finds diabetes pill reduces liver scarring
【編集部解説】
今回の研究結果は、既存の糖尿病治療薬が肝疾患領域で新たな可能性を示した点で注目に値します。ダパグリフロジンは2012年に承認されたSGLT-2阻害薬で、腎臓での糖の再吸収を阻害することで血糖値を下げる仕組みを持ちます。この薬剤が肝疾患にも効果を示すメカニズムは、糖代謝改善による間接的な肝負担軽減と、直接的な抗炎症作用の両方が考えられています。
MASHは従来のNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)の新しい分類名で、単なる脂肪蓄積から炎症を伴う段階への進行を意味します。この疾患は世界人口の約30%に影響し、糖尿病・肥満患者では発症率が30%を超える深刻な問題となっています。
今回の臨床試験では、主要評価項目である「線維化悪化を伴わないMASH改善」で53%対30%という明確な差が示されました。特に注目すべきは、線維化改善率が45%対20%と2倍以上の差を記録した点です。肝線維化は不可逆的とされてきましたが、この結果は既存薬による改善可能性を示唆しています。
検索結果から判明した重要な背景として、現在日本でも複数の医療機関でダパグリフロジンを含む肝疾患治療の臨床試験が進行中です。群馬県の医療機関では「肝硬変患者を対象にジボテンタン/ダパグリフロジンの安全性を評価する第Ⅱb相試験」が実施されており、アストラゼネカが主導しています。また、信州大学医学部附属病院では「balcinrenone/ダパグリフロジン配合剤の効果を評価する第III相試験」が進行中です。
さらに注目すべきは、ダパグリフロジン以外にも新世代の糖尿病治療薬であるGIP/GLP-1受容体作動薬(チルゼパチド、survodutide)がMASH治療で有望な結果を示していることです。特にチルゼパチドのSYNERGY-NASH試験では、52週時点でMASH消失に関してプラセボ群より有意に優れた結果が報告されています。
ただし、いくつかの限界も存在します。今回の試験対象が中国人集団に限定され、女性・高齢者の代表性が不足している点は一般化可能性を制限します。また、48週間という比較的短期間の観察であり、長期的な安全性や効果持続性については更なる検証が必要でしょう。
この発見が医療現場に与える影響は多面的です。現在MASH治療薬として承認されているレスメチロムに加え、既存の糖尿病薬という選択肢が増えることで、治療アクセスの改善が期待されます。特に糖尿病を併発するMASH患者にとっては、一石二鳥の治療効果が見込めるでしょう。
規制面では、適応拡大に向けた大規模な国際共同治験が今後必要となります。FDA・EMAなどの規制当局は、多様な人種・年齢層での有効性確認を求める可能性が高く、承認までには数年を要すると予想されます。
長期的視点では、この研究は「ドラッグリポジショニング」の成功例として、他の既存薬の新適応探索を加速させる可能性があります。特にSGLT-2阻害薬クラス全体での肝疾患への効果検証が進むことで、治療選択肢の大幅な拡充が期待できるでしょう。
【用語解説】
MASH(代謝機能障害関連脂肪性肝炎)
肝臓に過剰な脂肪が蓄積し、炎症を引き起こす疾患。従来のNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)から名称変更された。成人の5%以上、糖尿病・肥満患者の30%以上が罹患し、未治療の場合、長期間(10~20年)で25%が肝硬変に進行する可能性がある。
SGLT-2阻害薬
腎臓の近位尿細管でナトリウム・グルコース共輸送体2を阻害し、糖の再吸収を抑制する薬剤クラス。血糖値を下げるだけでなく、心血管・腎保護効果も持つ。
肝線維化
肝臓の炎症により瘢痕組織が蓄積する状態。ステージ1から4に分類され、進行すると肝硬変に至る。従来は不可逆的とされていたが、近年は改善可能性が示されている。
NAS(非アルコール性脂肪性肝疾患活動スコア)
肝生検による組織学的評価システム。脂肪変性、炎症、肝細胞膨化の程度を数値化し、疾患の重症度を判定する指標として用いられる。
BMJ(British Medical Journal)
1840年創刊の英国医学雑誌。世界最高峰の医学ジャーナルの一つで、月間1100万人以上が利用する権威ある医学情報源である。
チルゼパチド
GIP/GLP-1受容体作動薬として2022年に米国で承認された新世代糖尿病治療薬。日本では2023年に上市され、MASH治療での有効性も注目されている。
Survodutide
ベーリンガーインゲルハイム開発中のGIP/GLP-1受容体作動薬。
【参考リンク】
AstraZeneca(アストラゼネカ)(外部)
ダパグリフロジン(商品名:フォシーガ)を開発・販売する英国系製薬会社
ベーリンガーインゲルハイム(外部)
survodutideを開発中のドイツ系製薬会社、MASH治療薬の臨床開発を推進
National Kidney Foundation(外部)
米国腎臓財団、SGLT-2阻害薬の作用機序や腎保護効果について詳細解説
MSD Manuals(メルクマニュアル)(外部)
医療従事者向け包括的医学情報データベース、MASLD/MASHの専門情報を提供
【参考動画】
【参考記事】
Effect of dapagliflozin on metabolic dysfunction-associated steatohepatitis(外部)
今回の研究の原著論文、中国6施設での48週間無作為化対照試験結果を詳細報告
脂肪肝合併2型糖尿病におけるGLP-1受容体作動薬からGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドへ切り替え後の治療効果(外部)
日本の臨床研究報告、チルゼパチドのMASH改善効果について日本人患者での実臨床データ
ベーリンガーインゲルハイムのsurvodutideに関する第2相臨床試験(外部)
survodutideの第2相臨床試験結果、MASH患者の83%で改善効果を示した画期的結果
群馬県医療機関治験審査委員会結果報告(外部)
日本国内でのダパグリフロジン肝疾患治療臨床試験の進行状況、アストラゼネカ主導の第Ⅱb相試験
信州大学医学部附属病院治験審査委員会(外部)
ダパグリフロジン配合剤の第III相試験進行状況、日本での臨床開発の最新動向
Dapagliflozin: MedlinePlus Drug Information(外部)
米国国立医学図書館によるダパグリフロジンの薬剤情報、適応症・作用機序・副作用の包括的情報
【編集部後記】
今回のダパグリフロジンの研究結果は、既存薬の新たな可能性を示す興味深い事例です。糖尿病治療薬が肝疾患にも効果を発揮するという発見は、「ドラッグリポジショニング」という手法の可能性を改めて感じさせてくれます。さらに注目すべきは、日本でも複数の医療機関で同様の臨床試験が進行中という点です。皆さんは、一つの薬で複数の疾患を同時に治療できる時代の到来について、どのような期待や懸念をお持ちでしょうか?